―― 砕け散った紫苑色の闇の欠片を弄びながら1人のシオン=カイナスの姿を持った者は闇に浮かんだ鏡を見つめていた。

鏡の中では消して鏡像ではあり得ない光景が映し出されている。

・・・・互いの必要性にやっと気がついて、すれ違った時間を取り戻すように抱きしめあう、己と同じ姿の青年とほんの少し前まで宿主だった少女の姿。

何を話しているのか、2人の顔には笑みが浮かんでいる。

「・・・・たく、遅いよね。」

「何が?」

自分しかいないはずの空間に響いた可愛らしい問いかけに、彼は一瞬の動揺もなく答える。

「気にしないでおいてくれるとありがたいな、アリサ。」

名を呼ばれた若き大樹の精霊はふーん?と納得したようなしないような返事を返しつつ、彼の側に寄ってくる。

そして中空に浮かぶ鏡を覗いて無邪気に微笑んだ。

「よかった。メイは目覚めたのね。」

「まあね。」

気のない返事にアリサはほんの少し表情を曇らせる。

「貴方には迷惑をかけちゃったね。」

「そうでもないさ。楽しかったよ、結構。」

「・・・・でも、気に入ってたんでしょ?メイの事。」

一瞬、彼の表情が強ばって・・・すぐにそれは苦笑にすりかわった。

「まーね。けど、しょうがないでしょう。・・・・メイが泣くんだから。」

「え?」

「・・・・メイが泣くんだよ。あの男を・・・シオンを想って。
あいつの事を好きになりはじめてるのに、そう想ってしまうことがあいつを傷つけてしまうからってさ。
あいつに呼ばれるだけで空間が揺らいでしまうほど好きになった後でも。」

「メイ・・・・」

「まったく、本当に人の事ばっか気をつかうんだからな。鈍感のくせにさ。」

呆れたように言う彼にアリサも少し笑う。

「そこがメイのイイトコロなのよ。」

「だろうね。」

だから・・・・半分は真剣な賭だったんだけど。

「しょうがないか。メイがあの男を選んだんだから。」

「そうね。」

その時になって初めてアリサは彼の容姿に気付いたように首をかしげた。

「ところで、なんでシオン=カイナスの姿をしているの?」

「ああ・・・・ここはまだメイの夢の残滓だからね。」

「メイの夢の残滓で、なんで貴方はシオン=カイナスなの?」

「だから・・・・」





「メイが夢でまであの男に会いたいと願ったってことさ。」





つまらなそうに呟いて彼は持っていた紫苑色の闇の欠片を握りつぶした。

パリィィィン・・・・

闇の欠片が澄んだ音をたてる間にシオン=カイナスの姿はかき消えていた。

そこにいるのは漆黒の闇を纏った青年。

「アリサ、君には感謝するよ。久々に得難い輝きを持つ魂に出会えた。」

「いいえ。こちらこそお礼を言うわ。メイが新しい恋を見つけるステップを作ってくれたのだから・・・・ナイトメア。」

自分の名を紡いだアリサの声にわずかにからかうような響きをとらえて彼は肩を竦めた。

「君はこうなることがわかっていて、僕を呼んだのかな?ナイトメア<悪夢を統べる王>が1人の傷ついた少女に惚れ込んで、お得意の悪夢を見せるどころか、彼女の望むがままに夢を見せてしまうと・・・・」

若い大樹の精霊はその身を滑り落ちる木漏れ日のごとき微笑みを浮かべたままで答えることはない。

ナイトメアは口元だけで笑った。

「当分君には会いたくないね。ナイトメアが失恋で悪夢を見るなんて洒落にもならない。」

「でもほら、メイは幸せそうよ?」

「・・・・そうだね。」

2人の人ならぬ存在は空間に浮かぶ鏡を見上げて小さく笑いあうと、闇に紛れるように姿を消した。





―― 闇に残された鏡には何度目かのキスを交わすなりたての恋人達が映っていた・・・・










                                 〜 END 〜



おまけまでおつきあいありがとうございますv
でも甘いおまけを期待した方申し訳ありません(^^;)
どうも本編(?)の方だけだとシオンが夢の世界へ行ったのとか、夢魔(実はナイトメアくん)が
出てくるのがいやに唐突になっちゃってる気がして。
それと実はメイが眠りっぱなしになっちゃったのはアリサが裏でしかけてたのよんっとか裏話
も暴露してみたくなっちゃって。
なんだかスランプ中らしくたいしたフォローもできていませんが、どうぞご勘弁下さいませ。