クレベールさん家のこんな日常

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モノトーンで統一されたシンプルな部屋に差し込む朝日に、部屋の中央のキングサイズのベットに寝ていた少女は少し身をよじる。

その動きに目をさましたのは彼女を抱いて寝ていた男の方だった。

レイニス・クレベールはゆっくりと覚醒すると、腕の中で眠っている愛妻に目を落とす。

半年前、めちゃくちゃ手強いライバルたちを蹴散らしてやっと手に入れた、異世界からの来訪者である少女メイ・フジワラ・・・おっと、メイ・クレベール。

まだ夢の中のメイをレオニスは優しく見つめながら、そっとその枯葉色の髪を梳く。

さらさらと指の間をこぼれ落ちる感触に、どうしても頬がゆるむのを止められない。

起きていてその魅力的な枯葉色の瞳で見つめてくれているメイも大好きだけれど、こんなふうに無防備な顔を自分に見せていてくれる事も嬉しい。

メイが目覚めるまでのほんの少しのこの朝の時間もレオニスにとっては至福のひとときなのだ。

某すちゃらか魔導師にいわせれば『これから一生みられるだろうが!』とつっこまれそうだが、14歳という年の差も、44cmともいわれる身長差も乗り越えて、今自分の腕の中で眠る少女が、レイニスは愛しくて、愛しくてどうしようもないのだ。

 

 

と、ふと彼女の閉じられていた瞳がそっと開いた。

そしてまだ覚醒しきっていない瞳でレオニスをみる。

「おはよう、メイ」

「ん、おはよ。レオニス」

低い柔らかい声で告げられた朝の挨拶に、メイは少し赤くなって答える。

こんな朝を迎えるようになって半年たつというのにメイはまだ目覚めて一番に目に入るのがレオニスである毎日になれていないらしい。

その様子すら愛らしくて、レオニスはメイの唇に甘い挨拶をおとす。

「起きたら朝食にしよう。今日はシオン殿のお共の仕事があるんだろう?」

結婚する直前、最年少にして緋色の肩掛けを拝領したメイは今は王宮付きの魔導師としてシオンの元で働いている。

・・・もっともレオニスとしてはかなり、心配な上に、落ち着かないことこの上ない職場なのだが。

「あ、そうだった。支度しなくちゃね。」

あっさり眠気を追い払ったメイはそういうとするっとレオニスの腕を抜けてベットからでる。

当たり前の事なのだが、レオニスはいつもこの瞬間が寂しい。

ずっとそばにいたメイが自分から離れていくようで。

そんな感情をいつもはうまく覆い隠すレオニスだが、今日は珍しく顔にでてしまったらしい・・・といっても、彼をなぜこれほどまでに?!と思うほど理解しているメイでなければわからないほど小さな変化ではあるが。

しかしそれに気づいたメイはくすっと笑って、ベットの縁に座るとレオニスの頬に軽くキスをした。

「!」

結婚してから初めてのメイからのキスに珍しくうろたえるレオニス。

そんな彼にとびっきりの笑顔を見せるとメイは元気よく言った。

「さて、仕事にいきましょう!隊長さん。」

「・・・そうだな。」

くすっと笑ってレオニスは自分もベットからでると、にこにこ笑っているメイにキスを落として一言。

「・・・寄り道しないで帰ってこい。」

「はいはい。真っ直ぐに、レオニスのとこに帰ってくるよ。」

その返事を聞いてやっと満足そうにうなずいたレオニスとメイは朝食をとるべく、寝室を後にした・・・

 

 

 

昼 

「ねまだ終わんないの〜?」

不満そうなメイの声にシオンは何度目かのため息をついた。

「お前さんねえ、仮にも上司にそんな口のきき方はないんでない?」

「それは失礼いたしました。シオン様。」

「・・・やっぱやめてくれ・・・」

四角張ったメイの言葉にシオンは思わずこめかみを押さえる。

「ほら落ち着かないでしょ?・・・じゃなくって、まだ終わんないの?」

上目遣いに見上げられて、シオンはうっと思わずうめいた。

人妻になろうとも、この少女の魅力は半減しない。

それどころか、どんどん綺麗になっている。

・・・それがレオニスのためなのはしゃくにさわらないが。

しかしかつて想いを寄せていて、今でもその想いは全然薄れていない少女にこんな風に見つめられるのはかなりたまらない。

のばしかけた腕をあわてて引っ込めてシオンはそっぽを向いていった。

「だから、今何時だと思ってるんだよ?まだ二時だぞ?なにをそんなに焦ってるんだ?」

メイは一瞬考えてから、素直に事情を話すことに決めた。

変な嘘をついてもシオンに見破られるのがおちだ。

「実はさ、もうすぐレオニスの誕生日なの。

で、レオニスに内緒でセーター編んでるんだけど・・・内緒だからレオニスのいるとこじゃ編めないでしょ?」

「・・・なるほど・・・」

このとき、自分がそうとう渋い顔をしている自覚がシオンにはあった。

(やっぱりレオニスがらみかよ)

ちっと舌打ちしそうになったそのとき、シオンの視界にちらっと漆黒の影が写った。

(あれは・・・)

メイからは死角になっていて見えないその影を認識して、シオンの顔にちょっと・・・否、かなり性格のよろしくない笑みが浮かんだ。

「そうだな、嬢ちゃんが俺になにかご褒美をくれるなら、今日の仕事はここまででいいぜ。」

「えっ?ほんと?・・・でもご褒美ってなによ?」

「簡単さ、じゃ、勝手にいただくぜ。」

そういうとシオンはその長身を屈めてひょいっとメイの頬に口づけた。

 

ピシッ!

 

どこかで石化した音が聞こえたが、そのへんは怒り心頭のメイの耳には届かない。

「シ、シオンーーーー!!」

「はは、じゃあな。がんばれよ。」

(これぐらいの意地悪はいいよな。なんたってあいつは嬢ちゃんを手に入れたんだから。)

シオンはメイに背を向けると、柱の影で石化している騎士団長に心の中で舌を出した。

「まったく、もう、シオンは・・・」

ぶつくさつぶやきつつ、まあ、これで早くアイシュのところへ編み物ならいにいけるなら安いかも・・・なんて現金なことを考えつつその場を後にしたメイは知らない。

柱の影にいたレオニスが、会話を全く聞かずに、あの場面をみたことですっかり衝撃を受けて石になっていることなど・・・

 

 

 

 ―

「思ったより遅くなっちゃったよ

日の暮れたクラインの街を夕食の買い物片手にメイは足早に通り抜けていた。

アイシュのところで編み物を習っていたのはいいが、あとちょっと、と熱中しているうちにこんな時間になってしまったのである。

「レオニス、心配してるよね。」

大事な旦那様を思ってメイは頬をゆるませる。

見た目よりもずっと心配性なレオニスはメイの帰りが遅いとひどく心配するのだ。

「早く帰らなくちゃ。」

そう呟いてさらに足を早めたメイの頭には昼間シオンにキスされた事など、すっかり消え去っていた。

 


 「ただいま〜!」

明るい声と共に玄関に飛び込んだメイはおやっと首を傾げた。

いつもなら心配したレオニスが玄関で待っていたりするのだが、今日は出迎えの声もない。

「レオニス、いるの?」

自分たち以外使用人も置いていない部屋は明かりが消えていてやけに静かだ。

おかしいなあ、と首を傾げつつ明かりの消えた居間に入った瞬間 ―

「きゃあっ?!」

いきなり横から伸びて来た腕に体ごとさらわれてメイは思わず悲鳴をあげる。

「・・・メイ・・・」

耳元で囁かれた声と、覚えのある腕にメイは驚いた。

「レオニス?」

確かめようと自分を抱きしめている者の名を呼んだメイの唇にいきなり強くレオニスのそれが押しつけられる。

「?!」

いつのも愛しさを込めた優しいそれとは明らかに違う、荒々しいキス。

「レ・・・オニス・・・やめ・・やめて!」

何度も何度も繰り返されるキスの合間を縫ってなんとか言葉を発したメイは最後のキスを彼の口を手で押さえることで防いだ。

「なんで、いきなりこんな事するの・・・?」

激しいキスにすっかり涙目になってるメイに見つめられて、レオニスは少し目を伏せる。

その様子がひどく傷ついているように見えて、メイはなんだか自分がレオニスをいじめているような気になってしまった。

と、ぽつりとレオニスが言った。

「・・・お前が・・・」

「え?」

「メイが、シオン殿とキスしていたから・・・」

「はあ?」

ひどく落ち込んだレオニスの声にメイは素っ頓狂な声を出してしまった。

「シオンとキス?いつ?」

「いつって、昼に王宮の廊下で・・・」

訝しげなレオニスの視線を受けて首を傾げたメイは数秒後、ああっと声をあげた。


「キスってあのほっぺたにされたやつ!忘れてた!」


「わ、忘れてた?」

思わずレオニスは激しく力が抜けるのを感じた。

だって本気でショックだったのだ。

シオンとメイがキス(といっても頬になのだが)しているシーンを見てしまった後、茫然自失状態に陥った。

しかしそこは何とか役目と責任で立ち直って、騎士団に帰って午後の稽古を始めたまではよかったが、うっかり見習い相手に本気でかかってしまってシルフィスが捨て身で止めるまでに三人ぐらいのしてしまった。

その後もふとした瞬間にちらつくあの場面に苛立って側にあったガラス窓叩き割ってしまったり、コップを握りつぶしてしまったり・・・
とうとうシルフィスとガゼルに『もう帰ってメイのために夕飯でも作っていてください!!』と泣きつかれて普段より大分早く家に帰るはめになった。

しかし帰ってきてやることがなくなると、ますますあの場面が目の前をちらついて、レオニスはひどく苦しくなった。

メイを疑うわけではないけれど、自分はシオンほど彼女を喜ばせることはできない。

彼女の気持ちが他へ移るのを止める術も思いつかない。

彼女がシオンに心を移していたとしても、しかたがないとすら思った。


・・・でも、いやだった。

メイが自分以外の他の男に笑いかけるのも、他の誰かを見つめるのも耐えられない!

まして自分から離れていってしまったら・・・

メイを失った世界なんて考えられない。

ひどく恐くなって何度、一人きりの居間で体を震わした事だろう。

 

・・・なのにその張本人はあっさり『忘れてた』である。

あんまりぽかんっと見つめられたせいか、メイは少し顔を赤くしてあわてて言った。

「いや、だから、その・・キスっていうか、取引だったから・・・」

「取引?」

不穏な単語にぴくっとレオニスが反応する。

「え〜っと、その・・・」

「メイ。一体何を取引したんだ?」

低い声で問われて、メイはうっと言葉に詰まった。

(う〜、内緒にしときたかったんだけど・・・このままじゃ怒っちゃうよね・・・)

小さく溜め息をついてメイは観念した。

このままレオニスと喧嘩するよりは白状した方がましだ。

「あのね、もうすぐレオニスの誕生日でしょ?

・・・だから私、レオニスに何かプレゼントしたくて・・アイシュにセーターの編み方、教えてもらってたの。

だけどもうあんまり時間がなかったから、ちょっとあせってて早くアイシュのとこへ行くために早く仕事終わらせてってシオンに頼んだら・・その、ご褒美だって勝手にキスしてったの。」

顔を赤くして一気に言ったメイをさっきに負けず劣らずぽかんっとレオニスはメイを見た。

「誕生日・・・?」

「そう!・・・やっぱりレオニス、忘れてたでしょ?」

メイに上目遣いで見つめられる。

 

瞬間、レオニスは本気で力が抜けた。

メイを抱いたまま、ストンっと床に座り込む。

「きゃっ!」

思わず声をあげたメイをしっかり抱きしめて、レオニスは急に笑い出したくなった。

「レオニス?」

「ああ・・すまない。・・・私はいらぬ心配をしていたのだな。」

耳元で聞こえる低い笑い声にメイはレオニスの胸から顔を離すと少し怒った顔でレオニスを睨む。

「そうよ。まったく、変な心配して・・驚かせて!
・・・私を信じてなかったの?」

「いや・・そういうつもりは・・・」

「・・・あはは、嘘!大丈夫、わかってるから。やきもち、妬いてくれたんでしょ?」

かなわないな、とレオニスは心の中で呟いた。

うまく口に出せない事まで、メイはすっかり読みとってくれる。

他の誰にも分からないのに、彼女にだけは。

それは自分が彼女を愛しているせいか、彼女が自分に恋しているせいか。

「そうだな・・・頼むから次からは気をつけてくれ。」

「はーい。わかりました。・・・でも、ちょっと嬉しかったな、私。」

「?」

ちょっと、と言うわりには目一杯幸せそうにメイは笑って言った。

「だってレオニスっていつも大人で、全然私の事で嫉妬したり感情荒立てたりしないでしょ?

・・・だから時々、心配になってたの。ほんとに私の事、好きでいてくれるのかなって・・・」

・・・前言撤回。

彼女は肝心な所でレオニスの心を見落としている。

はあ、と思わず溜め息を漏らしたレオニスの瞳に次の瞬間、何故か意地悪そうな光が宿る。


「・・・まったく、お前はなにもわかっていないぞ。」

「え?・・きゃあっ!なんで抱き上げるの?!」

悲鳴をあげてジタバタしだすメイを余裕で抱き上げたまま、レオニスは廊下を歩き出す。

目指す先は・・・寝室。

「レ、レオニス?夕飯!夕飯はどうするの?!」

レオニスの意図に気付いて必死で言った言葉もレオニスは一言で一蹴。

「かまわん。お前でいい。」

「お前でいいって・・あ〜、レオニス〜・・・」

何だか情けないメイの声を残して、パタンっと寝室の扉が閉められた。


・・・ここから先は、甘あ〜い二人っきりの時間。

 

 

 

今日はちょっとバタバタしたけれど、こんな風に過ぎていく毎日。

甘い雰囲気から始まって、内緒事を作ってみたり、いらん心配してみたり、ちょっと喧嘩して仲直りしてみたり・・・

こんなクレベールさん家の日常は今日も暮れていくのです。

 

 

 

〜 END 〜                     

 

 

 

 

― あとがき ―

あはは、とうとう隊長を書いてしまいました〜。

しかもこんなラブコメみたいなの・・・(^^;)

どうしよう、隊長ファンを敵に回したかも(汗)

す、すいません!!

ただこのタイトルが先に思いついて、それが使いたくて使いたくて書いちゃったんです〜。

あと嫉妬する隊長っていうのも書いてみたかったの〜。

しょっぱなから情けないレオニスを書いてしまいました(^^;)
しかし、この最後の終わり方・・・できる人ならここから裏へ行くのでしょうか・・・?

私にはできません(^^;)