過ぎた日を重ねて
「やった!全部の札をめくれた!」 可愛らしい歓喜の声に神楽岡の宮司はふと足を止めた。 声の主を探して首を巡らせば今は盛りを過ぎた藤棚の下に2人の人影があった。 1人は以前にも会っている少女、この世ならざる神気を纏った龍神の神子 ――あかねだ。 そしてもう1人。 翡翠色の髪を不思議な形にまとめた仏頂面の青年――安倍泰明だった。 「よくやったな。この札はきっと役にたつ。」 無表情だった泰明が少し笑みを浮かべて言う。 その瞬間、あかねの顔がぱっと輝いた。 それはもう華が咲くがごとく。 (ほう・・・) 宮司は心の中で驚く。 ・・・あの顔を見ればあかねの気持ちなど一目瞭然だ。 くすっと笑って宮司は2人にゆっくり歩み寄る。 「神子殿」 「あ、宮司さん!」 輝く笑顔が自分から逸れた途端にもとの無表情に戻る泰明を見て、宮司は心の中で苦笑する。 「四方の札は無事、手に入れられたようですな?」 「はい。お世話になりました。」 ぺこっと頭をさげるあかねにいえいえと手を振る。 そしてあかねの手の中にある数枚の札を見て言った。 「今日は『力の具現』にいらしたのですか?」 「ええ、そう・・・?!」 あまりにサラッと言われた言葉に思わず普通に返事をしかけて、あかねは大きく目を見開いた。 「な、なんで宮司さんが『力の具現』の事を知っているんですか?!」 その驚きように宮司は思わず吹き出してしまった。 途端にあかねの隣、泰明からむっとした気配が伝わってきて宮iはあわてて笑いを引っ込める。 「いや、申し訳ない。驚かせてしまったようですな。『力の具現』を知っているのはですね・・・」 「私もかつて八葉と呼ばれた者だからですよ。」 「ええっ?!」 再び驚くあかねの顔に昔の面影がダブって宮司は微笑んだ。 「お前達も鬼と戦ったのか?」 驚いているのか、いないのか、愛想のない泰明の言葉に宮iは首を振った。 「私たちが戦った相手は、また別の者ですよ。 随分前の話ですよ・・・色々あって詳しくは言えませんが。」 「あの・・・」 泰明の言葉に答えていると、いつの間にか驚きから不安の色に瞳を染め変えたあかねが上目遣いに見つめてきていた。 「なんですか?」 「あの、その時の龍神の神子は・・・どうなったんですか?」 「どう、というと?」 「えーっと・・・帰ったんですか?元の世界に・・・」 不安そうに言われて宮iは心の中で微笑んだ。 (『龍神の神子』というものは同じ事で悩むことになるのだな。) 彼女の想いがわかってしまうのは、かつて同じ事で悩んでいた少女を知っているから。 あかねが聞きたいのは無事に帰れるか、ではなく他の選択の余地。 だから宮司は微笑んで言った。 「貴女の気持ちの強さしだいですよ。」 答えを出したわけでもなく、彼女の問いへの答えでもない言葉にあかねは一瞬驚いた顔をして・・・それから晴れやかに笑った。 「ありがとうございます!私、がんばってみます!」 何か吹っ切った笑顔で頭を下げたあかねが、相変わらず何か何やらわからない、という顔の泰明と共に去っていく姿を宮iは見送った。 ――ポスッ 2人が姿を消すと同時に背中に飛びついてきた暖かさに宮司は今までになく柔らかい笑みを浮かべた。 「朱音」 さっきまでいた少女と同じ名前だとは露も知らない宮司は、自分にとって大切な名を紡ぐ。 そしてくるっと背中にいた人物を腕の中に抱き込んだ。 転がり込んできたのは漆黒の瞳の美しい女性。 出逢ったときは肩口までしかなかったブルーブラックの髪は今では背の半ばまで伸びている。 「もう、貴方ったらあんな風に言われたら出て行けないじゃない。 ・・・私だって『龍神の神子様』と話してみたかったのに。」 むうっと拗ねた顔は龍神の神子と呼ばれていた頃と変わらない。 あの頃よりずっと美しくなったけれど、今でもそんな顔を見せてくれる彼女が愛しい。 「きっとまた会えるだろう。・・・彼女は残るさ、ここに。」 きっぱりと言い切る彼に朱音は首を傾げる。 「どうしてそう言えるの?」 「彼女はお前によく似ているから。」 生まれた世界ではなく、自分を選んだ彼女にそっくりだから。 彼の言葉にびっくりした顔をした朱音だったが、すぐ照れくさそうにパッと笑った。 その笑顔に思わずどきっと鳴った鼓動をちょっと目を反らすことで誤魔化す。 夫婦になってもう長い時間彼女と過ごしているのに、今でもちょっとしたことで鼓動が跳ね上がってしまうのが止められない。 そして何より自分を惹きつけたのはこの笑顔。 ふと、自分を何より惹きつけたその輝く笑顔に、さっきの少女の笑顔がダブって見えて、宮司は少し苦笑した。 (似ている・・な。) まったく龍神は笑顔で神子を選んでいるのでは、と思ってしまう。 そんな事を彼が考えているとは気付いてい朱音は悪戯っぽく言った。 「あの青年も昔の貴方に似ているわ。」 「・・・私はあんなに無愛想ではなかったぞ。」 まさしく仏頂面で言う宮司に弾けるように朱音が笑う。 それからそっと彼に寄り添うとあかねと泰明が消えていった方を見やって言った。 「あの子も幸せになれるといいわね・・・」 「そうだな。」 再び繰り返されている伝説のラストも自分たちのように幸せであるように。 かつて争乱を戦い抜いた2人は願いをこめて空を仰いだ・・・ 〜 終 〜 |