魔法使いへのプレゼント




「セイラン様って魔法使いみたいですよね。」



「は?」

学習を終えた後、セイランの煎れた紅茶を美味しそうに飲んでいたアンジェリークが言った言葉に、セイランはめずらしく間の抜けた声を出してしまった。

「あ、ごめんなさい。別に悪い意味じゃないんですけど・・・」

あわててそう言うアンジェリークをさらに眉をひそめた。

「悪い意味じゃないって、じゃあ、どういう意味?」

「え〜っと・・・ほら、セイラン様って本当に魔法みたいに綺麗な絵を次々描いていくじゃないですか。それにその・・雰囲気が。」

「雰囲気?」

「ええ。その人魚姫に出てくる海の底の魔法使いみたいに。」

照れたように言われた言葉にセイランは余計にわからなくなった。

「ちょっと待ってくれる?確か人魚姫っていう童話に出てくる魔法使いは王子に恋い焦がれた人魚姫から言葉と引き替えに足を与えるっていう・・いわば悪役だろ?」

思いっきり悪い意味じゃないか、と目で問うセイラン。

「えっとそうなんですけど・・なんていうのかな?
たとえ見返りを求めても相手の願いを必ず叶えてくれる、そんな所がセイラン様にもあるような気がするんです。」

「見返りを求めるなんて善人のやる事じゃないだろ?」

「そうじゃなくって、見返りを求めることで願いを叶える保証をしてくれる、そういう優しさだと思うんです。」

ちょこんと小首を傾げたアンジェリークの笑顔に、セイランは思わず溜め息をついた。






まったくこの少女は思いがけない事ばかり言ってくれる。

冷たく振る舞うセイランの中にある彼自身すら知らない性格すら見抜いてしまうような少女。

(・・・まったく、そんな言葉に一喜一憂している僕をどうしてくれるんだい・・・)

今まで人の言葉に左右される事などなかったのに。

他人に振り回されるなんて、考えるだけでも愚かしい事のように思っていたのに。

目の前のこの小さな女王候補の言葉に、心が浮上したり落ち込んだりしていることに気がついた時は信じられなかった。

―― でも彼女の言葉に振り回されているのは自分だけじゃない。

優しくて、ちょっと気弱な彼女を護ってやりたいと思っている者は聖地に掃いて捨てるほどいるのだ。

女王候補である彼女が守護聖達と交流するのは当たり前だ、とわかっていてもアンジェリークが誰かと一緒にいるとキリキリと胸が痛む。

自分のものでもないのに、誰とも話させたくないと思ってしまう。






ふと、セイランは何か思いついたように顔を上げた。

「アンジェリーク、もうすぐ僕の誕生日なんだ。」

「は?」

いきなり飛んだ話に今度はアンジェリークがきょとんっとした顔をする。

しかしセイランは構わず続けた。

「だから誕生日プレゼントをくれないか?」

「はあ、構いませんけど・・何をですか?」

首を傾げたアンジェリークにセイランは思わず目眩がしそうなほど麗しい笑顔で言った。




「君の声が欲しい。」




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

アンジェリークがぽかんっと聞き返してしまった。

今までの人生でこんな贈り物を望まれた事なんて無かったのだから。

しかしセイランは冗談を言っているいつもの雰囲気ではない。

だからアンジェリークが聞いてしまったのも、無理はない。

「あの、どうやって私の声をセイラン様に差し上げればいいんですか?」

「簡単だよ。僕が君に魔法をかけるから。・・・こうやって。」

至極満足そうに言うなり、セイランはアンジェリークの唇をいともあっさり塞いでしまった。

「!!」






触れるだけでセイランの唇が離れた後も呆然と大きく目を見開いたまま、アンジェリークはセイランを見つめていた。

その唇をそっと親指でなぞってセイランは言った。

「これで君は僕の魔法にかかったんだよ、人魚姫?
君は僕の名前以外の名前を呼ぶことはできない。
僕以外に笑い声を聞かせられない。
・・・僕以外を想う言葉を、紡ぐことはできない。」

最後の言葉が切なく揺らいだのをアンジェリークは気がついていた。

アンジェリークはほんの少し口元で笑って言った。

「セイラン様、声を返してください。」

「アンジェリーク・・・?」

セイランの真っ直ぐに見つめる瞳の奥でちらりと不安が過ぎる。

それには気付いていたけど、アンジェリークは気がつかないふりをした。

(驚かされたんだから、少しぐらいドキドキしてもらわなくちゃ。)

心の中で悪戯っぽく笑ってアンジェリークはセイランの肩に手をかけるとひょいっと背伸びをしてセイランの唇にキスをした。

「?!」

「私の声はあげません。だって不便だもの。
・・・でも、その代わり私の気持ちを差し上げます。
私、セイラン様が大好きです!」

「アンジェリーク・・・」

あっけにとられたようにセイランはアンジェリークを見つめて、それから困ったように笑った。

「まいったな。君には構わない・・・愛しているよ、僕の天使。」

セイランはこの上なく幸せそうに微笑んでそっと魔法でない、優しい優しいキスをした・・・










                                 〜 Fin 〜