ラストワルツを貴方と


― 12/29

「はあ?年越しパーティー?!」

年の瀬も押し迫って慌ただしい王宮内で、ただ一カ所そんな忙しさとまったく無縁の場所、第二王女
ディアーナ・エル・サークリットの私室でお茶を飲んでいたメイはすっとんんきょうな声をあげた。

「年越しってことは12時過ぎるまでパーティーすんの?」

「そうですの。毎年のクライン王宮での習慣なのですわ。」

溜め息をつくディアーナを見てメイもつられて溜め息をつく。

「そんな時間までパーティーなんて、よくやるよねえ」

「そうですわよね〜。・・・でも、今年はシルフィスもメイもいますから少しは退屈せずにすみそう。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」

ディアーナの言葉の中に、とんでもない響きを聞き取ってしまってメイは思わず引きつった声を出す。

「・・・ちょっと待って。なんで私の名前が出てくるの?」

「え?だってメイは参加者の中に入っていますもの。」

「ええっ?!なんで?!だって王宮のパーティーってことは王族と貴族だけじゃないの?!」

「まあ、大概はそうなんですけど、今年は私がお兄さまにお願いしてメイとシルフィスをご招待していただきましたの。」

それはまあ嬉しそうにそういう親友を見て、メイは果てしない疲労を感じた。

きっと妹にめちゃめちゃ弱いあの皇太子殿下はこの笑顔に陥落して、彼女の願いを聞いてしまったのだろう。

「で、でもディアーナ。私、ドレスなんかもってないよ?」

最後の頼みの綱!っとメイが縋った経済的事情は、一瞬にして笑顔の王女様に断ち切られてしまった。

「大丈夫ですわ。メイのぶんは私が頼んでありますから。」

・・・今度こそ、逃げ場はない。

がっくり肩をおとしたメイの様子に気づいているのかいないのか、無邪気なディアーナは嬉しそうに言った。

「嬉しいですわ〜。メイのドレス姿が見れるなんて。今年のパーティーは楽しくなりそう!」






― 12/31

「メイ〜?着れまして?」

ディアーナは実に楽しそうに自分の部屋の寝室に声をかけた。

そこでは今、なんだかんだ言って律儀に来てくれたメイがお召し替え中なのだ。

「・・・一応着れたけど・・・」

いつものメイからは考えられないほど歯切れの悪い声に、ディアーナは首を傾げる。

「どうしましたの?サイズがあいませんの?」

「・・・・そうじゃないけど・・・・」

「もう、なんですの!入りますわよ!」

「うわあ?!来ないで〜!」

ディアーナはメイの悲鳴を無視して寝室のドアを開けて・・・絶句した。

そこにはすっかり変身したメイがいたのだ。

バレリーナのチュチュのような腰の所からフンワリ広がったキャミソールドレスと、シースルーの肩掛けを止める薔薇のコサージュもすべて青で統一されている。

もちろん、ディアーナがメイのイメージに合わせて選んだものなのだが、それが恐ろしいぐらいよく似合っていた。

彼女の性格にあわせて膝くらいまでにしたスカートから伸びる足と、その下のローヒールの青いパンプスも彼女のかわいらしさを全面に押し出している。

「すごく素敵ですわ!メイ!」

大好きな親友の可愛らしい姿にディアーナは思わず抱きついてしまう。

「あああーダメだって、ディアーナ!しわになっちゃう!」

あわてるメイの声にはっと我に返ってメイから離れるディアーナ。

それでもうっとり見つめている目が・・・なかなかアブナイ(汗)

「でも、本当に可愛いですわねえ〜・・・あんまりシオンになんて渡したくありませんわ・・・」

「はっ?!」

ぼそっと呟かれた言葉にメイはものすごく動揺した声を出してしまった。

「ななななななんで、シオンが出てくるのよ?!」

「・・・メイは嘘がつけませんわね。」

うっとメイは顔を真っ赤にして詰まった。

その様子にふうっとディアーナは溜め息をつく。

「やっぱり、そうでしたのね。・・・まさかとは思っていたんですけど。」

「まさかってカマかけたの?!ひどいよ〜」

メイは睨み付けるが、ディアーナはまったくきかない。

「あら、もしかしたら、とは思っていたんですもの。それで、やっぱりそうなんでしょ?」

メイはパクパクと何度か酸欠でも起こしたように口を開けたり閉めたりして・・・結局観念した。

「・・・そうよ。私は、シオンが好きよ・・・」

「いつからですの?」

「そんなのわかんないよ〜。だってあいつを好きになる自体、考えてなかったんだもん。
・・・あいつ、女に不自由してなさそうじゃない。好きなったら絶対苦労するからならないって決めてたのに・・・」

後半は独り言のように言ったメイを見てディアーナはほうっと息をついた。

いつの間に彼女はこんな女性の表情をするようになっていたんだろう。

恋する女の子の表情に・・・

(これは絶対、幸せにしてあげたですわ!!)

顔を伏せてしまったメイの肩をがしっとディアーナは掴んだ。

「メイ!今日のラストワルツは絶対、シオンと踊るんですわよ!」

「はっ?!何?!」

ディアーナの勢いにかなりびっくりするメイをよそに、ディアーナは今度はうってかわってうっとりとした瞳になる。

「年の最後のパーティーには伝説があるんですの。
パーティーの最後に必ず演奏されるラストワルツを好きな方と踊ると、想いがかなうんですわ。
だからメイは絶対!シオンと踊ってくださいまし!
分かりましたわね?!」

「は、はい・・・」

ディアーナの勢いに押されて、メイは頷いた。





― 12/31 11:30

「はあ・・・」

華やかなパーティー会場のすみっこでメイは深く溜め息をついた。

パーティーの最初のうちは一緒にいたディアーナも今はダンスフロアで、ダンスのお相手に追われていてメイは一人だ。

今年最後のパーティーとあって人々は楽しそうにダンスを踊り、おしゃべりをしている。

その様子を横目にメイはもう一度溜め息をついた。

「・・・ああいう場面を見たくなかったから、来たくなかったのに・・・」

メイは自分の気持ちを果てしなく落ち込ませる会場の一角に目を移した。

・・・そこで展開されているのは筆頭魔導士の正装がいやってほど似合っている、シオン=カイナスと、彼を囲む名だたる貴族の令嬢達、という場面だった。

ドレスを着慣れている令嬢達は気後れしているメイにとって、それは綺麗に見える。

その彼女らの相手を楽しそうにするシオン・・・

(・・・世界が違うんだよね・・・私と、あいつじゃ・・・)

柄にもない、とわかってはいるけれど、キリキリと痛む胸は無視できない。

いつの間にかちゃっかり自分の心の中に居場所を確保していたシオン。

好きにならないって決めていたのに、そんな抵抗なんてあっけなくうち破って入ってきたシオン。

だけど、シオンにとって自分はからかうのにちょうど良いぐらいにしか思われていない。

「つっ」

メイはシオンに背を向けるとぱっと走り出した。

これ以上、あんな場面を見てはいられない。

ひどく惨めで溜まらなかった。

「あっ!」

会場を飛び出した所でメイは段差につまずいた。

なんとか転ばずにはすんだものの、ローヒールのパンプスが右足から脱げてしまう。

しかしそれを拾いもせずメイは走り続ける。

とにかくパーティー会場を離れたくて仕方なかった。

・・・そうしないと大声で泣いてしまいそうで・・・

取り残されたパンプスが寂しそうに転がった・・・





― 12/31 11:40

パーティーの喧噪が遠くに聞こえる中庭で、一人の少女が丸くなっていた。

中庭の中心にある噴水の縁に座って膝を抱えている少女はメイだった。

他の人間が見たら、まるで彫像なのではないかと思うほどその姿は月に浮かんで美しく見える。

・・・しかしメイにとってはそんな事はなんの意味もなかった。

メイはただ目の前を行きすぎる会場での場面を消したくて、涙を零していた。

そして自嘲気味に呟いた。

「バカだよね、私・・・ちょっと、ラストワルツ、踊りたいな、なんて思うなんて・・・」


「・・・誰と?」


突然、耳に滑り込んできた第三者―しかも嫌ってほど聞き覚えのある声にメイはばっと顔を上げた。

そして枯葉色の瞳と、飴色のそれがぶつかる。

「・・・なんであんたが、こんなところにいるのよ・・・シオン」

「おや、俺がいちゃ悪かったかね?」

信じられないぐらい固い声で名前を呼ばれた宮廷筆頭魔導士は、いつものようにちゃかした口調で言う。

しかしメイは月明かりに見えるシオンの表情に眉をひそめた。

シオンはいつものように笑ってはいなかった。

ただ、ひどくやるせなさそうに、メイを見ている。

その視線にメイの鼓動は跳ね上がる。

「・・・誰と・・・」

「えっ?」

ぽつっと呟かれた言葉にメイは思わず聞き返した。

「誰と踊りたかったんだよ、ラストワルツ。」

「ええっ?!」

さっきの独り言を聞かれていた事を知ってメイがぱっと赤くなる。

その反応をどう受け取ったのか、シオンの瞳にちらっと光がよぎる。

そして振り向いていた時に投げ出されたままだったメイの右足をぱっと捕らえた。

「きゃあっ?!」

驚いて必死に足を引き戻そうとするが、しっかり押さえているシオンの力にはかなわない。

「なにすんのよ!離して!」

「い・や・だ!」

シオンの叩き付けるような声にびくっとメイが肩を竦める。

それを確認してから、シオンは片膝をついた。

そしてうやうやしく、メイの右足の甲に口付けを落としたのだ。

「?!」

「・・・落としもんだ。お姫様。」

しっかり固まってしまったメイの右足に、シオンはさっき落としてきたパンプスをはかせた。

「!・・・これ、なんで・・・?」

「なんでわかったかって?このパンプスは俺がお前さんのために選んだものだからさ。」

メイの疑問に先回りして答えたシオンは優しくメイの足を降ろす。

そして冷え切っていたメイの体をすっぽり包み込んだ。

「シオン?!」

「・・・渡さない・・・」

「え?」

「嬢ちゃんを・・・メイを誰にも渡したくない!」

叫ぶようなシオンの声にメイは息を飲んだ。

「俺以外の別の男とメイがラストワルツを踊っているところなんて見ていられない!
メイが、誰かのモノになるなんて考えただけで気が狂いそうだ。」

そういってシオンはメイの瞳に口付けを落とす。

「この瞳に別の男なんて写させたくない。」

そして頬に。

「この頬を誰にも触らせたくない。」

最後に、唇に触れるだけのキスを落とす。

「メイの唇から俺の名前しか呼ばせたくない・・・!」

「シオン・・・」

「愛してる・・・」

呆然とされるがままになっていたメイは、その時はじめて気がついた。

・・・シオンが震えていることに・・・

瞬間、メイはシオンの首に飛びついた。

「?!」

「私もシオンが好き!」

メイは少しシオンから離れるとあっけにとられているようなシオンの瞳を真っ直ぐにみつめて言った。

「ずっと、大好きだった。・・・だから、側にいてもいい・・・?」

「当たり前だ!・・・ずっと側にいてくれ・・・」

シオンはメイが初めて見る綺麗な笑顔を見せてメイに深く、深く口付けた・・・





― 12/31 11:55

「・・オン・・ん・・シオンってば!ワルツ!ラストワルツ聞こえてきたよ!!」

「るさいな・・別に想いが通じたんだからいいだろ?」

もう何度目になるのか数えられないほど繰り返された口付けを阻止されて、シオンは不満げに言う。

「だって・・・」

ちょっとひるみつつ言いよどむメイを見て、シオンは「わかった」と呟くと、メイを軽々と横抱きにした。

「ちょっ?!どこいくつもりよ?!」

「俺の部屋。」

「俺のって、ちょっとシオン〜?!」

「だから、ラストワルツはベットの上で、な♪」





翌日、ディアーナに「ラストワルツは踊れましたの?」と聞かれたメイは、何故か顔を真っ赤にして呟いた。

「・・・あんな奴を好きになった私が間違ってた・・・」

・・・異世界から来た少女がクラインの戸籍を得て、メイ=カイナスになったのはその翌年の事である。










〜 END 〜                            


― あとがき ―
わはは〜、年の瀬で血迷ったものを書いてしまいました〜(^^;)
あ〜、今年の大晦日には間に合ったけど、こんなんでいいんだろうか・・・
「ラストワルツ」というテーマが書きたかっただけなんだけどなあ。
なんでこんな甘くも、辛くも(?)ない代物ができているんだ?
すいません(T T)
うう、誰かこのタイトルで、もっと甘い創作書いてくれませんか〜(シクシク)