結婚前夜
カランッ・・・ レオニス一人しかいない部屋に彼の手にあったグラスの中の氷がたてた澄んだ音が響いた。 時刻はもう日付を越えるギリギリ程だろうか。 一人の部屋で、飲み相手もいないのにレオニスは笑みを掃いた口に再びグラスをつけた。 部屋はひどく静かで半分開け放した窓から吹き込んでくる涼風が心地いい。 その風に誘われるように外に目を移したレオニスは中天に浮かぶ月を見て少し笑った。 「明日か・・・」 ―― 明日 そう、明日はレオニスが心待ちにしていた日なのだ。 明日・・・その日をもってレオニス・クレベールは妻を迎える。 異世界からやってきた台風娘 ―― メイという妻を。 ・・・思えばここまでの道のりは長かった。 二年前の今頃、メイとレオニスは出逢った・・・というか、ぶつかった。 自分の胸より下に頭のある少女を見落としていたレオニスが思いっきりメイにぶつかってしまったのである。 もっとも、メイの方もてっきりよけてくれると思って直進してきたらしいが。 きゃんきゃんとやけに元気のいい少女、それがメイの第一印象だった。 魔導士見習いだといったその少女はガゼルやシルフィスとも知り合いだったらしくそれからちょくちょく騎士団へ遊びに来るようになった。 男所帯の騎士団に思いっきりそぐわない明るい可愛らしい声とともに訪れるメイ。 メイが現れると殺伐とした騎士団がぱっと輝く。 ・・・そんな彼女に心惹かれるようになったのはいつからだっただろう。 メイの素性を知った時か、自分の怪我を半べそになりながらなおしてくれた時か。 もう二度と恋などしないであろうと思っていたレオニスに訪れた二度目の恋。 それは想う相手の違いなのか、一度目の恋をあっという間に思い出に変えてしまうほど強烈で・・・ 離したくない・・誰にも渡せない。 そう、思った。 それからのレオニスは頑張った。 乏しい会話能力をフルに使ってメイと会話してみたり、敵陣に単身で乗り込む時なみの決死の覚悟でデートを申し込んだり。 決して上手な恋愛とは言い難いものではあったが、メイはそのすべてに笑顔で頷いてくれていた。 そして1年前の降誕祭のあの日、一度目の恋に決着をつけるために、心の奥底に抱き想っていた女性を天へ見送るために訪れた彼女の墓所でレオニスはやっとメイに想いを伝えることができたのだ。 その時のメイの言葉をレオニスは決してわすれない。 彼女ははにかんだような笑顔で言ったのだ。 『しょうがないなあ・・あたしが側にいてあげる。』 ・・・そうしてレオニスとメイは恋人になった。 しかし、その後がまた大変だったのである。 耳ざとい筆頭魔導士と王女様にレオニスとメイの仲が知れるなりあっという間に王都中に広まってしまった。 それからの恋敵達の手痛い祝福の嵐にレオニスは危うく胃に穴を開けて寝込んでしまうところだった。 なんせメイは人気者なのである。 その彼女を独り占めする幸せな男に容赦などありはしないのだ。 もう一つレオニスにとって痛恨の一撃だったのはメイの保護者がわりの青年の一言。 『お前が上級魔導士資格試験に合格しない限り、結婚は認められない!』 ・・・まるで娘を嫁に出す事を渋る父親である。 まあ、青年としては父親とはまったく別の感情があるが故にこんな事を言ったのであろうが。 しかしこれに馬鹿正直にメイが従ってしまった。 そして結婚はメイが上級、しかも緋色の試験に受かってからと相成ってしまったのだ。 もっともありがたいことにメイは魔導の才には長けていたらしく、一年足らずで緋色の肩掛けを拝領する事となったのだが。 そういうわけで婚約期間1年をへて、やっと明日レオニスはメイと結婚する事になったのである。 「長かった、な。」 思わず本音をぽつっともらしてレオニスは苦笑した。 実際長かった。 しかしそれが明日むくわれるかと思うと妙に嬉しくて・・どうにも眠れなくて。 そんなわけでレオニスは一人で秘蔵の酒なんかを傾けていたのだ。 (・・・きっと美しいだろうな。) 一週間程前にメイがディアーナときゃあきゃあ言いながらウエディングドレスを選んでいたのをレオニスはたまたま見つけてしまった。 内緒にしているのなら見ない方がいいだろうと判断してその場を立ち去ったからウエディングドレス姿のメイは見ていない。 でも、きっと明日見られるその姿は光り輝くほどに美しいだろう。 その姿を思い浮かべレオニスがまた少し頬を緩ませた。 しかし次の瞬間、ふっとレオニスの表情がぴりっと締まった。 音も立てずにグラスを置くと開け放してある窓に近寄り・・ぱっと閉じてある方の窓を開いく! そしてそこにいた者を見てレオニスは思わず絶句した。 「・・・・・・・メイ?!」 月明かりの中に、箒に横座りで腰掛けた小さな魔女は名を呼ばれてにっこりと笑った。 「こんばんわ。レオニス。」 慌てるでもなく、驚くでもなくそうかえされてレオニスのほうが戸惑う。 「こんばんわ、じゃない。お前、一体いつからいた?」 「うーん、今さっき。」 その答えにレオニスはちょっとほっとする。 部屋の中で一人で酒を飲んでいるところをずっと見られていたというのはどうもばつが悪い。 それを確認してレオニスは一番基本的な疑問を口にした。 「なんでこんな時間に、ここにいるんだ?」 途端にメイはちょっと困ったように目線をレオニスからはずす。 「えっと・・その明日に備えて寝なくちゃっていうのはわかってるんだけど、なんか・・・その、眠れなくて・・・」 そう言ってメイは照れくさそうに笑う。 「明日、レオニスのお嫁さんになるんだなーって思ったら嬉しくって、眠れなくなっちゃったの。そしたらなんだかレオニスの顔が見たくなっちゃってさ。」 だから来ちゃった、と言葉を続けようとしたメイの頬にレオニスはそっと触れた。 「?」 突然のレオニスの行動にキョトンっとしたメイの顔を見てレオニスは我に帰ったようにメイから手を離す。 そしてその手を口元に持っていって危うくゆるみそうになっていたそれを隠した。 ・・・月夜に浮かぶ幻想的なメイが本物であるか、確かめたかった。 自分の願望が見せる幻ではなく、メイ自身が紡いでくれている言葉なのだと確かめたかった。 しかし彼女が本物だと実感した途端にやってきたのはとてつもない幸福感で。 考えてもみなかった幸せを手に入れた事がひどく嬉しくてどうしても口元が緩みそうになってしまう。 「レオニス?」 怪訝そうに覗き込んでくるメイの頬を再びとらえてレオニスはその唇に掠めるだけのキスを贈る。 口べたな自分の想いが伝わるように。 メイは一瞬驚いた顔をして、それからすぐに花が咲くように笑った。 そしてきゅっとレオニスの首に抱きつくと嬉しそうに言った。 「ずっと・・ずっとね、楽しみにしてたの。明日の事。レオニスのお嫁さんになれるのを。 だから・・・」 そこですっと離れるとメイはレオニスの瞳を真っ直ぐに見て言った。 「だから明日からはずっと側にいてね。」 「ああ、必ずお前の側にいよう。・・・愛している。」 「あたしも・・・」 柔らかい視線を絡ませた二人はどちらからともなく、そっと近づいて・・・・・ ―― 月明かりだけが二人だけの誓いのキスを見守っていた。 〜 END 〜 |
― あとがき ―
なんか「の●太の〜」で同じタイトルのお話があった気がしますが・・・(^^;)
まあ、なにはともあれ(?)隊長とメイの結婚前夜のお話でした。
このお話を書く原動力となったのが銀むつが書いてくれたレオメイのウェディングイラストです。
・・・というか、それについてきたメール・・・?
いや〜、銀むつがイラスト書いていたときに思い立った妄想を書き連ねたメールが一緒に送られて
きたんですが、これが妄想大爆発で(笑)
わはわは笑いながら読んでいるうちに私も「あ〜、レオメイで結婚式話とか書きたい〜」っと妄想が
爆発してしまいました(^^;)
でも結婚前夜のわりには甘くないですね〜。
甘いのを期待していらした方、すいません(汗)
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