口説き文句




「ねえ、ねえ、それで?オスカーとはどうなってるの?」

やけに楽しげな美しい声に自分の名前を聞きつけて炎の守護聖オスカーは足を止めた。

「もう、陛下ってば。」

困っている鈴を振るような声にどきっとオスカーの鼓動がはねる。

「アンジェリーク!お茶の時間はその呼び方はやめてちょうだいって言ったでしょ?」

「ごめんなさい・・ロザリア。」

どうやら楽しげな声の主はこの部屋の主である女王補佐官アンジェリークと、現女王ロザリアのようだ。

(それにしてもなんの話をしているんだろう?)

誰よりも愛しい恋人が自分の話をしているとあれば、気にならない男の方がおかしい。

オスカーは一瞬躊躇ったものの、すぐに扉の脇の壁にさりげなく寄りかかった。

―― もっともそんな何もない所に寄りかかっていてはさりげなくもなにも、思いっきり怪しい。

しかしそんなことには気がつかずにオスカーは扉の向こうの会話に聞き耳をたてる。






「・・・だからオスカーとどうなっているの?」

「やだ、ロザリアってばそんな事聞かないでよ〜。」

声だけでアンジェリークが照れているのがわかる。

「もう、あんたってばさっさとオスカーと恋人になって試験を降りちゃったんだから私に経過を報告する義務があるのよ!」

「・・・何それ・・・(汗)」

「なんでも。
・・・あ、そうよ!ねえ、前から聞いてみたかったんだけど、オスカーってやっぱりすごい甘〜い言葉を言うんでしょ?」

「は?」

(は?)

扉の向こうの声とオスカーの心の声がかぶった。

「は、じゃなくて。ずっと思ってたのよね。オスカーってとにかく口が上手じゃない?
そのおかげでかつてはプレイボーイなんて呼ばれてたぐらいなんだから。
で、そのプレイボーイが特定の恋人を持ってそれ以外の女性には目もくれないっていうんだから、これまで他の女性にも分散されていた甘い口説き文句はアンジェリークに集中してるんでしょうねって噂されているわよ。」

知らなかったの?とばかりのロザリアの言葉に返ってきたのは照れたアンジェリークの声ではなく、なぜか沈黙・・・



「・・・・言われてない。」



「え?」

(え?)

「言われてないわ、口説き文句。そうね、そういえば女王候補だった頃よりも言われていないわ、きっと。
今は言ってくれる甘い言葉って言えば『愛してる』ぐらいかな?」

「ええ?!」

今度驚くのはロザリアの方。

そして廊下では眉間にしわ寄せたオスカーが一瞬よろめいた。

(そ、そんな事はなかったと思うんだが・・・)

しかし思いだそうとするオスカーの耳に飛び込んできたのはロザリアのとどめの一言。

「あんた・・それで不安にならない?」

「不安に・・・ならないって言えば嘘になるかなあ。」

・・・オスカーは初めて自分の頭から血が引いていく音を聞いた。

ふらふらとその場を離れたオスカーはいつもの自信たっぷりの様子は何処へやら、その後の会話も聞かず、魂が抜けたように執務室へとその場を後にしたのだった。










「口説き文句か・・・」

執務室のゆったりとした椅子に沈み込むように座たオスカーはぽつりと呟いた。

あれからここまで辿り着く道すがら、アンジェリークと恋人になってから過ごした日々を思い出し、改めてオスカーは気がついたのだ。

確かに自分は彼女に口説き文句を使わなくなったと。

他の女性を口説くのには自分でも呆れるぐらい出てきた口説き文句。

アンジェリークが女王候補時代、信じられないぐらい彼女に惹かれた時もどうしてもこっちを向かせたくてことあるごとに使っていた。

例えば『太陽の光すら色あせる絹糸のような金の髪だな』とか、『素直に広がった草原の色の中に深淵の森の色を写した瞳に俺は写してくれないのか』とか。

それがどうだ。

確かに彼女が自分を好きだと言ってくれて、晴れて恋人を呼べる仲になった後、ついぞそんな言葉は紡いでいない。

今まで言われていた事を急に言われなくなれば女性は不安になるはずなのに、そんな事にすら気がつかなかったなんて・・・







オスカーは小さく溜め息を付いた。

「試しに言ってみるか・・・」

そう呟いてオスカーは脳裏に愛しい恋人の姿を思い浮かべた。

「君のその髪は・・・」

言葉が続かない。

かつて肩ぐらいまでしかなかった髪は今は補佐官の式服を着るためにたいがい結い上げられている。

でもその髪がオスカーの前でだけ、さらりと背中にこぼれ落ちる。

自分の前でだけ見せる波打つ金の髪は美しくて・・・とても愛しい。

(だめだ。これじゃ愛してるになっちまう。)

「次は瞳だ。アンジェリークの瞳は・・・」

また詰まる。

ひたむきで一生懸命な緑の瞳は何一つ変わっていないが、今のアンジェリークの瞳にはオスカーへの気持ちが素直に現れている。

その深緑の瞳に見つめられると考えられるのは彼女への愛しさだけ。

(まただ!それなら・・・)

「アンジェリーク、君は・・・」

最後の手段、と彼女すべてを現す言葉を紡ごうとして・・オスカーは見事に失敗した。

なにより彼女の存在すべてが愛しくてたまらないのだ。

恋を知って少女から大人へと花開いた彼女は美しくなった。

一瞬の仕草が、表情が、言葉がオスカーに限りない愛しい想いを抱かせる。

「これじゃあ・・・だめだな。」

オスカーが自嘲気味に呟いたその時 ――



「何が、だめなんですか?」



「?!」

前触れもなく響いた鈴を振るような声にオスカーは弾かれたように顔を上げた。

そして目の前でくすくす笑っている人物を見てぎょっとする。

「ア、アンジェリーク!」

「ふふふ、はい。オスカー様。」

見るからに楽しそうなアンジェリークの様子に嫌な予感を覚えてオスカーはおそるおそる尋ねる。

「いつから、そこにいた?」

「『次は瞳だ』のあたりからです。」

オスカーは思わず眉間をひくつかせた。

口説き文句の練習をしていた所を見られるなんて不覚以外のなにものでもない。






思わず俯いてしまったオスカーの背中に、次の瞬間、ふわりっとアンジェリークが抱きついた。

「あのね、オリヴィエ様からオスカー様が私の執務室の前で頭抱えた後、フラフラ歩いていったって聞いたんです。」

(オリヴィエの野郎・・余計なことを・・・・!!)

人をひやかすのが好きなあのオリヴィエならそんな面白い場面を目撃したら吹聴しないわけがない。

しかし密かに拳を固めているオスカーをよそにアンジェリークはまたくすくす笑って言った。

「何を聞かれたのか気になって来てみたんですけど、まさか口説き文句の練習をしてるなんて思わなかった。」

「ア、アンジェリーク!それは・・・」

「違うんですか?」

慌てて肩越しに振り返ったオスカーの瞳を見つめてアンジェリークは聞き返してくる。

その瞳に視線を絡め取られたまま、オスカーは誤魔化そうかどうしようか考えて・・・結局、白状した。

「そうだ。・・・俺は君に不安でなんていさせたくない。君がいつも笑っていられるようにしたんだ。」

だから、そのためにできることならなんでもする。

かつてプレイボーイの名を欲しいがままにしていた男にしては少々情けない視線にアンジェリークはすっと一歩離れると背を向けてポツリといった。

「・・・私は嬉しいんだけどな・・・」

「え?」

オスカーが思わず聞き返した瞬間、アンジェリークはふわっと振り返ると少し赤くなった顔で言ったのだ。



「オスカー様が美辞麗句じゃなくって本心からの言葉しか言ってくださらない事が私は嬉しいの!」



「!!」

オスカーは思わず息を飲んだ。

―― そうだった。

彼女と恋人になる前、オスカーが紡いでいた言葉は所詮恋愛遊びの駆け引きにすぎない言葉達。

今彼女を前にして馬鹿みたいに繰り返している『愛してる』は心から溢れ出したその欠片・・・

「・・・ああ、そうか。」

急に心の中が晴れた気がしてオスカーは少し微笑んだ。

彼女のすべては自分の中で『愛しい』という感情にすべて変換されてしまうのだ。

それはアンジェリークもオスカーを想ってくれているから成り立つ変換で、それが嬉しいからついそればかり言ってしまうのだ・・・『愛している』と。

「アンジェリーク。」

オスカーは立ち上がると首を傾げているアンジェリークの側に行くとそっとその頬をなぞった。

「アンジェリーク・・・愛してる。」

「はい、オスカー様。私もです。」

笑顔で答えてくれるアンジェリークがやっぱり愛しくて・・・オスカーはそっとその唇にキスを落とした。

・・・触れるだけのキスをして離れたオスカーにアンジェリークは照れたように笑って言った。



「オスカー様。本当はね・・・オスカー様の『愛してる』と、こんなキスが私にとっては最高の口説き文句なんですよ?」



「?!」

―― 不覚にもオスカーは初めて真っ赤になったとか。












                                  〜 Fin 〜





― あとがき ―
事実上、初になるのでしょう(笑)オスカー×リモージュものです。
でもなあ〜なんかオスカーが情けなさ過ぎる?
うう〜んプレイボーイ廃業後の彼っていうのは結構東条は好きなんですが、
そうするとなぜか情けなくなっちゃうんだよなあ(^^;)
うちを覗いてくださる方には結構オスカーファンの方が多いようで、前から
「オスカーものを!」という声もあったので、書いてみたんですが、甘くはなった
と思うけど、情けなめの話になっちゃいました(^^;)
オスカーファンの方、ゴメンナサイ(汗)