愛しき酔っぱらい
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「ほら、もうちょっとしっかりせいって。」 「も〜シオン、うるさい〜」 すっかり出来上がってます!と力説するような声で言うメイにシオンは頭を抱えたくなった。
シオンは先ほどまでの出来事を思い返した。
事の起こりは季節祭のパーティーだった。 豊作を女神に感謝する祭りは国民のみならず、貴族達も楽しみにしている行事だったから、王宮でも当然皇太子のセイリオス主催で季節祭のパーティーが行われたのだ。 普段の形式を重んじる王宮のパーティーとは違う砕けた雰囲気を持つこのパーティーにはセイリオスが親しくする者達を、身分問わず招待した。 その中に異世界から偶然召還された少女、メイ=フジワラもいたのである。
メイが参加することを聞いたとき、シオンは思わず心の中でガッツポーズを取っていた。 王宮筆頭魔導士、シオン=カイナス。 クラインの人々に彼の事を聞けばまっさきに『プレイボーイ』という単語が上がるであろうというほどの女ったらし・・・だった。 だった、という過去形なのは最近の彼は『プレイボーイ』を完全に廃業しているからだ。 その原因こそが異世界からの来訪者、メイなのである。
最初に出逢ったときはまだ子供だと思っていた。 だから油断していた。 恋愛対象には入らない、遊ぶのにちょうど良いぐらいだと思ったからしょっちゅうちょっかいを出して遊んでいたはずだったのに、いつの頃からか目が勝手に彼女を追うようになった。 声を聞けば心が躍る、会えなければその日はなんとなく不機嫌になってメイに会えそうな場所をうろうろするようになった。
・・・惹かれている。 そう自覚してしまえば心が転がるのは簡単だった。 あっというまに心はメイという少女に捕らわれた。 初めての本気の恋愛。 たった一人を見つけたら、彼女に誤解されそうな存在は邪魔以外のなにものでもなかったから、それまで付き合いのあった女性すべてと別れた。 それほど執着している存在だから、今日のパーティーに彼女が来ると聞いた時、素直に嬉しかった。 普段はまったく甘い雰囲気の一つもないが、こういう特別な日にはチャンスが巡ってくるかもしれない。 甘い言葉の一つでも言ってせめて自分を意識してもらうぞ!っとシオンは健気にも力を入れていたのだ。
(あいつらが悪いんだ!あいつらが!) シオンは折角の計画(?)をすべて台無しにしてくれた連中を毒づいた。 あいつら・・・とは彼女の親友であり、この国の第二王女であるディアーナと騎士見習いの少年、ガゼルの事である。 パーティーが始まってしばらくはメイも残りの二人もおとなしかった。 しかしふと悪戯心を起こした二人がメイを誘ったのだ。
すなわち『お酒を飲んでみないか?』と。
この国では16歳以下といえど酒を飲んではいけない法はないが、どうやらメイのいた世界では未成年は酒を飲めないらしく、飲んだことがないとメイがディアーナに言ったのが原因らしい。 理由はともかく、好奇心の固まりのようなメイがその誘いに乗らないわけがない。 ガゼルが進めた酒がなまじ飲みやすかったのもいけなかった。 おいしい、おいしいとメイは杯を開けて・・・シオンが気がついた時にはすっかり立派な『酔っぱらい』だったのだ。 もっと飲みたい!とか叫ぶメイをシオンは何とかパーティー会場から引きずり出して、今に至るわけである。
しかし、なんで酔っぱらいと化したメイを会場から連れ出したのか? もちろん普通の酔いかただったなら、シオンはこんな苦労までして彼女を連れ出したりはしなかった。 すっかり酔っぱらったメイは、普段のお転婆な姿からは想像できないほど、色っぽかったのだ。 上気した頬、うっすら口紅をひいているせいか濡れた唇、珍しくセミロングの髪を結い上げているので白いうなじまで見える。 そして極めつけはなんとも物憂げな表情。 けらけらと楽しそうに笑う間にふっと見せるその表情はたとえメイを嫌っている人間にでも『護ってあげたい!』と思わせるほど儚げで・・・ そんなメイを誰にも見せておくものか、と思って連れ出した。
・・・しかし、それは思った以上に拷問だった。 なんせ酔っぱらっているメイは己の格好など無頓着。 おかげでさっきから目の前をちらちら横切る白いうなじとか、スカートの裾が乱れて見える細い足首だとかにシオンのなけなしの理性が悲鳴をあげているのだから。
「ほら、ここ座れ。」 なんとかメイを自分がいつも世話している花壇のある奥庭まで連れてきたシオンは、奥庭にしつらえた四阿のベンチになんとかメイを座らせ、自分も隣に座った。 そしてシオンはいつも片方の肩に掛けている上衣を取るとメイの肩にかぶせた。 目の毒であったうなじが隠れてた事にほっと息を吐いてシオンは言った。 「それでしばらく酔い醒まそうな?そしたら研究院まで嬢ちゃんを送っていってやるから。嬢ちゃんはまだ子供なんだから、無理すんじゃないよ。」
その言葉に、今までけらけらと楽しそうに笑っていた少女が急にシオンの上衣の端をぎゅっとつかんで俯いた。 「?どうかしたか?」 「・・・・・か」 「ん?」
「シオンのばかあ!!」
叫ぶなり勢い良くメイは顔をあげた。 その顔を見てシオンはぎょっとする。
メイは泣いていた。 枯葉色の大きな瞳からボロボロと涙を零して泣きながら怒っていた。 「いつも、いっつも子供扱いして!どうせ私は子供よ! シオンがいつも追いかけてる女の人達みたいに美人でもないし、大人でもないし、
「でも少しくらい私を見てよお・・・子供だけど、綺麗じゃないけど、見て欲しいの・・・シオンに見つめて欲しいのに・・・」
怒鳴りつけるようだったそれから、涙声へ変化した言葉をシオンはまさに雷にうたれたように呆然と聞いていた。
こんなことってあるのだろうか? なんの前触れも、なんの予感も、なんの心構えもないいきなりの告白。 しかも自分がどうしようもないほど惚れている少女からの。 彼女を想う者は多くて、一瞬でも気を抜いたら誰かにさらわれそうで、気を張りつめていた。 いっそ自分の気持ちを告げようと何度も思ったが、拒絶されるのが恐くて何度も諦めた。
それが突然、降ってきた。 完全に予想外に・・・
と、突然メイの華奢な体がシオンの膝の上に倒れ込んできた。 「?!」 さっきのこともありパニックになっていたシオンは思わず飛び退きそうになり、ギリギリで留まる。 「メイ・・・?」 「・・・すーすー・・・」 恐る恐る覗き込んだシオンへの返事は安らかな寝息だった。
はああ… シオンは盛大な溜め息をついた。 「・・・とんでもなさすぎる・・・」 こんな女、他に知らない。 無鉄砲で、子猫のようにすばしっこいかと思えば、ひどく優しくてお人好し。 ・・・そしてさっき見つけた意外なほどの女らしさ。
「負けたよ。俺の完敗。」 口でそう言いながら限りなく嬉しそうな顔で、メイを見つめる。 「メイ」 いつも呼びたいと夢に見るほど願いながら、呼んでしまったら気持ちに歯止めがきかなくなると思って口に出せなかった彼女の名を柔らかい声でシオンは呼ぶ。 「メイ・・・愛してるぜ。誰にも渡さない。全部、俺のモノにしてやる。」 呟いてそっと気持ちよさそうに眠る彼女の唇にキスを落とす。 たったそれだけで頭の芯がとろけるような幸せを味わいながら、シオンはメイの髪を梳いて囁いた。
「だから早く起きろよ?寝顔へのキスなんかじゃ満足できないんだからな。」
起きたらきっとこの少女は真っ赤になって怒りながら否定するだろうけど。 絶対に離さない。 力一杯抱きしめて、その耳元で囁いてやる。 俺が見つめているのはお前一人。 俺の視線を独り占めしているのはメイ、お前だと。 信じないなら何でもしてやる。 信じるまで言い続け、望むモノすべてお前に差し出そう。
だからメイ、早く目を覚ませよ?
〜 END 〜 |
― あとがき ―
う〜ん、あほなものを書いてしまいました(^^;)
ラブコメです。一応…(汗)
東条もやっとお酒が飲めるようになったばっかりなので、こういうネタを思いつきました。
酔っぱらったメイに振り回されるシオンっていうのが書きたかったんです。
シオン×メイってなんとなく笑いが入ってしまうんですよね〜。