愛する君に花束を

         〜アイシュ〜

 

        夏も終わりが近づき、日が落ちるのが早くなる季節、クライン王宮の執務室で文官アイシュ・セリアン
        はせっせと仕事に励んでいた。

        普段はのんびり・・・というか、どこか天然のぼけっぷりをいかんなく発揮しているアイシュだが、
        そこは天才と言われるだけの事もあり、さくさくとこなされている仕事の書類が机の上に山積み
        にされている。

 

 

        「ふう、やっと終わりました〜」

        相変わらずのおんびりと言ってアイシュはやっとペンを置いた。

        先日の贈賄事件からすっかり仕事が増えてしまったアイシュは、ここ数日、王宮に泊まりっぱなしで
        仕事をしていたのだ。

        (さすがに疲れました〜)

        やっとこさ終わった仕事から離れたくなってアイシュは机を立つとベランダに出た。

 

 


        外はすっかり夜だった。

        涼しくなった風が頬を掠めて気持ちがいい。

        アイシュは大きく伸びをすると頭上に輝く月を見上げた。

        雲一つない空に輝く月は、闇を従える女王だと詠った詩人がいた。

        今夜の月はまさしく、その詩に相応しい。

        そう思ってアイシュはふっと笑った。

 

 

        瞼の裏に焼き付いた存在は、清廉な光を放つ月とは正反対だと思って。

        アイシュの心を捕らえて離さない明るくて猫のようにすばしっこくて・・・時にとても優しい少女。

        くるくるとめまぐるしく表情を変える彼女は、例えるならまさしく太陽。

 

 

        ・・・でも、だからこそ彼女は人を惹きつける。

        堅物な双子の弟は、実は彼女の面倒をみたがっているし、いつも見に行っている吟遊詩人が彼女
        のために特別に歌っている所も見てしまった。

        それどころか、あの女性に目がない宮廷筆頭魔導士でさえ、彼女に誤解されないために女性関係
        を精算したほどだ。

        そんな魅力的な人達ばかり彼女の周りには集まっているから、こんなちっぽけな自分など、きっと
        目に入らない。

 

 


        「・・・メイ・・・」

 

 


        アイシュは切なげに太陽のような想い人の名をそっと呼んだ。

 

 

 

 

        と、その時―

 

 

 

    「きゃあああああああああー!!!!」

        「うわあ?!」

 

        ドサドサドサッ!!

 

        月夜の静寂を粉々に打ち砕く悲鳴と共に降ってきたモノを受け止めた衝撃でアイシュは尻餅を
        ついた。

        「ったたた〜・・今のは一体・・・」

        したたか打った腰をさすってアイシュ、は自分の膝の上に乗る形になった、『降ってきたモノ』を
        見て心臓が止まるかと思うほど驚いた。

 

 

        「メ、メ、メ、メイ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜?!」

        「あたたた・・・あ、アイシュ。」

        アイシュの絶叫に頭を軽く振ってメイはさほどびっくりした風でもなく照れたように笑った。

        「い、一体どうして空から降ってきたんですか〜?!」

        「あ、え〜っと昨日、キールに浮遊術を教えてもらったんだけど、結構それが面白くてさ。

        で、夜、ふと見上げれば、この月夜でしょ?

        ちょっと試してみようかな〜、と思ってやったら上手くいって、夜の王宮なんて素敵よね〜とか
        思ってここまで来たら・・・そのバランス崩しちゃって。」

        へへへ、と照れた様子のメイがあまりにもいつものメイだったので、アイシュは盛大に溜め息を
        ついた。

 

 

        ・・・そして同時にひどい恐怖を覚える。

        もし、自分が受け止めなければ?

        彼女は地面に叩き付けられていただろう。

        運が良くても怪我しただろうし、最悪の場合、命を落としていたかもしれない。

        メイがいなくなってしまったら・・・?

        全身の血が凍り付くような気がしてアイシュは叫んでいた。

 

 

        「なんて事をするんですか!メイ!!」

        「ひゃっ」

        まさかアイシュに怒鳴られるとは思っていなかったメイは反射的に飛び退こうとする。

        その肩を捕まえてアイシュは真っ直ぐにメイを見る。

        「もしかしたら死んでしまうかもしれないんですよ?!

         そうなったら・・・」

        アイシュは言葉に詰まった。

        愛しい、愛しい少女。

        彼女がいなくなるなんて、死んでしまうなんて考えたくもない!!

        小刻みに震える手に気付いたのか、メイはシュンっと顔を伏せる。

        「・・・だって・・・」

        「だってじゃありません!」

        頭ごなしに言われてむっとしたメイはぱっと顔を上げた。

 

 

        「だってアイシュに会いたかったんだもん!!」


        「?!」

        あまりにも以外な言葉に絶句するアイシュ。

        それをどう受け取ったのか、メイは睨み付けるようにアイシュを見つめて言い募る。

        「この間の事件できっと傷ついてるのに、アイシュ、仕事ばっかりしているから、どうしたの
        かなって気になってたの!

        でも昼間は忙しそうだから、夜ならいいかなって思ったら来たくなっちゃったのよ!」

        それだけ言うとぷいっと顔を背けてしまったメイを信じられない気持ちでアイシュは見つめた。

        (僕の事を心配してくれていたのでしょうか〜・・・)

        それも夜、わざわざ会いに来てくれるぐらい?

        ・・・アイシュはさっきとは違う意味で高鳴りだした鼓動を押さえて思わず呟いてしまう。

        「・・・あんまり期待させるような事は言わないでください〜・・・」

        小さく、本当に聞こえないように言ったつもりだったのに、月夜は音が少ないらしい。

        しっかりその言葉を聞き取ったメイは背けていた顔をアイシュに戻すと、全開の笑顔で軽やかに
        言った。

 

 

        「期待していいよ♪」

 

 

        「え?」

        言葉の意味が理解できていないアイシュの首に手をメイは手をかけて・・・

 

 

 

         「!!」

         「じゃ、おやすみ。アイシュ!」

         さっと身を翻して、メイは現れた時と同じように夜空に消えていった。

 

 

        ・・・後に残されたのは、たった今メイのそれが掠めていった唇を押さえて、
           顔を真っ赤にして座り込んでいるアイシュ一人・・・

 

 

 

 

        明日、お日様が出てきたら一番に街の花屋で大きな花束を作ってもらって、
        メイに会いに行きましょう。

        そして花束と一緒に僕の気持ちを伝えましょう。

 

        誰より、側にいて欲しいから

 

        愛する君に花束を

 

 

 

〜 END 〜                

 

 

― あとがき ―

う〜ん、ちょっと強引にあわせた気もしますが、『花束シリーズ』の第三弾、アイシュ編です。

なんだかアイシュがメイに度肝を抜かれてばっかりってかんじなんですが、
この二人はやっぱりこんな感じになるんですよね。

可愛くまとまってるといいんですけど・・・

どうでしょうか?

そして、まだまだ野望は続きますよ!

次はセリアン弟、キールで!(・・・笑)