貴方の腕の中
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自分の気持ちを自覚して泣いたあの日から二週間がたっていた。 この二週間、メイはいつも通り生活していた。 起きて食べて勉強してまた寝て・・・心の中は嵐のようだったけれど。 もちろんこの二週間シオンには会っていない。 会いそうな場所にはいかなくなった。 会っても辛いだけだから。 気を紛らわすために課題をこなしていたメイはすっかりキールの出した分の課題を消化してしまい、キールに首を傾げられた。
その知らせが来た時もメイは黙々と課題をこなしていた。 トントンッ いかにも急いている調子のノックにメイは首を傾げる。 今はもう日も暮れている。 (こんな時間に誰だろ?) メイが扉を開けるべく立ち上がったのは無駄になった。 立ち上がったと同時に扉が乱暴に開けられたのだ。 「メイ!大変ですよ!」 「シルフィス?!どうしたの?」 普段冷静で物静かなシルフィスが飛び込んできたのにメイは目を丸くした。 しかしシルフィスはメイに掴みかからんばかりの勢いで近くまで来ると言ったのだ。 「シオン様が王宮で倒れられたんです!」 「?!」 メイは全身の血が凍り付くという気持ちを初めて知った。
もう人気のない王宮を疾風のうようにメイは二週間前のように駆け抜けていた。 しかし二週間前と違うのはメイが真っ直ぐ前を・・・シオンの自室を目指して走っていることと、彼女の目のはしにわずかな涙が光っていること。 メイは走りながら視界を霞ませるそれを乱暴に払う。 (シオン・・シオン!) 心の中でたった一人の名を何度も繰り返しながらメイは走り続けた。
シオンの自室の扉の前につくまで、なんて長く感じただろう。 ようやく辿り着いた扉を、メイは迷うことなく押し開けた。 「メイ!」 中にはいって真っ先に目に入ったのはもう一人の親友、王女のディアーナの姿だった。 「ディアーナ!シオンが、倒れたって・・・」 『ほんと?』と続けようとしたメイの言葉をディアーナが遮った。 「遅いですわ!」 「え?」 「はやくこっちへ!」 半ば引きずられてメイはディアーナに隣にある部屋に引っ張り込まれる。
そこは寝室だった。 シオンらしい青で統一された簡素な部屋の真ん中にあるベットの横で困ったような顔でセイリオスが座っていた。 そしてディアーナが引っ張ってきたメイを見てほっと息をつく。 「殿下、シオンは・・・」 「今は眠っている。メイ、こっちへおいで。」 セイリオスに言われてふらふらとメイはベットに近づく。 ベットにはシオンが眠っていた。 真っ青の顔色にさっきからズキズキと痛い胸がさらに締め付けられる。
パタッとメイの瞳から涙がこぼれるのを見てセイリオスは溜め息をついて話し出した。 「シオンはここ三週間、ほとんど食べ物を口にしていないんだ。」 「え・・・?」 「最初の一週間はそれでも少しは食べていたらしいが、その後は水か酒以外はまったく口にしていなかったらしい。 ついでに言えばシオンはここ三週間、ほとんど花壇にも来ていないんだ。花壇は可愛そうなくらいに荒れていてね、今日花壇を見にきたのも私が一言言ったからなんだ。 ・・・メイ、本当は私たちの言うことではないが、なにかあったんだね?」 「・・・・・」 メイの沈黙を肯定と受け取ってセイリオスはメイの頭を軽く撫でる。 「すまない。君を責めているわけじゃないんだ。でも私は親友も心配なのだよ。 わかるね?」 その大きな瞳から涙を零しながら頷く姿にセイリオスはもう一度、溜め息をつくと今まで自分の座っていた椅子をメイに譲った。 「君が着いていてくれるかい?そして起きたら無理矢理にでもそこにあるスープを飲ませてくれ。じゃあ、頼むよ。」 サイドテーブルにあるスープを指示すとセイリオスはディアーナを連れて部屋を出ていった。
メイは一人、シオンの枕元に座った。 目に浮かんだ涙を拭ってシオンの顔にかかった髪を払ってやる。 その時触れた頬の感触にメイは愕然とした。 (・・・凄くやせてる・・・) さっきまでは髪でわからなかったけれど、頬だけでなく顎のラインまで細くなっている。 拭ったはずの涙が再び盛り上がって、ぽつっとシオンの頬に落ちた。 「あ・・・」 あわててメイはそれを拭こうとする。
その時、シオンが目を開いた。 「!」 驚いて見つめるメイを見てシオンは少し微笑んだ。 「・・・メイ・・・?」 あまりにも細い声にメイは答えることも出来ずにただシオンを見つめた。 「お前が・・出てくるなら・・・いい夢だな・・・」 「・・・じゃない」 「?」 「夢じゃない!」 強いメイの声にまどろみから引き離されたようにシオンは目を見張った。 「メイ?・・・まさか、夢じゃないのか?」 「夢じゃないって言ってるでしょ!」 叫んでしまってからメイはぼろぼろと涙が出た。 (なんでこんなふうにしか言えないんだろう・・・)
と、手が伸びてきて優しくメイの涙を拭った。 驚いて顔を上げると、いつのまに起きあがったのかベットの上に体を起こしたシオンがメイを見つめてた。 「メイ・・泣くなよ」 「泣くわよ・・・なんで三週間も食べないの!もうちょっとで死んじゃう所だったんだからね!」 涙声の訴えにシオンは苦しげに眉を寄せる。 「・・・死にたかったんだ・・・」 「なっなんでそんな・・・?!」 「お前が振り向いてくれない魂なんかに用はなかったからだよ!」 叩き付けるような言葉にメイは一瞬びくっと震える。 シオンはそんなメイから目をそらして続けた。
「最初の一週間は会わなければ忘れられると思ったんだ。会わなければこれ以上惹かれることもない。 お前が別の男と過ごしているのを見ることもない。 いつか忘れられるそう思ったからメイを避けた。 ・・・でも無駄だった。 体中のすべてがお前に会いたいと悲鳴をあげる。 何処かで別の誰かに笑いかけているかもしれないと思うだけで気が狂いそうになった。 抱きしめたメイの体が腕の中にある錯覚に何度も踊らされた。 気がついた時にはあの場所にいたんだ。」 「あの場所って大通りの・・?」 「そうだ。人混みの中から俺を呼ぶ声が聞こえた時、会いたい気持ちと会いたくない思いで体が引き裂かれそうだった。 結局、勝ったのはメイに会うことを切望する俺だった。 だから振り向いたんだ。 でも無視したのは・・・そうしなければ駆け寄ってその場で抱きしめて・・・壊していたかもしれない。 翌日、うまく取り繕ってお前を帰した後、もう何もかもいらないと思ったんだ。」 そこまで言ってシオンは片手で額を押さえる。 まるで泣くのを堪えるようだ、とぼんやりメイは思った。
「何もいらないと思った。世界中の何もかも。俺自身の命さえも。お前がメイ=フジワラが手に入らないなら何もいらない。 他のものなんざ、いくらいたって意味がないんだ。 欲しいのはお前だけ・・・メイだけ。 それが手に入らないなら、生きている意味もない。 そう思ったら自然に食べなくなった。 ・・・だから放っておいてくれ。 お前のせいじゃなく、俺の我が儘なんだか・・・!!」 シオンの言葉が最後まで紡がれることはなかった。
残りの言葉はすべて重ねられたメイの小さな唇に飲み込まれてしまったのだから
シオンは呆然と目の前にあるメイの瞳に光る涙を見ていた。 メイが離れた後も呆然とシオンは彼女を見つめ続ける。 まだ何が起こったのか正確に把握できないシオンを更に襲ったのは耳元で囁かれたメイの言葉。
「・・・私はシオンが好き」
「・・・え・・・?」 「聞こえなかったの?!私はシオンが好きよ!シオンの抱えてる闇ごと全部!シオンの何もかも大好きよ!!」 顔を真っ赤にして怒ったような告白。
瞬間、やっと意味を理解したシオンはメイを力一杯抱きしめた。 「や、ちょっと苦しいよ・・」 病人とは思えないような強さで抱きしめられてメイはあわてて身じろぐ。 しかしそんな事で一瞬もシオンの腕は緩まない。 メイは諦めて伝えたいことすべて、取りあえず伝えることにした。 「遅くなってごめん。 私もずっとシオンに会いたかったの。ずっと抱きしめてほしかった。だけど私の我が儘だと思ったから。そんなことでシオンを振り回すわけにはいかないと思って来なかったの。 ごめん。それから、あの時の言葉、取り消してもいい・・・?」
答える変わりにシオンはメイの顎をつかんで上向かすと唇を重ねる。 「・・・ん・・んん・・・」 さっきの触れるだけのキスとは違う深い深い口付けに、メイの体の力は残らず抜けてしまう。 名残惜しげにシオンの唇が離れた後、体をすっかりシオンの胸に預けたメイの耳元で
「メイ、愛してるぜ・・・」
「・・・私も。ずっと側にいていい?」 上目遣いに見上げてくるメイに再び口付けを落としてから、実に三週間ぶりに復活したシオンは、悪戯っぽく微笑んで言った。 「逃げだそうとしても逃がさない。 一生、死んでも、生まれ変わってもメイは俺だけのもんだ。」 「・・・ばか・・・」 顔を赤くして俯くメイにシオンは三度目の甘いキスを落とした・・
それからわずか一週間たらずで体調を戻した筆頭魔導士殿が異世界から来た少女、メイ=フジワラを妻に迎えるため、バリバリ動き出したのは言うまでもないだろう。
別れの言葉から始まった恋 私を絡め取ったのは貴方の腕だから その腕の中は私のモノ 責任、とってよね?
〜 END 〜 |
― あとがき ―
初の前後編ものです。
う〜ん、なんか無駄に長いだけ?(汗)
で、でも、書きたかったんですよ〜。
あのシオンをふった時に出るスチルが『ファンタ』のベスト版のケースにかかれてて、
もう、それが見たくて見たくてプレイしてたんで、あのスチルがふったときに出た時はなんかショックでした(T T)
そういうわけで、こんなafter stolyを捻り出しました(笑)
でもシオンが情けなさ過ぎる?
う〜む、まだまだ修行が足りないです。
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