トンットンッ

この執務室のドアを叩くと、いつもドキドキする。

なんでかって?

そりゃあ、恋してるから。

え?女王候補が守護聖様に恋するなんてトンデモナイって?

違うの。私が恋しているのは・・・・・










部屋と本と貴方










「はい〜開いてますよ〜。」

「失礼しまーす♪」

執務室の中から聞こえてきたのおんびりした声にアンジェリーク・リモージュは嬉々としてドアを開けた。

ふわっと古い書物独特の匂いが鼻を掠める。

(そう!これこれなの!!)

部屋に一歩踏み込んだアンジェリークはほわっと溜め息をついてしまった。

重厚な執務机の周りには華美すぎず、しかしどっしりとした風格の本棚が整然と並べられている。

本を傷めないように気をつかって取り入れられている光が柔らかく本棚に並べられた本には最高のスポットライト。

これだけでもドキドキするのに・・・・

「アンジェリークですよね〜?ちょっと今手が離せないのでこちらへ来てくれますか〜?」

この部屋の主の声にアンジェリークはぴくっと耳(注:架空)をたてると元気よく「はい!」と答えて執務室の本棚の向こうにある扉を開けた。

・・・・そこは彼女にとって天国だった。

贅沢にとってある高い天井までぎっしり本を抱えた本棚が壁一面にひろがり、部屋の片隅にはいかにも読書に最高そうなスペースが切ってある。

大きな地震でもこようものなら一発で本に生き埋めという嬉しいのか、悲しいのかわからない壮絶な最後をとげてしまいそうな部屋だが、これがまさに。

(はあ・・・素敵〜〜〜〜)

アンジェリークはうっとりと溜め息をついた。

・・・・そう、アンジェリークが恋している相手。

それはこの地の守護聖、ルヴァの執務室であった。








そもそもアンジェリークは聖地に呼ばれる前から読書が大っっっっっ好きだった。

スモルニィ女学院でも読書室の主というありがたいあだ名を頂いているぐらいだったし、読むのだけでなく本を綺麗に保存するのも並べるのもとにかく好きだった。

でもしょせんは学校や庶民の家庭では実用一辺倒な木の本棚が精一杯。

しかも生活用品やら、学習用机のスペースを考えれば自然と本棚のしめられる場所も限られてくる。

『夢は自宅に書庫を持つこと!!』

それがアンジェリークの公言している夢だった・・・・渋いと言えば渋い;;

そんなある日、アンジェリークは聖地へ女王候補として呼ばれた。

そこでアンジェリークは理想に出会ってしまったのである。

女王補佐官ディアに聖地を案内してもらっている時に立ち寄ったルヴァの執務室にまさしくアンジェリークは一目惚れをした。

それからアンジェリークはまめまめしく地の守護聖の執務室に通うようになった。

憧れの書庫に会いにきて、大好きな物語の本を借りて帰る。

これがアンジェリークの幸せな一時だったりする。

もっともあまりにアンジェリークがルヴァの執務室に通うので、彼女を憎からず思っている守護聖達には気が気でない。

が、アンジェリークの心を奪っているのは部屋の主ではなく部屋そのものと本達だと気付いている者は少ない。

「アンジェリーク?」

ボーっと憧れの書庫の雰囲気に浸っていたアンジェリークは自分を呼ぶ声にはっとした。

見上げてみれば入り口のすぐ脇の本棚にかかった梯子にルヴァが張り付いていた。

そんなところにいては入り口から入ってきたアンジェリークの視界には入らない。

だから気付かなかったのだ。

「あ、ルヴァ様。どうされたんですか?」

「いえ、今本の整理をしていたんですけどね〜。ちょっとお手伝いしてもらえませんか〜?」

「はい!もちろんですv」

語尾にハートがついているぞ、アンジェ;;

「ではそこにある本を私に渡してくださいますか〜。」

「はい。これですね。」

「そちらの本もお願いします〜」

アンジェリークはルヴァの指示通りてきぱきと本を渡していった。








「はあ、終わりましたね〜。」

「ご苦労様でした。」

本を全部いれ終わって梯子から降りてきたルヴァを見てアンジェリークはくすっと笑った。

「ルヴァ様、ほこりがついてます。」

アンジェリークに言われてあわあわとルヴァは服をはたいた。

「ああ、すみません〜。本を借りに来たのでしょう?時間を潰させてしまいましたね。」

首を横に振りながらアンジェリークはルヴァの服の裾の方もはたいてやる。

「いいえ。私本を片づけるのも好きですから。全然苦になりません。」

「そうですか〜。・・・・貴女が本が好きでよかったですよ。」

えへへ、と照れ笑いをするアンジェリークをルヴァは優しく見つめる。

「さて、手伝って頂いたお礼にお茶でも煎れましょうか。」

「あ、私がやります。」

執務室へのドアに向かいかけたアンジェリークをルヴァは押しとどめる。

「いいんですよ〜。アンジェリークはこの本でも読んで待っていてください。」

そう言ってルヴァが渡したのは濃い緑の表紙に金の縁飾りが鮮やかな厚めの本。

「これ?」

「上で整理している時に見つけたんですよ〜。こういうお話はお好きだと思いますよ。」

そう言われると、急にワクワクしてくる。

「それじゃあ、お言葉に甘えてしまっていいですか?」

「はい。では待っていてくださいね〜。」

言い残して書庫を出ていくルヴァを見送ってからアンジェリークは部屋の端の読書スペースに座った。

パラパラとページをめくるとドキドキしてくる。

ルヴァが選んでくれる本は極上のお話ばかりだ。

さわりを読んでみると今回も期待を裏切らない面白そうなお話に思える。

「へ〜、賢者と街娘の恋物語みたい。」

アンジェリークだって女の子、恋物語には目がない。

もっとも前は騎士とお姫様の恋物語が一番好きだったのだけれど、聖地へ来てから賢者も素敵だと思うようになった。

前は地味だし、賢者なんて物語の脇役としか思わなかったのに。

「騎士様も素敵だし、賢者も素敵v」

これから始まる物語に期待に胸を膨らませつつ、パラっとページをめくった時、ふと一枚の挿し絵が目にとまった。

それは物語の主人公らしい街娘と賢者が出会うシーンのようだが、その賢者が・・・・

「この賢者、ルヴァ様に似てる・・・・」

頭にターバンを巻いて、街娘に優しい笑みを向けている賢者はルヴァそっくりで。

なぜかアンジェリークの心臓がどきっと跳ねた。

考えてみれば守護聖一の知識を持っていて、穏やかなルヴァは賢者のイメージそのもの。

ある意味、物語の中の憧れの人物がひょっこり現実にいるようなものだ。

(ルヴァ様ってちょっととぼけてたり、のんびりされているけど、知識はあるし優しいし・・・・結構素敵、かも・・・・)

ふとそんな風に考えれば無意識に鼓動が速度を増す。

(ちょ、ちょっと待ってよ〜。別にルヴァ様は物語の登場人物じゃないし、現実の人だし・・・・素敵な人だけど・・・・でも、でも)

アンジェリークがにわかに焦りだした時、まさしくナイスタイミングで声が飛んできた。

「お待たせしてしまいましたか〜?」

「あ、い、い、い、いえ!全然!!」

いきなりお盆を持って現れたルヴァにびくっっとしてアンジェリークはぶんぶん首をふる。

「そうですか〜、それならよかった。」

アンジェリークの心中に気付いているのかいないのか、ルヴァはローテーブルにお盆を置いて自分もアンジェリークの向かいに座った。

途端にふわっと緑茶のいい香りが漂う。

「これを飲みながらどうぞその本を読んでいてください。」

「え?でもそれじゃあ失礼じゃ・・・・」

いくらなんでも相手がいるのに本を読んでいるのは失礼だろうと本を置こうとしたアンジェリークをルヴァが止める。

「いいんですよ。私も読んでいますから。ゆっくりしていってください。」

にっこり笑うルヴァの笑顔は優しくて、アンジェリークはドキドキが再発するのを感じて慌てて本に目を落とした。

その様子を見てくすっと笑うとルヴァも本に目を落とす。

その横顔をアンジェリークは本の影からこっそり盗み見る。

ターバンの影からさらりとかかった髪の下で真剣な目が文字を追っている。

真剣なその表情はいつもアンジェリークが知っているルヴァとは全然違う表情で・・・・

アンジェリークは火照った頬をさますように溜め息を1つつくと本に目を戻した。

(明日は・・・・ルヴァ様とお話しに、来てみようかな・・・・)

そんなことを考えてアンジェリークは物語の世界に没頭していった。








―― 部屋と本だけじゃなく、貴方にも恋するのも悪くないかもしれない・・・・なんてね♪














                                                 〜 END〜






― あとがき ―
なんかめちゃめちゃ久しぶりに書いたアンジェ創作。いかがだったでしょうか?
なんかネオロマンスフェスタ2で関さんのブラックルヴァを聞いて以来、ルヴァ様が気になっちゃって。
そんなわけで、ちょっと強引なストーリーとわかりつつ書いてしまいました(^^;)
でも私はあのルヴァ様の私邸はめちゃめちゃ羨ましかった〜〜〜〜〜!!

ところで、なにも勘のいい方でなくても、スクロールがまだある事に気付いてますよね?
はい、実はほんと〜にちょっとだけおまけがあります。
ルヴァ様は何を思って、あの本をアンジェに勧めたのでしょう。
・・・・もしかしたら、すこ〜しブラックかな〜。











「貴女が本が好きでよかったですよ〜。・・・・本当に。」

執務室に作りつけてある小さな台所で、お湯が沸くのを待ちながらルヴァはぽつっと呟いた。

彼女がもし本になんの興味も無かったら、きっとルヴァに勝ち目はない。

・・・・半年ほど前、女王謁見の間でアンジェリークを見た時、天使かと思った。

金の髪の、笑顔の天使。

でも彼女は天使よりもずっと魅力的な1人の少女で。

何をおいても手に入れたかった。

ありがたいことに、アンジェリークの方は自分の執務室が気に入ったらしくちょくちょく現れてくれたので、チャンスはあった。

そこでルヴァは考えたのだ。

アンジェリークを自然に、恋に落とす方法を。

それが・・・・

シュンッシュンッ

お湯が沸いた軽快な音にルヴァは顔を上げた。

そして丁寧にお茶をいれると、お盆を持って書庫へ向かう。

その入り口で、ルヴァは立ち止まって中を伺った。

書庫の中の読書スペースでは、本を広げたアンジェリークがなにやら赤くなっている。

(ああ、見つけてくれたみたいですね〜。あの挿し絵を。)

予想通りのアンジェリークの反応にルヴァは、すこし微笑んだ。

ルヴァが考えた、アンジェリークを恋に落とす方法。

・・・・それは、本好きなアンジェリークが本を読んで想像する理想のタイプを、勧める本で操作する事。

年頃の娘らしく、騎士に憧れを抱いていた彼女の意識を自分と被る賢者へと向けさせて、最終的にはルヴァ自身へと向けさせる。

どうやらその計画の第2段階、自分と似た賢者の挿し絵で本の賢者と自分をシンクロさせる、は成功らしい。

(もう、一押しですかね。)

ルヴァはくすっと笑うと、第2段階成功強化のためにお盆を持ってアンジェリークの元へと向かったのだった・・・・