過去と現在と未来の雨



しとしとと、雨が降る。

小雨を振らせる雨雲は薄く、街は銀鼠色の光に包まれる。

アスファルトの道には、小さな水たまり。

細かな雨が波紋を作るそれは、いくつもの鏡が揺らいでいるようだ。

こんな雨の日はとても静かな事が多い。

人通りの多い道を一本入れば、そこは雨音だけが聞こえる世界になる。

―― そんな風景に、淡い水色の傘が一つ。

男性用のその傘の下には、傘を持った青年と寄りそう少女が一人。

細かい雨は風に舞って傘の中まで振り込んできているというのに、二人に不快そうな様子はない。

それどころか、少女の方は嬉しそうに笑っている。

そしてその笑顔のまま、青年を見上げて言った。

「雨、やみませんね。」

「そうだな。」

「ふふ」

少しだけ笑い声を漏らした少女を青年は不思議そうに覗き込む。

「何か、可笑しいか?」

「いえ、ただちょっと・・・・どっちが雨男か雨女なのかなあ、と思って。」

「雨男か、雨女・・・・」

「だって二人で会う時って五回に一回は雨でしょ?だからそうじゃないかなって。」

微笑みながら少女は控えめに青年の腕に自分の腕を絡める。

そしてその腕をぎゅっと抱きしめるようにして小さく呟いた。

「・・・・それに出会ったのも、別れたのも、再会した時も雨だったから。」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

しとしとと降る雨の音にかき消されそうなほど小さな呟きに、青年は目を細めて少女を見た。

少し切なそうに。

そして、とてもとても愛おしそうに。

「私は雨が好きだ。」

「え?」

不意に青年が言った言葉に、少女が顔を上げる。

柔らかく視線が絡み合った。

「私は雨が好きだ・・・・出会わせてくれたのも、別れを優しく包んでくれていたのも、再び巡り会わせてくれたのも雨のような気がする。」

「あ・・・・」

「嫌いか?」

「え?あ、いいえ。私も好きです、雨。」

「そうか。」

青年が淡く微笑んだ。

この小雨にも似た密やかな笑みに少女が少し赤くなる。

そしてそれを誤魔化すように、少女は元気よく言った。

「じゃあきっと、私たちが雨を好きだから二人の時は雨が降るんですね。」

「そうかもしれない。・・・・けれど」

「?」

中途半端に途切れた言葉に、少女が首を傾げる。

そんな彼女に向かって、青年はどこか少し悪戯っぽい顔で囁いた。















「一緒に暮らすようになった時、毎日雨が降ってしまうと困るな。」
















「え・・・・」

言われた内容を少女が理解するより先に、青年はそっと少女の頬に手を伸ばす。

そして ―― 水色の傘が二人を隠すように揺れて。

薄曇りの空が、静かに光を増す。

街路樹の梢を濡らしていた雨が、最後の一滴の雫になって。

「・・・・ああ」

青年が傘をどかした。

「上がったようだ。」

「そ、そうですね。」

傘の下から現れた少女の頬は真っ赤で、青年はそれを愛おしそうに見つめる。

「こうすると上がるのだろうか。」

「え、え?」

「今度、雨だった時にも試してみよう。」

「ええ!?」

目をまん丸くして驚く少女に青年は笑った。

それはそれは、楽しそうに。

そして、ぱちんっと水色の傘をたたむと片手を少女に差し出した。

「あかね」

大事そうに名を紡がれた少女 ―― あかねは、少し納得いかなそうな顔をしたものの、すぐに青年の手に自分の手を重ねた。

きゅっと手を繋いで二人でアスファルトに出来た小さな水たまりを戯れのようによけながら歩いて。

「ね、季史さん。」

あかねに呼ばれて青年 ―― 季史は彼女に視線を落とした。

その視線を受け止めて、あかねは微笑んだ。

「虹が出るといいですね。」

「ああ・・・・」

笑い合って二人が見上げた先には

―― 雨女と雨男のリクエストに応えるように薄雲の間から光が零れ始めた空が広がっていた。
















                                                〜 終 〜
















― あとがき ―
あんまり意味はないけれど、雰囲気だけ描きたかった創作です。
前作よりちょびっとぐらいは甘いかな?