仁義なき戦いパートT



バタバタバタ・・・バンッ!!

「セイル!!」

思いっ切り苛立たしげな足音の後、豪奢な扉をぶちやぶらんばかりの勢いで開けて執務室に飛び込んできた人物を見て、クラインの皇太子殿下はその麗しい眉をひそめた。

「シオン、もう少し穏やかに来訪できないのかい?」

「これが穏やかでいられるかってんだ!」

たしなめられた彼の片腕たる筆頭魔導士、シオンは不機嫌全開でセイリオスを睨み付けた。

「てめえの仕業だよな?」

地を這うようなシオンの声にセイリオスはお得意のロイヤルスマイルで言った。

「なんの事だい?」

もちろん、心あたりは大有りなのだがあえてとぼけるセイリオスの机にシオンは思いっ切り一枚の書類を叩き付けた。

「なんで俺が明日から北の砦の偵察隊の指揮をとんなきゃなんねーんだよ!!」

思っていた通りのシオンの言葉にセイリオスはしてやったりと、心の中でほくそ笑んだ。






・・・実はシオンがこれ程までに任務に激怒したにはわけがあったりする。

シオンは根本的に公式にはセイリオスの命に背くようなことはけしてしない。

しかし今回ばかりはそうはいかないのだ。

なんせシオンはやっとの思いでデートの約束を取り付けたのだから。

今年の春、突然異世界から召還されてしまった少女、今ではすっかりシオンの心に住み着いてしまっている、メイと。

クライン1の伊達男、シオンをすっかり本気にさせた少女は恐ろしいぐらいに恋愛事に鈍い少女だった。

いくら『愛してる』といっても抱きしめてみても耳元で切なげに囁いても、『どうせ嘘でしょ』とか『うきゃあ!離せ!』とか言われたり、あげくのはてにはファイヤーボールを食らわされたりする。

そんな彼女とシオンはやっとの思いで1日自分と過ごす約束を取り付けたのだ。

・・・もっともそれが『1日買い物に付き合って荷物持ちやってv』などというアッシー(死語)にちかい内容だったとしても。

とにかく1日は少女を独占できる、とシオンは柄にもなく喜んでしまった。

・・・故に忘れていたのだ。

最大のライバルがいるこの王宮で、そんな会話をしてしまったことに。

異世界からやってきた台風娘が心をさらったのは何もシオンばかりではなかった。

この国の皇太子であり、シオンの親友たるセイリオスもまたメイに心奪われた一人だったのである。

立場や身分を気にすることなく気軽に話しかけてくれるメイ。

落ち込んでいれば一生懸命励ましてくれるメイにセイリオスがすっかり惚れ込んでしまうまであまり時間は必要なかった。

そんなわけでメイを挟んで往年の友人同士は最も強力でやっかいなライバル同士に変わったわけである。






「セイル、てめえ覗いてやがったな?」

「何のこ事だい?」

睨み付けてくるシオンにこちらは涼しい顔でセイリオスが受け流す。

・・・実はシオンの読みはあたっていたりする。

先日のシオンの執務室でなされた彼とメイのデート(?)の約束をセイリオスはちゃっかり忍ばせて置いた密偵を通じて知っていたのである。

知ってしまったセイリオスがもちろんそんな美味しいチャンスを黙ってシオンにくれてやるわけがない。

翌日にはしっかり彼が約束の日にどうしても王都を離れなくてはならない用事を作り上げてしまったわけである。

しかし証拠はない。

シオンとて書類を見て誰の仕業かコンマ3秒でわかったものの、惚けられてしまえば何も言えないのである。

しかしこのままやられるなんて悔しすぎる。

「・・・俺が嬢ちゃんとデートするぐらいで余裕のねえことだな。」

180度調子の変わったシオンの声にぴくっとセイリオスが反応した。

「まあ、セイルは追いつめられてるからなあ。俺なんて落ちる所まで落ちてっから浮上するだけだけどよ。お前は理想の王子様だしなー。みっともねー姿なんかさらせねえし。
当然、荷物持ちでも良いから一緒に休日を過ごしてくれなんて言えないよな。」

ぴきぴきぴき

痛いところつかれまくりのセイリオスの頭に怒りマークが無数に張り付く。

そこへとどめの一言。

「王子様がやきもちか。あいつに話したらさぞ面白がるだろうねえ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・シオン。」

「あ?」

「・・・ばらしてやる。」

ロイヤルスマイルのまま頭に怒りマーク張り付かせて地を這うような声という器用な事をやってのけるセイリオスにシオンはちょっとぎょっとする。

「な、何をばらすってんだよ?」

「・・・今までのお前の所行、すべて。」

「なっ?!」

絶句したシオンに構わずセイリオスはテープの早回しのように喋りだした。

「1日に8人の女に手を出したことがあるとか、とある令嬢を気を持たせておきながらあっさり振って自殺未遂寸前まで追いつめたとか、一度に5人の女とデートの約束をしてその5人が血を見んばかりの乱闘になったとか、婚約者のいる女性に手を出してあっさり彼女がお前に夢中になったんで婚約者がショックのあまりに放浪の旅に出たとか、あの当時研究院にいた女魔導士はすべてお前のお手つきだとまとこしやかに言われていたとか、あんまり見境がないんでお前の父親がしばらく山奥ででも修行させようかと考えていたとか・・・」

「セイル!!!」

まだまだまだまだ続きそうな過去の悪行悪評の数々にシオンは思わず蒼白になって叫んだ。

「お前、そればらしたらどうなるか・・・」

「ふうん、どうなるんだい?君は私に王になって欲しいんだろう?」

「て、てめえ・・・(怒)」

ぴきぴきぴき

セイリオスに負けず劣らず頭に怒りマークを張り付けたシオンは目一杯殺気を込めて彼を睨み付けた。

怒りマークを張り付けたロイヤルスマイル VS 裏世界のスペシャリストのガンとばし。

・・・・・・・・・・・・・・・・一流の刺客でも裸足で逃げ出す。








と、そこへ

「殿下〜?失礼します〜。」

場の雰囲気と思いっっっっっっっっっっっっきりそぐわないのほほ〜んとした声が皇太子執務室に響いた。

「アイシュ・・・」

「はい〜?あ、シオン様。こちらにいらしたんですね〜」

この黒々と渦巻く雰囲気に赤い花でも散らしたような笑みで答えられて、睨み合っていた二人はいささか拍子抜けしたように溜め息をついた。

「お前ねえ、もう少し空気を読まねーと戦場にうっかり踏み込んで死ぬぞ?」

「やだな〜。いくらなんでもそこまでドジじゃありませんよ〜。」

いまだに散りきらない黒い空気にまったく気付くことなくお茶の準備なんかはじめているあたり、十分その可能性は否定できないと思いながらセイリオスは言った。

「仕事は終わったのかい?アイシュ。」

「はい〜。」

にこっと笑ってアイシュはセイリオスとシオンに手際よく煎れたお茶を手渡した。

毒気を抜かれた二人は大人しく腰をおちつけると美味しいお茶を啜る。

ふと、にこにこお茶菓子を並べていたアイシュが思いだしたように言った。

「そういえば、午前中クレベール大尉がいらっしゃいましたよ〜。」

「レオニスが?」

「また騎士団の若いのがシルフィスに絡んだとか、そんなんじゃねーだろうーな?」

「いいえ〜。それが休暇の申請だったんですよ〜。」

いかにも驚いた、と言う感じのアイシュの言葉にセイリオスはくすっと笑った。

「そりゃあレオニスでも休暇ぐらいとるだろう?まあ、珍しいが。」

「そうですよね〜。でも羨ましいですよね〜・・・」

アイシュ爆弾投下




「メイと遠駆けに行くなんて〜。」




『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?』

見事にセイリオスとはもった。

「だから〜、メイと遠駆けに・・・」

『誰が行かせるか!!』

ガチャンッ!バンッ!!バタバタバタッ!!!!

ここが王宮でなかったら砂埃でもたてそうな勢いで走り去っていったセイリオスとシオンは気がついていなかった。

もし自分たちがあんな喧嘩をしていなかったらアイシュの所でレオニスの休暇申請が受理されることはなかったという事を。

一度受理印に押された書類は皇太子といえ無効にすることはできないということを。







・・・そんなわけで思わぬ伏兵にトンビに油揚げさらわれた二人は涙を飲んでレオニスとメイを見送るはめになったのである。










                                        〜 END♪ 〜
                        (Special Thank's 8000hit!! 東条 瞠)