Spring
カラーンッコローンッ・・ クラインの王都に時を告げ続けてきた聖殿の鐘が、晴れ渡った空に祝福の音色を響かせる。 皇太子殿下の特別なはからいによってクラインの筆頭魔導師の結婚式のために鳴らされた鐘の音を聞きながら、シオンは花嫁の控え室のドアを叩いた。 「お〜い、仕度できたか?」 「・・・できたけど・・・」 帰ってきた返事が珍しく歯切れが悪い事に首を傾げつつ、シオンはドアを開けた。 そして言葉を失う。 斜めに差し込む春の陽射しの中にいる一人の少女が眩しくて。 真っ白いウェディングドレスに身を包んで、照れくさそうにはにかんだ表情でこちらを見ているのは、かつてクラインから一度消えた異世界の少女―メイ。 「シオン?どうかしたの?・・・あ、やっぱり似合わないとか思ってんでしょ?」 むうっと睨む付けてくるそんな表情すら愛しくて、シオンはメイの側に歩み寄るとまだベールを付けていない髪をそっと梳いた。 「いや、お前さんがあんまり綺麗だから見とれてたのさ。」 「!・・もう恥ずかしい事、さらっと言うな!」 「そうか?本当の事だから俺はち〜っとも恥ずかしくないぜ?」 「・・・もう・・・」 赤くなった顔を隠すように少し俯いたメイの額にシオンはキスを1つおとす。 と、ふいにメイが顔を上げて言った。 「ねえ、シオン。なんで半年もたって私を呼び戻したの?」 そう、メイはつい先日、自分の世界からシオンによって召還されたばっかりである。 想い人であったシオンにいきなり召還された直後に抱きしめられて想いを告げられて、なしくずしにここまで来てしまったが、そういえば半年もたってなんで?という疑問をぶつけていなかった事にメイはやっと気がついたのだ。 しかしその言葉をきくなり、ぎくっとシオンの表情が強ばった。 「・・・聞いたらたぶん、お前さん笑うぜ?」 珍しく照れたように歯切れの悪い物言いをするシオンにさらに興味を引かれたメイはシオンを覗きこむようにして言った。 「聞きたい!ね、絶対、笑わないから教えて?」 好奇心にきらきら輝く瞳に見つめられてシオンは思わず口元を引きつらせた。 何よりも惹かれた瞳にこんな風に見つめられて、誰が逆らえるというのだろう。 「しょうがねえなあ・・・本当に笑うなよ?」 シオンは少し苦笑してポツリポツリと話始めた。 ―12月、メイがクラインを去って2ヶ月がたった頃、シオンはいつものように花壇を見に来ていた。 最近、クラインはひどく冷え込むようになった。 温室の花は別に構わないが、外の花壇にはそれなりの手入れがいる。 ・・・そう思って来たはずなのに、いまいちやる気がでない。 作業を始めても、いつもぼんやりとしてしまう。 いつも―正確には2ヶ月前、メイが消えた時から。 「別に・・・良かったんだよな。」 そうだ、メイはいつも帰りたがっていた。 口に出さなくてもクラインにすっかり馴染んだような明るい顔をしていても、どこかで寂しがっていたのをシオンは気がついていた。 メイの事は気に入っていたから、少しばかり寂しくはあったけど、あいつの願いが叶ってよかったと思う。 ・・・なのになんだか実感がない。 執務室にいても、街を歩いていても、今みたいに庭いじりをしていても、ともすればあの元気の固まりみたいな少女がひょっこり顔を出すような気がする。 「寂しくなったもんな。」 確かにそうだ。 ・・・でも、それだけ・・・? その時、フワリとシオンの目の前を白い何かが掠めた。 シオンは顔を上げて立ち上がる。 見れば、鈍色の空からひとひら、ひとひら白い物が降ってくる。 「・・・雪か・・・」 そう呟いたシオンの頬に白い結晶が触れた。 その瞬間― 『・・・・・・・・シオン・・・・・・・・・』 「メイ?!」 空耳じゃない。 なぜかそう思ってシオンは必死でその姿を探す。 その髪に、頬に、額に雪が触れるたびに聞こえる声。 『・・・シオン・・・』 『・・・シオン・・・』 『・・・・・・・会いたい・・・・・・・』 ドクンッとシオンの心臓が鳴った。 切ない声でメイはここではないどこかで、自分を想ってくれているというのだろうか。 ・・・会いたいと思ってくれているのか・・・ ポツッ 「あ・・・」 手に落ちた雪とは明らかに違う熱い雫にシオンは気がついた。 ―自分が泣いている事に・・・ 「メイ・・・!メイ!メイ!!」 口が勝手に少女の名を紡ぐ。 ・・・本当は気がついていた。 メイがいなくなってからの2ヶ月で、自分がどれほど彼女を愛していたかを。 あの枯葉色の髪と瞳の少女。 シオンがどれほど振り回そうとしても、けして踊らされなかった少女。 実は優しい心も、自分で決めた事は必ずやり通す頑固な性格も・・そんな大きなことでなくても、小さな仕草や、自分を呼ぶ声もすべて愛していた。 ・・・でも、もう遅い。 彼女は飛び去ってしまったのだから、本来いるべき所へ。 だから今更気付いてももう・・・ 「・・・遅い・・・?」 シオンは呟いて顔を上げた。 その瞳にはもう、さっきまでの悲しみの色は消えている。 かわりに浮かぶのは挑戦的な、筆頭魔導師のそれ。 「遅くなんかないさ。 あいつが俺に会いたがっているなら・・・俺を想ってくれているなら。 ・・・取り戻す、必ず!」 しきりに降ってくる雪はもう声を聞かせてはくれない。 けれど、あれは幻ではない・・・否、幻ではないと思う事を決めた。 彼女をこの手に抱きしめるために・・・ シオンは雪空を見上げて言った。 「女神さん、あんたやってくれるぜ。」 「それから俺は1冬かけてキールがお前を召還した状況を分析して、もう一度お前をこっちの世界へひっぱりこむ召還魔法を組み上げたってわけだ。 ・・・って、おい!なんで泣くんだよ?」 話し終わって照れくさそうにメイを見たシオンはぎょっとした。 メイがその大きな瞳から涙を零していたから。 「・・幻じゃない・・・幻じゃないよ・・・」 シオンに届いたのは確かに雪の日、自分が呟いたもの。 それがまさか伝わっていたなんて思ってもみなかった。 伝えてくれたのは雪か・・・女神か。 「なんだか奇跡みたい。」 「みたいじゃなくて奇跡だろ。」 「えっ?」 問い返したメイの涙を拭いながらシオンは正真正銘本物の笑顔を向ける。 「奇跡だよ。 メイが偶然、クラインに来たことも、俺と会ったことも、一度帰ったのに今、ここにいる事も。 ・・・何より」 いうなりシオンはメイを横抱きに抱き上げる。 フワッとウェディングドレスが弾んでメイがあげそうになった小さな悲鳴はすっかりシオンの唇に飲み込まれてしまった。 触れるだけの愛しさを込めたキス。 シオンは唇を離すと真っ直ぐメイを見て言った。 「俺にとって最高の奇跡はメイが俺を愛してくれた事。 今、この腕の中にいてくれることだ。」 「シオン・・・」 「おっと、泣いちゃいかんぜ? 最高の笑顔を見せてくれよ、花嫁さん?」 いつものおどけた調子にメイはうっすら涙を浮かべたまま、全開の笑顔をシオンに向けたのだった・・・ ―それからクラインには1つのお話が語り継がれていく事になった。 それは雪で結ばれた少女と青年の恋物語。 そして物語のラストはもちろん 『そして二人はいつまでも幸せに暮らしました』 〜 END 〜 |
― あとがき ―
・・・長い(^^;)
思ったよりずっと長くなってしまいました。
一応、『Winter』のフォロー編という事になっているんですが、なんかシオンが偽物〜(汗)
こんなロマンチストでいいのか?!
自分の気持ちに気がつかないようで女たらしはつとまらないのでは?!
ああ、突っ込みどころがありすぎる〜〜〜〜〜(苦悩)
しかも結婚式の前にウェディングベルって鳴らさないんでは・・・
すいません、東条はいまだに結婚式に出席した事がないのです(^^;)
おかげでウェディングドレスも実際着られているところを見たことがない。
ああ、花嫁さんが見たい〜ってわけわかんなくなりましたので、この辺で逃亡させて頂きます!
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