晴れ時々『天使』




―― 本日のクラインの天気は晴れ。

ところにより・・・








その日、クラインの宮廷筆頭魔導士シオン=カイナスは気持ちのいい陽射しの差し込む王宮の中庭を上機嫌で横切っていた。

普通の貴族であれば書類の処理に追われているであろうこの時間にこんな所をうろうろしている者はシオン以外に見あたらない。

むしろシオンがいる方が問題なのだが、それはいつもの事。

デスクワークを放り出して呑気に庭いじりをするべくこの時間ここを通るのはほぼ日課になっていた。

「まったく今日はいい天気だねえ。」

のほほんっと呟くシオンの言葉には今頃シオンの執務室がからになっているのを発見して滝涙流しているであろう文官殿への罪の意識の欠片も感じられない。

「さて、と・・・今日は外の花壇の嬢ちゃん達を見てやるかな。」

シオンはそろそろ一斉に花開くであろう手塩にかけて育てた花達を思ってさらに上機嫌になる。








と、ちょうどその時 ――

「?」

ふと何か聞こえたような気がしてシオンは顔を上げた。

そして快晴の空をじっと見る。

と、ポツッと小さな影が紺碧の空に現れた。

「?」

シオンはさらに目を凝らす。

その影は吸い込まれるような早さで近づいてきて・・・

そして影が人だと分かった時





―― シオンは天使を見た



純白の翼を持った、大地の色を纏う天使を・・・








しかし次の瞬間



「・・・
きゃあああああああああああーーーーーーー!!!!」



「うわああ?!」



ドサッドサッドサッ!!



耳をつんざく悲鳴と続いて襲ってきた『天使』は受け止めたシオンもろとも地面に転がった。

「〜〜〜ってえ・・・」

とっさに風を制御する魔法を唱えたとはいえくらったダメージは大きかった。

シオンは打った頭を軽くさすりながら半身を起こす。

そして自分の上に降ってきた『天使』を見て、シオンは息を飲んだ。

『天使』、そう思ったのは大地の色の瞳と髪を持つ異世界からの闖入者 ―― メイ=フジワラだったのだ。

しかもメイはシオンの膝のでぐったりと目を閉じている。

「嬢ちゃん・・・嬢ちゃん?」

覗きこんで呼んでみてもピクリとも動かないメイ。

その姿にシオンの不安がかき立てられる。

「嬢ちゃ・・・・メイ!!」

血が逆流しそうになる程の不安をかき消したくてシオンは今まで一度も呼んだことのなかったメイの名を呼ぶ。

と、メイが小さく身じろぎした。

「・・・う・・ん・・・」

その小さな唇から僅かに声が洩れて、すぐにメイが薄く目を開いた。

「・・・シオン・・・?」

何が何だかわからない、という感じの視線ではあったがシオンは大きく息を吐いた。

「大丈夫か?どこも痛くねえか?」

シオンがそう言ってメイを抱え上げようとした瞬間、いきなりメイはばっと目を見開くと弾かれるようにシオンから離れた。

「シ、シ、シ、シオン?!な、なんであんたがいるの?!」

メイのあまりの反応の過敏さにシオンの方が苦笑してしまう。

「別になにもしちゃいねえって。そんな風にされると俺、傷つくなー。」

「何もって、そうじゃなくて!あたしは確か空飛んでたはずで・・・」

どうやら記憶がちょっと混乱しているらしいメイがわたわたするのをシオンは面白そうに見つめながら言った。

「だから、嬢ちゃんが空から降ってきたんだろーが。俺の上に。」

「降って?・・・ああ、そっか。あたしバランス崩して落ちちゃったんだっけ。」

やっとそこまで理解したメイを見てシオンはふとさっきの事を思いだした。

「嬢ちゃん。」

「あああ、ごめん!ごめん!悪かったと思ってるわよ!」

何を勘違いしているのか、謝るが勝ちとばかりに誤り倒してくるメイをシオンはいきなり抱き寄せた。

「シ、シ、シオン?!」

あまりにいきなりの事にメイは再び目を剥く。

と、シオンはポンポンっとメイの背中を軽く叩いた。

「な、何すんの??」

「いや〜・・お前さん、背中に何か付けて飛んでなかったよな?」

「・・・・は?」

思いっきり怪訝そうなメイの声にシオンはそっとその体を離してメイを見つめる。

確かに背中には何もついていないし、何かの魔法を使っていた形跡もない。

(てえ事は、だ・・・)

なんの小細工もなく、ただシオンの目に見えただけ。

メイが、純白の翼を持つ『天使』に。

その事が持つ、その意味は・・・








(・・・まさか、そういう事かよ・・・)

メイの事は可愛いとは思っていた。

しょっちゅう王宮を駆け回っている姿を見ていたから。

お転婆王女と一緒になって遊んでいたり、保護者の青年に追い回されていたり、元気のいいその声と存在は何処にいても目についた。

彼女と交わす軽口もなかなかテンポがよくってシオンは気に入ってはいた。

・・・でも、惹かれているとは思っていなかった。



今の、今まで。



シオンは片手で前髪を掻き上げるとそのまま低く笑い出した。

(信じらんねえ。俺が、このシオン=カイナスが、こんな単純な感情に気付かなかったなんて)

とんだお笑いぐさだ。

目の前に少女にこれ程までに惹かれている事に気がついていなかったなんて。

「シオン?一体なんなのよ??」

きょとんっとしたまま覗き込んでくるメイの視線がくすぐったいようで、心地いい。

シオンは未だに笑いを納められないまま、顔を上げると自分の心をさらった大地の色の『天使』を見つめた。

くりっとした目に当惑の色、ちょこんっと小首を傾げている姿がひどく可愛く見えてシオンは騒ぎ出す鼓動を押さえて言った。

「お前、今日の失態がキールに知られたらえらいことになるよなあ?」

「う゛っ」

「課題は二割り増し。当分は外出禁止。でもってもちろん箒で飛ぶなんて事は・・・」

「わ〜〜〜〜〜〜!ごめん!ごめん!黙っててください!!」

狙い通り手を合わせて拝んでくるメイを見てシオンの目が悪戯っぽく光る。

「じゃあ、口止め料をくれたら、黙っててやるぜ?」

「口止め料って・・・んっ!?」

シオンはメイが答える前に勝手に口止め料をもらうことにした。

・・・すなわちその唇で。

「シオン〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」

触れるだけで唇を離したシオンは繰り出されてきたメイの腕をあっさり受け止めてにっと笑った。

「口止め料はもらっとくぜ。・・・ただ、浮遊魔法はしばらく封じさせてもらうからな。」

「は?!な、どういうこと?!」

慌てるメイの今度は頬に軽くキスをしてシオンはにっこり笑って言った。

「そりゃあ、嬢ちゃんは女神が使わしてくれた、お・れ・の・天使みたいだからな。
そう簡単に他の奴の上に落っこちないように、な♪」

「はあ???」

まったく何が何やらわからずにきょとんとするメイを見て高らかに笑うシオンの声が天使を降らせた紺碧の空に響きわたった。








―― 本日のクラインの天気は晴れ。

ところにより・・・天使がふるでしょう。










                                         〜 END 〜
                        (Special Thank's 5555hit 東条 瞠)






― あとがき ―
キリバン5555番を踏んでくださった藤ひかるさまに差し上げたキリバン創作です。
リクはあまあまのシオメイだったんですがあんまり甘くないです(^^;)
すいません〜。
でもフレーズは気に入ってるんですけどね。
シルフィスとディアーナの時に出る青空からふってくるメイのスチルが結構好きだったので
思いついたネタです。