たまごクラブ



「キール、お茶飲みます?」

「ああ、頼む。」

本から顔を上げないまま答えるキールにシルフィスは気を悪くした様子もなくその流れる金髪をリボンで括ると食べ終わった夕飯の食器を重ねてキッチンに消えていった。

そしてすぐに香り高い紅茶をいれて戻ってくると、そっと彼のカップを手の届くテーブルに置いた。

短く礼を言って本から目を離さないまま、一口紅茶を飲む彼をシルフィスは頬杖をついて見つめる。

「・・・・何を見てるんだ?」

思いの外早く視線に気がついたキールに驚きながらも、シルフィスはくすっと笑った。

「邪魔ですか?」

「いや・・・・」

「なら気にせずに読んでいてください。私は真剣な貴方の顔を見てるのが好きなんです。」

「・・・・・そうか。」

出逢ったときに精霊かと間違えたほどの美しい顔に幸せそうな笑みを浮かべてそう言われて赤くなった顔を隠すようにキールは本に目を落とした。

なんともほんわか〜な雰囲気が流れるセリアンラボトリーの穏やかな食後の時間。

―― しかし静寂を破る悪魔は突然やってくる








・・・
たばたばたばたばたばたばたばたばんっ!!!

「しるふぃす〜〜!き〜る〜!!」








叩き壊さんか、という勢いでドアをぶっ飛ばして飛び込んで来た声にシルフィスとキールは頭を抱えたくなった。

「きーてよー!もう、もう・・・・」

そんな2人の心境にはお構いなし(おそらく欠片も気付かずに)半べそ状態の闖入者 ―― キールの非保護者であり、シルフィスの親友、メイはシルフィスに飛びついた。

「もう、あんなわからず屋なんか知らないんだからーーーーー!!!」

胸にすがりついて泣き出してしまったメイとキールを困ったように見比べて、結局シルフィスは彼女を落ち着けるように優しく撫でながら問いかけた・・・・たとえ内容がいくら予想できていようとも。

「どうしたんですか?わからず屋って隊長の事でしょう?」

メイがこんな風になってしまう場合考えられるただ1つの可能性は隊長ことレオニス=クレベール・・・彼女の旦那様以外にない。

そして今回も予想に違わずそうだったらしい。

「そうよ!レオニスの頑固者!!」

「・・・・頑固者はお前だろう。」

戸口から聞こえた第2の闖入者の声に顔を上げれば、ちょうど話題の人物レオニスが僅かに肩を上下させて立っていた。

どうやら彼にしてはそうとう慌てて飛び出して来たらしい。

僅かに顔色が青いのは、きっと猛スピードで突っ走ってきた彼女が途中で転ばないか、人にぶつかったりしないか、それによって引き起こされる最悪の事態を想像してしまったのだろう

しかしそんな事はメイの目には入っていない。

むっとしたようにレオニスを見据えてシルフィスの腕の中に逃げ場を求めるように潜り込む。

「あたしは頑固なんかじゃないもん!」

睨み付けられた瞳に涙が滲んでいる事に一瞬眉を跳ね上げたレオニスだがすぐに言い返す。

「いいや、頑固だ。」

「頑固じゃないってば!レオニスこそ、どうしてわかってくれないの?」

「わからないのはお前だ。どうしてそこまで言い張る?」

「だって・・・だって!」

・・・・なんだかさらに事態を悪化させそうな勢いの言い合いにシルフィスは恐る恐るぎゅーっと自分に抱きついているメイに聞いた。

「あの・・・結局いさかいの原因はなんなんですか?」

『原因?』

2人同時に言い放って互いを見る。

そして再び同時に言った。






「どうして子どもを騎士にしたがるんだ!」

「どうして子どもを魔導士にしたがるの!」






「はあ??」

意味がつかめず首を傾げたシルフィスの傍らでキールが眉間を押さえて溜め息をついた。

しかしメイとレオニスの方はこの事態のを思いだしてしまったらしく再び口を開く。

「魔導士なんてあ〜んな汚い研究院の元倉庫みたいな部屋に閉じこめられて、頭にカビ生えたみたいな長老達にいびられながら暮らすのよ?!」

「騎士団もあまりかわらん。むさ苦しい男どもに囲まれて厳しい稽古をして育つんだぞ?!」

「いいじゃない!たくましく育つよ。」

「たくましくしたいのか?!絶対に魔導士の方がいい。」

言い切ったレオニスの言葉にメイはとうとうシルフィスの腕の中から立ち上がった。

「だから!どうしてそんなに魔導士にしたがるの?!理由を教えてよ!」

「理由?理由は簡単だ。お前似の子なら魔法の才の方に長けているだろう?」

『は・・・?』

ぽかん、としたのはメイだけではなかった。

その場にそろった3人に目を丸くされて、さすがに居心地悪そうにレオニスは視線を明後日の方にむけて言う。

「お前似の子なら剣術をさせるより魔法の道を究めさせる方が向いていると思ったんだ。」

「なんだ・・・でもなんで私似なの?私はレオニス似だと思ったから騎士の方が絶対向いてるって思ったのに。」

毒気を抜かれたように呟いてメイはペタンっとその場に座り込んだ。

レオニスもその目線にあわせるように座り込む。

「どうやら基本的な所で思い違いがあったようだな。」

「そうみたいね。」

困ったように微笑むメイの目元に残った涙をレオニスは少し躊躇った後そっと拭った。

「・・・・すまない。また言葉が足りなかったな。お前を傷つけてしまった。」

シュンッとして呟くレオニスにメイは慌てて首を振った。

「ううん!そんなことない。レオニスはちゃんと私たちの子どもの事考えてくれたんだもんね。私こそ、全部聞かないうちにひどいこと言っちゃってごめんなさい・・・・」

普段強気なメイが見せる反省して大人しくなる姿は人妻とは思えないぐらいに愛らしくて、レオニスはきつく抱きしめたい衝動を一欠片の理性で押さえ込むとそっとメイを腕の中に包み込んだ。

「・・・・本当の事を言おう。私は早めに子どもを独立させてお前と2人だけの生活をしたいのかもしれない。」

「え?」

「お前は何にでも一生懸命だろう?だから子育てにも夢中になる。・・・・そうなったら私の相手をしている暇など、なくなるだろう?」

ほんのわずかに拗ねた響きを持った言葉にメイはぎゅっとレオニスに抱きついた。

「大丈夫!子どもはきっとすごく可愛いと思うから一生懸命育てるけどレオニスは特別だから!一番大好きなのはレオニスだから、ね!」

本当なんだからね!と力を入れて頷くメイが可愛くて、愛しくてレオニスはとびきり優しい笑みを見せて頷いた。

「ああ、私も一番愛しているのはお前だ。」

ごほんっ!

あま〜い雰囲気に突入しかけた2人を遮ったのは容赦ないキールの咳払いだった。

見ればシルフィスは明後日の方向に目をそらしたまま顔を赤くしている。

「どうやら、仲直りされたようで幸いな事ですね。でも・・・・」

不穏な言葉尻にシルフィスははっとして耳を押さえた。

その彼女の予想通りキールは息を信じられない早さで吸い込むと・・・・





「まだ生まれてもいない子どもの教育方針でもめるのはやめてください!!!」











                                  〜 END 〜





― あとがき ―
ラブラブばかっぷる応用版、ラブラブばか夫婦でした(笑)
しかしなんで私が書くとレオニスがギャグキャラになってしまうんだ・・・?
そのうえスランプの東条にしては妙にサクサク書けてしまいましたし。
でもこの環境って胎教に悪そう(^^;)
親はラブラブだわ、ラブラブ高じてもめるし・・・お腹の中で「はやく産んでよ〜」と思ってたりして。
あ、ちなみにこのお話はメイが妊娠中のお話です。