たまに、不安になるんです ―― 触れる温度 「あかね?」 不思議そうに自分の名を紡いだ唇が、自分の手に触れそうになってあかねははっとした。 我に返ってみればいつの間にか自分は膝立ちでカーペットの床に直に座った季史を上から覗きこむようにしていて。 掌に感じるのは、季史の頬と、髪の感触。 「あ・・・・ごめんなさい。」 慌てて離そうとすると、それを止めるように、今度は頬に当てた手の上から季史の手を重ねられた。 季史の体温に挟まれて、あかねの心臓が小さく跳ねる。 「どうかしたのか?」 静かに見上げてくる瞳にあかねは少し困ったように微笑んだ。 いつも思うのだけれど、季史の瞳に映されると嘘がつけなくなる魔法でもかかっているんじゃないだろうか。 「たいしたことじゃないんですけどただ・・・・ちょっと不安になって。」 「不安?」 「うん、季史さんが・・・・」 言いかけて一瞬言いよどむ。 あまり口に出したくなかったのかもしれない。 けれど、今もまだ手に伝わる淡い温度に励まされるようにしてあかねは口を開いた。 「季史さんがまた消えてしまうんじゃないかって。」 「それは」 「大丈夫ってわかってはいるんですよ?でも・・・・」 懐かしいあの世界であかねはその手で季史を封印した。 それはあの時考えられる最良の手段ではあったけれど、心が引き裂かれるほど辛かったのも事実。 だからこそ季史の面影を抱えて戻って来たこちらの世界で生きている季史と再会して、恋人同士として過ごせる今が、時に夢の様に感じてしまう。 だからふとした瞬間に消えてしまうんじゃないか、と不安になる。 「だから、ちゃんとここにいるんだって確かめたくなって思わず。ごめんなさい。」 馬鹿な事を言っている、と自分で自分を笑いながらあかねが手を離そうとすると、逆に手首を掴まれた。 そして腕の中に引き寄せられる。 「季史さん?」 「私も、不安だ。」 「え?」 「こんな風に過ごしているのは私の夢で、本当の私はまだあの雨の京でさまよっているのではないかと思った事は一度や二度ではない。」 「そんな!」 そんなことないです、と声を上げようとして、あかねは気が付く。 それはきっとあかねが感じているのと同じ不安なのだ、と。 そう思ったら急に肩の力が抜けるのを感じて、あかねは小さく笑った。 「なんだか私たち、すごく恐がりみたい。」 「ああ。」 幸せで、幸せだけど不安で。 「・・・・でも」 呟いてあかねは顔を上げる。 そして右手を季史の頬へ伸ばした。 柔らかく触れた先には、さっき感じたのと同じ生きている体温。 と、季史も右手を伸ばしてあかねの頬へ触れる。 互いに触れあった体温が、なんだかくすぐったくて、けれど確かにさっきまで胸に巣くっていた不安をいやしてくれるから。 「不安になったら触れればいい。」 「そうですね。」 「私はあかねに触れたいし、触れて欲しい。」 「私も、です。」 少し恥ずかしいけれど素直に頷いたあかねに、季史は柔らかく微笑んで。 どちらからともなく、そっと距離を縮めた。 〜 終 〜 |