愛する君に花束を
                               〜 ガゼル 〜




―― 『友達』・・・これ程高いハードルはないと、初めてガゼルは実感していた。

いつも友達になれることが一番大事だって、そう思っていたから。

でも『友達』の地位を抜け出すのは・・・思った以上に大変な事なのだ。





自分の部屋のベットの上に座っていたガゼルは、誰かが見ていたら即病院送りにされるだろうと言うほど、珍しく大きく溜め息を付いた。

そしてちらっと視線をベットサイドの机に走らせる。

そこにはフェルト地で作られたガゼルのちび人形がちょこんっと座っている。

このちびガゼルはメイがこの間見つけた銀の円盤を買う手伝いをしてくれるお礼だと作ってくれたものだ。

メイ=フジワラ

台風娘のあだ名を冠する彼女を知っている人間はクラインにたくさんいても彼女の素性を知る人物はごくすくない。

彼女は異世界から突然呼び出された異邦人なのだ。

なんの前触れもなく突然に家族から、回りの人間から引き離されてこの世界に引きずり込まれたメイ。

なのに彼女は悲嘆にくれる風は微塵もみせずあっという間にこの世界に馴染んでしまったのだ。

そんなメイをガゼルは気に入った。

形式に捕らわれず一緒にドロだらけになるほど遊ぶし、彼女と交わす会話はテンポがよくて気持ちいい。

それになによりクルクル変わるメイの顔を見るのが好きだった。

なのに・・・






ガゼルはひょいっとちびガゼルを取り上げて目の高さに持ってくるとぽつっと呟いた。

「・・・好きになっちまったんだよなあ・・・」

そう、いつの間にか好きになっていた・・・メイを。

いつの間にか一緒に遊んでいてもふとした瞬間にメイの表情に目を奪われる。

しゃべっているとドキドキして居心地が悪いような、でもずっと喋っていたいような気持ちになる。

クルクル変わる表情のすべてを自分だけに見せて欲しいと思う・・・

しかし彼女を特別に思うようになってガゼルは気がついたのだ。

―― メイと自分は『友達』以外の何者でもないことに。

―― そしてライバルはたくさんいて、しかもとんでもなく強敵であることに。

とにかく元気で輝いていて人目を引くメイを愛しく思っている人物は多いのだ。

某緋色の魔導士とか、クラインの筆頭魔導士とか、果てはこの国の皇太子殿下とか・・・

最初、ガゼルはメイと『友達』であるぶん彼らよりリードしていると思った。

・・・しかしすぐに気がついたのだ。

『友達』だからこそ『恋人』へのハードルが高いということに。

いくらガゼルが想いを滲ませるような言葉を言ってみても、態度を示しても、メイはち〜っともな〜んにも気がついちゃあくれない。

ある時、思いあまってガゼルが言った『俺はメイが大好きなんだ!』という言葉に対してもメイはあはは〜っと笑って言ったのだ。

『そりゃああたしもガゼルは大好きよ。なんたって大事な友達だもんね。』

・・・本っっっっっ気でガゼルは灰になった・・・






「あいつは鈍感すぎんだよ!」

悔しげに吐き捨てたものの、実はメイがそれほど鈍感でない事もガゼルは知っていたりする。

この間、街の広場でよく歌を歌っている吟遊詩人がメイに花束を渡しているのをガゼルは見てしまった。

そしてその時彼女はぱっと赤くなっていたのだ。

・・・花束に込められた意味を悟って。

「・・・つまりは『友達』から降りなきゃならないって事だよな。」

『友達』ではない、ただの男とメイに見てもらえなければこの恋に成就はないのだ。

ガゼルは数秒無言でちびガゼルを見つめて・・・

もう一度溜め息を付くと立ち上がった。

・・・とにかくメイに自分が男であることをわかってもらはなくてはならない。

「・・・とりあえず花でも渡してみるか。」

いつも遊びの誘いにしか彼女の元を訪れない自分が花束なんて持っていったらもしかしてどきっとしてくれるかもしれない。

一歩ずつ、そして一発逆転を狙って・・・メイを誰かに取られる前に。

「・・・でも絶対負けないからな!」

ガゼルは部屋をでる直前、今は目の前にいない、自分の前を行っているライバルたちに戦線布告をしたのだった。



取りあえずは『友達』の地位を降りるために。

メイに恋するただの男になるために。

・・・誰より彼女を愛してる自身があるから。

だから



愛する君に花束を











                                   〜 END 〜