MAZE



『 
    親愛なるマリン・スチュアート様

 お元気ですか?
 きっと、マリンさんの事だから元気だね。僕も元気です。
 シリウス様に連れられてダリスに来て、もう2年がたちました。
 最初こそ分からない事だらけだったけど、今ではなんとか仕事の交渉も不自由なく出来るぐら
 いになりました。
 自分がこんなに商才があるなんて初めて知りました。それに商業が面白いって事も。
 シリウス様も時々覗きに来てはひとしきりしゃべって帰っていきます。
 ・・・・実は息抜きに宮殿を抜け出してきてるっていうのは最近側近の人に泣きつかれて知った
 んだけどね。
 今はアロランディアに流す商品の取り扱いを任されています。
 きっと君が見たこともないような品物が沢山、もうすぐアロランディアの港に運び込まれるでし
 ょう。
 そうしたら君はきっとキラキラした目でそれを見るんだろうね。
 目に浮かぶようです。

 僕は毎日アロランディアに運ばれる荷物の荷札を見ながら、あの後のアロランディアがどうな
 ったのか考えます。
 マリンさんが神官になったという話はシリウス様から聞きました。
 君が神殿にはいったのなら、神殿の体質も雰囲気もきっと変わりつつあるでしょう。
 君にはそれだけの力があるから。
 僕がしてしまったような方法ではなくて、暖かい、優しい力でアロランディアを作ってくれると思
 います。
 そんなアロランディアを見てみたい・・・・。

 なにより
















「『君に会いたい』」

「わっ!?」

唐突に頭の上に声が降ってきてリュート・ウィルソンはぎょっとして顔を上げた。

途端に飛び込んできたのは美しい銀色。

その美しい銀のせいか、本人の性質のせいか、月光王子という字を冠しているシリウス・ウォーレン・ダリスは半ば仰け反っているリュートに向かってにっこり笑って見せた。

「やあ、リュート。仕事中にラブレターなんていけない人だなあ。」

何の断りもなく仕事場に入ってきて人の書いている手紙を覗き見するのは『いけなく』ないのだろうか、と一瞬思ったが余計な事を言うと三倍ぐらい言い返されるので大人しく1つ文句を言うだけにしておいた。

「シリウス様じゃないんですから。今日はもう仕事は終わってます。」

「あはは、やだなあ。誰がさぼってるって?」

飄々とそう言ってのけるシリウスにリュートはため息をつく。

「ついさっき、補佐官のアディシュ様がこちらにお見えになりましたよ。シリウス様を見てないかって。」

「ふーん。ようやく彼もここを逃亡先の1つとして認識したんだね。優秀な補佐官君としてはもう少し早く気づいて欲しいところかな。」

楽しげに言うシリウスを見ながら、さっき飛び込んできた補佐官の半泣きの顔を思い出してリュートは心底彼に同情した。

(たぶん来るだろうとわかってて庇った僕も僕だけどね。)

そんな事を考えて油断していたリュートの手の下、書きかけの手紙をシリウスがひょいっと引き抜いた。

「あ!シリウス様!!」

慌てて取り返そうとするが、生憎シリウスはリュートより実力が上。

難なくリュートの手をかわして薄いブルーの便せんに視線を走らせる。

「静かな文章の割には、なかなか情熱的じゃないか。」

「シリウス様!返してください!」

赤くなって手を伸ばしてくるリュートを無視して、「それにしても」とシリウスは言葉を継いだ。

「君がマリン殿に手紙を書いていたとは知らなかったな。」

「は?いいえ。書いていませんよ。」

言い返されてシリウスは首を傾げる。

「書いてるじゃないか、ここに。」

「あ、ああ。それはただの自己満足です。」

そう説明されてもますますわからない。

「自己満足?」

「はい。ただ書いているだけなんです。出しません。」

そう答えてリュートはやっとシリウスの手から取り返した便せんを丁寧に三つ折りにして机の上に置いた。

「出さなくていいのかい?」

「はい。いいんです。」

そう答えて穏やかに笑うリュートに、シリウスはふと意地悪をしてみたくなった。

「随分と余裕のある恋心じゃないか。私なら不安で耐えられないだろうけど。だって彼女の側には・・・・」

「アークがいるから・・・・ですか?」

さらっと言われてシリウスは驚く。

その様子を見てリュートは苦笑した。

「別に、アークの事を考えないようにしていたわけじゃないんです。
実際おっしゃるとおりですよ。彼女の側には今もアークがいる。」

そう言って一瞬リュートの表情を過ぎった暗い影をシリウスは見逃さなかった。

「不安ですよ・・・・当たり前じゃないですか。アークがどんなに魅力的な奴で、どんなにマリンさんの事が好きか、嫌って程思い知っているのは僕ですから。
出来ることならアロランディアを去る時に一緒に攫って来てしまいたかった・・・・でもそれじゃ意味がないんです。」

「意味がない?」

「はい。もしかしてあの時に一緒に来てくれと言ったならマリンさんは一緒に来てくれたかもしれない。でもそれでは僕はいつまでたっても彼女に甘えたまま、どこまで行ってもアークを意識して『アークの幼なじみのリュート』から抜け出せないままになってしまうと思ったんです。
・・・・それに彼女が側にいてくれるなら僕にとって贖罪にならない。」

「マリン殿と離れる事が犯した罪の罰・・・・というわけかい?」

「そうです。僕にとっては・・・・」

そう言ってリュートはさっき手紙をしまった引き出しをちらっと見る。

そして聞こえるか聞こえないかの小さな声で言い添えた。

「・・・・死ぬより辛い罰ですから・・・・」

マリンと離れること。

彼女に想いを寄せるアークの元に彼女を残していくこと、が。

出せない手紙を書くたびにそれを痛いほど思い知る。

声が聞けなくても、顔を見ることが出来なくても、もう手紙でもなんでもいいからマリンの存在を感じたかった。

遠く隔たってしまったマリンが今どうしているのか。

(あの時打ち明けてくれた気持ちを、まだ君は持っていてくれる・・・・?)

持ち続けなくて良いと言ったのは自分のくせに、そう思ってしまう自分勝手さにリュートは自嘲した。

「やれやれ、君もやっかいな上に罪な人だ。」

「はい?」

呆れたような声音に顔を上げれば、シリウスが肩を竦めていた。

「あのね、リュート。君にとってはマリン殿をアークの元に残して遠く離れる事は犯した罪への贖罪。それはいいですよ?実際そうなっているようだし。
・・・・でもマリン殿にとっては?」

「え・・・・?」

「マリン殿はどこか無鉄砲な所のある人だったけれど、それでも君の捕らわれている牢へ君を逃がしに行く事がどんなに周りの人たちに迷惑をかけるかもしれない事に頭が回らないような人じゃなかった。
それなのにアークについてそれを成した。どうしてだか君にはもうわかっているんだろう?」

答えずに眉を寄せるリュートの代わりにシリウスは言葉を継ぐ。

「それほど君が好きだったからだ。そうだよね?」

「・・・・・・」

「何もかも、それこそ自分の未来まで天秤にかけても選んだ男は勝手に贖罪だからなんて言って側から離れていってしまう・・・・それはマリン殿にとってはどうだったんだろうか。」

「・・・・・・何が言いたいんですか。」

剣呑さの裏側に当惑が隠されている事に気が付いてシリウスは満足げに微笑んだ。

「先に言っておきますよ。私はマリン殿を愛していました。彼女をあの国から奪い去ってしまおうかと本気で考えるくらいには。」

「・・・・・・知ってます。」

「結構。ではこれから言うことは恋敵からの忠告と受け止めて下さい。
端的に言えば君はマリン殿の気持ちを考えていたんじゃない。ただ彼女の隣に並ぶために自分を納得させる資格が欲しかっただけだ。
そのために、マリン殿をアロランディアに置いてきた。曖昧な言葉と態度で彼女を自由にするといいながら、緩く確実に縛り付けて。」

きりっとリュートが唇を噛んだ。

苦しげにゆがんだ表情を見て、シリウスはがらりと口調を変えた。

「さあて、そんな罪深い君に寛大な私は救いの手をさしのべて差し上げましょう♪」

「は?」

急な変化に対応できず混乱するリュートにシリウスはにっこり笑って言った。

「アロランディアに正式な外交官を1名派遣する事が決定したんですよ。とはいってもダリスはアロランディア側からの心証があまり良くないので、できれば彼の国に近しい人間を送りたい。
だから私は君をその任に押そうと思っているんだけど?」

「・・・・・・・・・・」

何も言えずにリュートは目を丸くした。

(外交官?僕が?)

「でも僕は罪を・・・・」

「表向きは問われていないでしょう?巷の風評の方もきっとマリン殿とアークがとっくにどうにかしているだろうし、第一人の噂も七十五日。
もうとっくにあの事件は過去のものになってますよ。つまり・・・・」

「モンダイナノハ、キミガカエリタイカドウカッテコトダケッテワケ」

いつの間に装着されていたのか、シリウスの相棒ボビーにそのまん丸い手を鼻先に突きつけられてリュートはちょっとのけぞる。

そしてその手ごしにシリウスを伺った。

「スパイみたいな事をしろって言うなら遠慮します。」

「いやだなあ、人聞きの悪い。本当にただの外交官ですよ〜。それに例の事件で君に隠し事とか裏仕事はむいていないって言うのははっきりしたしね。私は無駄なことはしない主義なんだよ。」

「・・・・シリウス様、今日は僕に風当たりが強くないですか?」

「ん〜?だからさっき言ったじゃないですか。恋敵なんですよ?君は。その君を彼女の元へ送りだしてあげようと計らったんですから、意地悪の1つや2つ言いたくなるのが人情でしょう?」

「シリウスサマ、エラーイ!」

ぽすぽすと音のしない拍手を送るボビーに笑顔で答えて、シリウスはリュートに目を移した。

「それで、帰りたいの?帰りたくないの?」

(帰る・・・・?)

あの島に?

あの街に?

―― マリンのいる、あのアロランディアに?

初めてはっとしたようにリュートは顔をあげた。

そしてシリウスではない、その向こうを見つめて真っ直ぐに言い放った。















「帰ります。シリウス様、そのお話、謹んで拝命致します。」















その瞬間、窓から吹き込んだ風が机の上に置かれた便せんを吹き上げた。

花びらのように舞うそれを見つめてリュートは唇を噛んだ。

(シリウス様の言ったとおり、僕はマリンさんを苦しめていたかもしれない。それでも・・・・それでも僕はマリンさんが好きだから。)

自分勝手でも構わない。

いつか自分で言ったように彼女が誰かを好きになっていたとしても構わない。

(今度は同じ大地で君を口説くよ。真正面から君に伝えるべき言葉を伝えるために。)

「・・・・帰ります。」

再度口にしたその言葉は、確かな決心を伝えていた。
















                              〜 to be continue 〜














― あとがき ―
・・・・1年ぶり?(大汗)
もう、UPするのも心苦しい程に放りっぱなしだった連載ですが、今更再開です。
だから連載は危険なんだと自分でもわかっているのに、この始末・・・・。
お詫びのしようもございませんm(_ _)m
もう、読んでやろうと思ってくださる人もいないかもですが、一応続きがまた1年後なんて事にならないようにそこそこには書いていく・・・・つもりです。