愛する君に花束を
〜 イーリス 〜
「はあ・・」 人並みはずれた容姿の吟遊詩人、イーリス・アヴニールはその美しい顔に憂いを濃く滲ませて夕暮れ時の街をあてもなく歩いていた。 海が近いせいで潮の匂いのする街は割合平和な国で客も代金を弾んでくれる。 守銭奴なイーリスを満足させるに十分な収入も得た。 なのになぜ彼はそんなに憂えているのか? ―― 原因は彼の現在のパートナー・・・メイである。 メイと出逢ったのは古い友人が住むクラインという国での事だった。 その頃のイーリスは自らの血に架せられた運命に翻弄され、隣り合わせにある死を迎え入れることばかりを考えていた。 古い友人がいるクラインに訪れたのは誰かに看取って欲しかったせいかもしれない。 そんな時、かの街でメイに出逢った。 イーリスのつま弾くハープの音に聞き入っていた少女。 特別美しい容姿をしていたとか、美しかったとか、金持ちそうだったという事もないただの少女なのになぜか目を奪われて、どうしてももう一度会いたくなって初めて自分から話しかけたお客だった。 それからことある事に言葉を交わすようになった少女の素性を友人から聞いた時、イーリスは少女に目を惹かれた理由を知った気がした。 ―― 異世界から一方的に召還された少女、それがメイだった。 異世界という環境に唐突に連れてこられたのにまったくそんな事を感じさせない明るさと強さを持ったメイ。 イーリスは素直に彼女に感服した。 ・・・そして気がつかずにはいられなくなってしまった。 メイにどうしようもなく惹かれていることを。 だから今まで一族以外に見せた事の無かった『バンシーの笛』をメイに見せた。 死を覚悟していたのに、死にたくないと思い始めた。 運命だと思っていた死、メイと共に生きたいから恐れるようになった死・・・ それを一蹴してくれたのは・・・他ならぬメイだった。 メイは悲しきバンシーの魂を慰め、イーリスを死に淵から救い出してくれた。 そしてクラインを去らなくてはならなくなった日、イーリスを追いかけてきたメイはにっこり笑っていってくれたのだ。 『一緒に連れてって。イーリスとだったらいろんな所へ行けるでしょ? ・・・ずっと一緒にいさせて・・・』 その日からイーリスの旅には同行者が増え、イーリスは身につけて運べない宝物を手に入れた。 しかし順風満帆とばかりに物事進むとは限らないのだ。 なんせイーリスは美しくて何処へ行ってももてる事この上ない。 もちろんメイのファンだって何処へ行ってもあっさり増産されるのだが、相方の美しい吟遊詩人の絶対零度の視線に黙らされてしまうのと、派手な分イーリスのファンの方が目立ってしまってメイにしてみれば気が気ではないのだ。 ・・・実は今日もそれでイーリスは宿を追い出されていた。 といってもメイが何かした、というわけではなくメイが一方的にぷいっと顔を背けてしまったのだが。 おそらくはイーリスのファンに何か言われたのだろうと判断してイーリスはそっと宿を出たのだ。 こういう時のメイの沈黙は放って置いて欲しいというサインだから。 でも宿を出たところでする事があるわけでもない。 以前は一人でも歌ったり占いをしたりしたがメイと共に旅するようになってからはメイと一緒でない時はやらないことにしている。 メイがいて歌も何も完成すると思っているから。 イーリスはまたふうっと溜め息をついた。 こんな風に街をぶらつくのは嫌いではないが、出かけにメイの瞳の端に涙が滲んでいたようでそれがひどく気になった。 (自分の目に映る美しい風景より、目の前にいない一人の少女が気になるようになる時がくるなんて考えてもみませんでしたけどね・・・) どんなに美しい夕焼けの街をみても、心地よい風を感じてもメイが隣にいないだけでその魅力は半減してしまう。 逆にメイがいればほんの些細な事ですら幸せで嬉しくなってしまうほどなのに・・・ (どうにか機嫌をなおしてほしいけれど・・・) どうしたものか、と考え込んだイーリスの鼻をふわりと甘い香りが掠めた。 「?」 首をめぐらせてみると花売りの少女が籠一杯の薄ピンクの花を売っているのが見えた。 『薄いピンクってさ、ほんとに綺麗だよね。可愛くて、穏やかで。』 以前ファンの青年に薄いピンクの花をもらった時のメイの言葉がイーリスの頭に浮かんだ。 メイはあの花がたいそう気に入ってお手製のしおりにして今でも花びらを大切にしている。 ・・・たぶんあの色が同じ色の髪を持ったメイのワーランドでの親友を思い出させたからなのだろう。 イーリスは一瞬で心を決めると花売りの少女に声をかけた。 「お嬢さん、その花を全部ください。」 「え?!で、でもこれかなり量がありますよ?!それに結構高いですけど・・」 びっくりする少女にイーリスは穏やかに言う。 「構いません。それぐらいで機嫌をなおしてもらえるなら・・・」 その言葉に少女がおやっと首を傾げる。 「恋人と喧嘩でもなさったの?」 「まあ、そんな所ですか。」 「あら、それじゃあこれはちょうど良いですよ。 この花の花言葉は『あなただけを見つめています』なんですから。」 そう言うと少女は花籠一杯のピンクの花をイーリスの渡した。 その花を受け取って代金を渡すとイーリスは急いできびすをかえした。 目指すのは宿で本当は寂しい想いをしているメイの所。 他の誰でもないメイだけを見つめているから。 メイがいないと世界のすべてが変わってしまうほど彼女を愛しているから。 だから 愛する君に花束を 〜 END 〜 |
― あとがき ―
野望のシリーズ第7弾、イーリス編完成です!
いや〜、当初一番苦労するのはこいつだろうなあ、と思っていたんですがこれがびっくり。
以外にあっさり書けちゃいました(笑)
今回の花束は『喧嘩(?)した後の仲直りのため』の花束です。
最初はもっと派手な喧嘩にしようかと思ったんですが、イーリスとメイだとあんまり派手な喧嘩
しなさそうかなあ、と。
そういうわけで今回も印象が薄い花束です(^^;)
でも初書きだったんですけど、イーリス×メイは近頃ちょっとツボですわ〜。
守銭奴ないい男はなかなかミスマッチで面白いでしょv
さてこれでラストになるのか?次回予告です。
最初を一押しのシオンで始めたので、最後は彼しかいないでしょう、とずっとためてました。
東条の2nd、レオニス・クレベール殿ですv
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