Winter
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逢魔が時、陽の落ちた街に静かに雪が降り積もる。 冷たく美しい藍色の街の片隅に、一人の少女がぼんやりと傘をさして立っている。 帰り道なのだろうか、まるで魅入られたように雪を見つめる枯葉色の瞳の少女はミトンの手袋をはめた両手で挟むように持っていた傘をそっとたたんで、雪にその身をさらす。
雪は音を吸う いつもは車や人の声の喧噪に包まれている街も、誰もいないかのようだ。
静かな空間で少女―メイはふと呟いた。 「キール、無理してないかな。シルフィスとちゃんと仲良くしてるといいんだけど。」 一年前、自分を間違って異世界に召還した青年を思ってくすっとメイは笑った。 責任感の強い保護者役だった青年は、メイが帰ってくる直前に女性に分離した異世界の親友の一人と想いを通わせていた。 「でも、シルフィスが怒ってる図って想像できないし・・・」 それにキールに浮気する甲斐性があるとは思えない。 「きっと仲良くしてるね。」 ふわっとメイは微笑んだ。
「ディアーナはまた殿下に怒られてないかな・・・?」 異世界のもう一人の親友、クラインの王女だったディアーナ。 しょっちゅう家庭教師をすっぽかしては兄であるセイリオスに怒られていたっけ。 でも 「ガゼルのためにがんばるって言ってたもんね。」 子猫がじぇれあうようによく遊んでいたディアーナと騎士見習いのガゼルが恋に落ちたのもメイが帰ってくる少し前だったはずだ。 ガゼルが一人前の騎士になり、みんなにも認めてもらえるようになったら、迎えに行くと言ったんだとか。 『その時、私がダメな王女だったら、愛想をつかされるかもしれませんもの』 少し頬を染めて言うディアーナは確実に少女から、女性への階段を登り始めた事を物語っていた。
「隊長さん、怪我とかしてないかな・・・イーリスは無事に旅を続けてるかな・・・アイシュ、キールにいじめられてないかな・・」 無愛想な騎士団長のレオニスは確かダリスとの国境で不安分子の一掃の仕事にあたることになったはずだ。 吟遊詩人で金儲け好きのイーリスは体調を回復させて、クラインを出た。 今頃ワーランドの何処かで、あの綺麗な歌声を響かせているだろう。 宮廷文官のアイシュはキールにお嫁さんが来そうなのですごく喜んでたっけ。 でも、キールが相手してくれなくて寂しがってるかも・・・
メイはふと顔を上げる。 細かい雪を降らせる夜と昼の狭間の空は深い藍色で、一人の青年を思い出させる。
人くったような笑顔をいつも浮かべていた青年
冷たい、まさに冷酷な瞳で敵を見下す青年
女性に口説き文句を囁きながら、どこかで醒めている青年
庭師顔負けの腕前で嬉しそうに花の手入れをする青年
『嬢ちゃん♪』
優しい声の幻が音のない空間でメイの耳を掠める。 メイは唇をきつく噛みしめた。
『愛してる、愛してる』
冗談みたいな言葉に何度、ときめいてしまっただろう。 本気じゃないとわかっていたつもりなのに・・・ いい加減にしてよ!っと怒っても、つんっとそっぽを向いても、心は、あの藍色の瞳に絡め取られていた。 気がついたときは、あのふてぶてしい青年はメイの心の中に居場所を確保していた。 好きになっちゃダメだってわかっていたのに。 だってあいつは本気じゃない。 それに私は・・・帰らなくちゃならない・・・ それでも・・・
柔らかい粉雪がメイの頬に、額に、噛みしめられた唇に落ちる。 優しいそれはメイをあまやしてくれているようで。 今までけして口にしなかった泣き言を許してくれるようで・・・ 自分で決めた事だから貫いたけど、自分の世界に戻してくれた精霊には感謝しているけれど、心の片隅で必死に閉じこめたもう一人の自分が叫んでいる。
「シオン」
名前だけで、心に火が灯る。 異世界で、メイが愛したただ一人の青年。 帰らなくてもいいと思うほど、想っていたけれど、青年が自分の内に闇を宿して、誰も寄せ付けず、誰も巻き込むことを望まない事はわかっていたから、想いを告げずに彼の地を去った。
でも・・・
「・・・会いたい・・・」
雪は音を吸う。 メイの唇から零れた言葉は雪に優しく包まれて、他のなにものの耳にも届かなかった。
ぽつっとメイの瞳から零れた熱い雫が、メイの足下の雪を一片、溶かして消えた・・・
〜 END 〜
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― あとがき ―
ああ、なんか失敗した?
初めての確実なメイ視点(『貴方の腕の中』はちょっと曖昧だったから)、初めての切ない系、初めてのフォローなしの終わり方、と初めてずくしだったんですが・・・う〜〜〜ん(^^;)
思いついたときはかなり「これはいける!絶対書きたい!!」っとかなり意気込んでたんですが、はたしてこれを読んだ人に切ない印象を残せたでしょうか?
残せたとしたら、それだけで大成功です(^^)/