愛する君に花束を 
        〜 キール 〜


キール・セリアンは困っていた。

本当に困っていた。

どれぐらい困っているかというと、自分が30分近くも花屋の前を切ったり来たりしている不信人物になっていることに気付かないほど。

キールがクラインの街でも名の知れたラボの主人でなければ、間違いなく衛兵に通報されていただろう。





しかしありがたいことにキールは有名だった。

理由の1つは彼が異例の早さで緋色の肩掛けを拝領した優秀な魔導士であること。

そしてもう1つの理由は、一年前結婚した愛妻、メイ・セリアンのおけげだった。

明るくて人見知りなど無縁な彼女は研究院から街へ移ってくるやいなや、すぐに馴染んで今ではすっかり人気者だ。





「キールさん、決まりましたか?」

花屋の主人に声をかけられて、半ば花を睨み付けていたキールは顔を上げた。

「いや、やっぱり上手く選べそうにないな。」

大きく溜め息をついたキールに主人は穏やかに微笑んで言った。

「キールさんが送るんなら、メイちゃんはどんな花でも喜ぶと思いますよ?」

自分がこんなにも悩んでいる理由をあっさり見抜かれて、キールは少し赤くなる。

「しかしまた珍しいですね。何か特別な事でもあるんですか?」

「・・・今日であいつと結婚して一年なんだ・・・」

言いにくそうに言うキールにああ、と主人は笑った。

「じゃあ、気合い入れて選ばないと。どうぞごゆっくり。」

「すまないな。」

いえいえ、と言いながら店の奥に戻っていく主人を見送りながらキールは再び花達と向かい合った。

(まったく、俺がこんな事をしているなんて、昔だったら考えもつかないな。)

昔の自分は人と付き合うのが苦手で、ましてや女の事なんか気にもとめなかった。

人に干渉しないし、されない。

なんの変化もない灰色の日々を生きていた。





それが突然変わったのは異世界から1人の少女を間違って召還してしまったときから。

メイ=フジワラ

初対面でいきなり大喧嘩した。

それすらもひどく久しぶりで、キールの心に新風を吹き込んだ。

それからの日々は騒々しいことこの上なかった。

なまじっか才能があったために、やたらと実権に失敗して研究院を吹っ飛ばすし、王宮にも普通に入り込んで皇太子や、王女にも気安い口をきくし、いちいち口うるさく言い聞かせてもまったくメイはこたえない。


こんな奴、早く送り返したい!
最初はそんな風に思っていた。


・・・でもある日、王立図書館で夢中で本を読んでいたため、遅く研究院に帰った時、キールは見てしまった。

月明かりの中、1人の少女が泣いている姿を。

零れる涙を必死で拭って、嗚咽を堪えるメイの姿にキールは言葉を失った。

いつもの煩すぎるくらいの元気さは、この寂しさを隠すためのものだったのか?

声をかけることすら叶わず、メイが立ち去るまでキールはその姿を見つめて立ちつくしていた。

・・・その時、キールは心に決めた。

必ず、帰してやる。

俺がメイを必ず送り返してやる、と・・・





それからは無我夢中で研究をした。

寝ることも食べることも忘れるのもしばしばだった。





でも、帰還魔法が完成に近づくにつれ、重くなっていく心にも気がついていた。

よく笑い、よく怒るメイ。

自分の事を言われたわけでもないのに、キールのために本気で怒るメイ。

煩いと思っていた声はいつしか心地いい声に変わり、気がつけば目で追うようになった。

帰したくない・・・

側にいて欲しい・・・

そう思うようになるまでそれ程時間はかからなかった。

けれどそれはできない・・・

早く帰してやらなくてはと思う心と、帰したくないと叫ぶ心に体が引き裂かれそうだった。





そしてあの日。

必要ないとわかっていても補助魔法を付け足し続けた帰還魔法が完成した。

1人で実験しようと思ったのに姿を見つけてついてきたメイ。

そして同僚のイタヅラで起こったあの事故・・・

なんとかドラゴンを戻したものの、怪我をしたキールにメイは半泣きになって治癒魔法をかけてくれた。

その時、朦朧とした意識の中でキールは切望していた言葉を聞いた。


「いいよ。もう、戻らないから・・・」


幻だと思った。

都合のいい幻聴だと。

・・・でも確かめずにいられなくて翌日彼女に会いに行った。

そこでキールは昨日の言葉が幻でなかった事を知った。





それからのキールは120%しあわせだったと言っていい。

なんたって隣にはいつもメイはいてくれる。

愛しくて、愛しくていくら口付けても抱きしめても足りない気がした。

かつて煩いと思っていた声も仕草もすべて、大切なものに変わった。





1年前、ラボを開く事が決まって物件の下見に行った時だった。

「うわ〜見て見て、キール!出窓がすごく可愛い!」

嬉しそうにはしゃぐメイをキールは暖かい目で見つめる。

「いいね、すごくいいラボができそう。
わあ、二階もあるんだ!・・・でも一人のラボにしてはちょっと大きくない?」

「ああ、二人暮らし用だからな。」

「え?」

さりげないキールの言葉にメイはきょとんっとする。

その表情すらひどく愛しくて、重傷だな、とキールは心の中で苦笑する。

そしてそっとメイに近づくと、その頬に手を滑らせて言った。

「最初は1人から始めようと思ったんだけどな。あんまり絶えられそうにないから、やめた。
・・・メイ、俺と結婚してくれないか?」

「!キール・・・」

メイは枯葉色の瞳を大きく見開く。

その後、細められた瞳からぽろぽろ零れたメイの涙をすくって、キールは優しく促す。

「返事は?」

「・・・か・・・」

「ん?」

「ばか、決まってるでしょ!・・・大好きよ、キール・・・」

「ああ、愛してる。」

これ以上ないぐらい嬉しそうに言ってキールはそっとメイに口付けた。

ホコリの舞う、これからの未来の舞台で交わした最初の口付けは、女神の前での誓いのキスより神聖だった・・・





(あれから1年たったんだよな・・・)

なんだかあっという間だった気がする。

幸せな時間は過ぎるのが早い。

(このままいくと、あっという間に年くいそうだ。)

くすりと苦笑ったキールの目に薄青い小さな花が目に入った。

小振りの花だが大きく花を広げた姿や色は愛しい少女を思い出させる。

「主人、この花を花束にしてくれないか?」

「お、決まりましたね。うん、この花ならメイちゃんにぴったりだ。」

主人は手早くその花を大きな青いリボン付きの花束にしてくれた。

それを受け取り、お金を渡してキールはかれこれ4、50分ぶりに花屋の前から離れることができた。

そして向かうのはメイの待つ家。

(これを持って帰ったらあいつは驚くだろうな。)

それでなんと言うだろう。

『ありがとう』?

『大好き』?

どちらにしてもあの笑顔を見せてくれるだろう。

自分をすっかり変えてしまった異世界からの闖入者。

側にいてくれる事をいくら感謝しても足りない。

いくら言葉にしても足りないから


だから想いをこめて


愛する君に花束を


〜 END 〜       

― あとがき ―
やっと書きました、野望の「花束シリーズ」第4弾!
セリアン弟、キールくんヴァージョンです。
今度は告白に付随する花束ではなく、感謝を込めた花束です。
でもキール、初書きだったせいか、なんか長いですね〜(^^;)
実はキールと花束ってどんなシュチュエーションで書いたらいいのかわからなくて
色々詰め込んだ結果、こうなってしまいました(汗)
しかし2001年初の更新がこの創作とは・・・私はシオメイ1stなのに(^^;)
ま、まあそれはおいといて、次ももちろん書きます!(気合い!・笑)
次はあえて予告なし。
ふふふ、誰でしょうか〜(・・・怪しい・汗)