君は君だから



穏やかな夏の陽射しのさす静かな郊外の湖の畔で、シルフィスは物憂げに溜め息をついた。

シルフィス=カストリーズ。

金の髪と整った顔立ちの騎士見習いであり、アンヘル族という一風変わった一族である。

アンヘル族は生まれた時は性別がない。

いわゆる中性のまま成長して、ある時期になると分化するのである。

しかしシルフィスはいまだ分化していない。

同い年の者達が次々に分化していく中、1人分化していなかったのだ。

とはいえ、これまでシルフィスはさほどあせって分化したいとは思っていなかった。

早く分化すればいいな、とは思っていたけれどそれ程鬼気迫っては考えなかったのだ。

しかし今は・・・・






「はあ・・・・」

再びシルフィスの口から溜め息がおちた。

「なぜ私は分化しないのだろう・・・・」

ひどく切なげにシルフィスは今、自分を苦しめている疑問をつぶやいた。

王都に来れば色々あるだろうからきっと分化するきっかけがあると思っていた。

―― 実際色々な事がこの5ヶ月たらずであった。

その中でも一番は異世界から来た少女、メイ=フジワラに会ったことだ。

いきなり、しかも理不尽にこの世界につれてこられたのにちっともそんな事を感じさせない明るさに最初はかなり面食らった。

まだ王都には慣れていなかったシルフィスは正直羨ましくも思ったものだ。

しかし親しくなればなるほど少しずつ彼女の隠している寂しさもわかるようになってくる。

時折見せる寂しげな瞳が心配でよく遊びにいったりした。

・・・・仲のいい友達。

そんな風に思っていた。






・・・・それが最近、変わった。

『やっほー!シルフィス!』

彼女に名前を呼ばれるたびに心臓がはねる。

メイの髪が目の前を掠めるたびに、手を伸ばして抱きしめたくなる。

笑顔を見るたび胸が苦しくなるほど、切なくなった。

―― 私はメイが好きなんだ・・・・

自覚した途端に襲ってきたのは焦り。

なんといっても彼女を想っているのは自分だけではない。

彼女の保護者役の青年とか、街で見る美しい吟遊詩人とか、あの女ったらしで有名な筆頭魔導士までが彼女を追いかけているのは知っていたから。

でも自分は彼らのようにメイを求められない。

恋をしても、自分は分化できなかったから。

男になるとはかぎらないのに、どうして彼女を好きだと言えよう。






「・・・・これ以上何が必要なんだ。早く分化するためならなんでもするのに・・・・」

祈るようにシルフィスが呟いた、その時 ――

「何事もあせったらうまくいかないよ。」

「?!」

大好きな、たった今まで考えていた少女の声にシルフィスは弾かれたように振り返った。

・・・・しかし近くにメイのの姿はない。

(幻聴・・・・?)

だとしたらそうとう重傷だ、とシルフィスが軽く頭を振った時

「こっち、こっち」

再び聞こえた声は、上。

シルフィスはあわててすぐ後ろにあった大木を見上げる。

キラキラと落ちてくる木漏れ日の中、一本の太めの枝に1人の少女がちょこんっと座っていた。

「メ、メイ?!」

「やっほー!」

驚くシルフィスににこにこ笑いながらメイは手を振った。

「い、一体いついからいたんですか?!」

「ん〜。シルフィスが来る前から。
それより上がっておいでよ。いい眺めだよ。」

何か妙な事を口走らなかったかと、シルフィスは慌てたが、木の上で手招きする少女が何も気にしていないのは明らかだ。

シルフィスは小さく溜め息をついてから剣を腰からはずすと木の枝に手をかけた。






いともあっさりメイのいる木の枝まで登ってきたシルフィスにメイは相変わらずの笑顔をむける。

「やっぱシルフィスは早いね。」

「一応騎士見習いですから。」

「そうだよね〜。ほら、シルフィス。後ろ見て。」

言われて素直にシルフィスは後ろをふり向いて・・・・息を飲んだ。

眼下にクラインの王都が広がっていた。

白亜の王宮をいただいた街は美しく、それが手の中にすべて収まってしまうような光景。

「すごいですね・・・・」

「でしょ?ここからの景色、大好きなんだ。ここにいてこの景色を見てると、どんなに辛いことや悲しい事でも小さく感じるでしょ?」

「メイ・・・・」

自分が落ち込んでいるように見えたから呼んでくれたのがわかって、シルフィスはひどく嬉しくなる。

そんなシルフィスの内心をわかっているのか、いないのか、メイはシルフィスを覗き込んで言った。

「シルフィスさあ、好きな人でもいるの?」

「えっ?!」

ものすごく、シルフィスは動揺した。

それをしっかり読みとってメイはクスクス笑う。

「あー、やっぱり。そうだと思った。それで分化したいなんて呟いてたんだ。
・・・・でもさ、あせらなくてもいいと思うよ。」

「・・・・・」

「シルフィスはシルフィスなんだから。自分の事しっかり見つめて、大事な想いをしっかり持ってさえいれば女神様もきっとシルフィスの願いを聞いてくれるよ。
だから焦んなくてもいいと思う・・・・ごめん、えらそうなこと言って。」

一生懸命に言ってくれるメイの言葉は焦りに支配されていたシルフィスの心に染み込んだ。

メイは忘却武人なように見えて、実は人の事をすごく気にかけてくれる。

それが自分だけでないのが、少し悔しいけれど。

(でも、今は私を心配してくれたんですよね)

メイのたった一言で現金にもすっかり浮上したシルフィスにメイはぽつっと言った。






「・・・・まあ、男でも女でも私はシルフィスが好きだし・・・・」






「え?」

耳を掠めた言葉に驚いてシルフィスが横を見たとき、にはメイはもう木から飛び降りていた。

「メ・・・」

「じゃあね!シルフィス。」

とびっきりの笑顔をそえて、メイは風のように走っていった。

後に残されたのは、高鳴ったままの鼓動を抱えたシルフィスのみ。

(本当にメイは風みたいだ・・・・)

風のように人の心を揺らしていく少女。

風に追いつくのは容易ではないかもしれないけど、もしかしたら・・・・もしかしたら追いつけるかもしれない。






「だとしたらとまってなどいられないな。」

楽しそうにシルフィスは呟いた。

男でも女でもを彼女を愛する気持ちは変わらない。

そしてメイはシルフィスが男でも女でも好きだと言ってくれた。

それがそのままの意味でないとしても構わない。

シルフィスはクラインの王都に目を向けた。

走り去った少女は今頃、あそこに辿り着いただろうか。

彼女を想ってシルフィスはひどく優しく囁いた。

「・・・・メイ。シルフィス=カストリーズは貴女を、愛しています。」

緑の匂いの風がシルフィスの言葉を運んでいった。







―― それから2ヶ月後、シルフィスはめでたく男に分化した。

そのきっかけは実はメイとの最初の口付けだった、とは一部関係者の間でまことしやかに囁かれている噂である♪













                                       〜 END 〜





― あとがき ―
実はこれが最初に書いたシルメイ創作でした(^^;)
いったいいつ書いたんだって感じなんですが、ずっとノートに書き留めてたのを打ち込むのを
忘れてて、気がついたらこんな時期に・・・
ま、夏の時期のお話って事で(強引・汗)
でも「男でも、女でも」ってかなり危ない発言ですよね(^^;)
とはいえ、中性のシルフィスを好きになったら大変そう・・・という事でできたネタなので、あま
り深く考えないで下さいまし。


サイトがウィルスでクラッシュした時にUPし忘れていました(^^;)
今更UPしてみたり。シルごめん(汗)