MAZE
『 親愛なる、リュート・ウィルソン様 お元気ですか? 私は元気です。毎日忙しくて目が回りそうだけど。 あの『星の娘』の試験の後、私が故郷に帰らずに神殿で働くことにしてから2年。 神殿は相変わらず厳格な雰囲気ですが、私が入ったりしたことで少しずつ変ってきているみたいです。 魔法院と騎士院の関係も少しずつ良くなっているみたい。 先日、魔法院の魔導士さんと騎士さんの初めての結婚式もありました。 だんだんあの時あった暗い影がアロランディアから薄れているような気がします。 そうそう、ついこの間なんとソロイさんが結婚しました! 相手は誰だと思います? なんと葵さんなんです! わかったときには関係者一同、度肝を抜かれましたが結婚式での葵さんは今まで見たどんな葵さんよ り素敵でした。 ・・・・だから教会の外で泣いている女の子達が葵さんの名前を呟いていたのは聞かなかった事にしまし た。 でも葵さんの花嫁姿は本当に綺麗で、幸せそうで、私も少しだけ |
』 |
「何、書いてんだよ?」 「ひゃあっ!?」 便せんに没頭していたマリンはいきなり午後の喫茶店の喧噪を切り裂いてきた声に思わず悲鳴を上げてしまった。 「おい、俺はオバケか何かか?」 「あ・・・・なんだ、アークさん。驚かさないでくださいよお。」 憮然とした表情で言う横に立っていた紫の髪の男を見てマリンはほっと息をついた。 その表情に肩を竦めて紫の髪の男 ―― アーク・ハリントンは勝手にマリンの向かいの席に座った。 そしてちらっとマリンの手元の便せんに視線を走らせる。 それがなんだか気恥ずかしくてマリンは慌てて便せんを机の上に置いてあった書類を詰めたファイルに押し込んだ。 「し、仕事は終わったんですか?」 「ああ、今日は午前に新人の指導が入ってただけだからな。」 「そうなんですか。相変わらず騎士団の中ではアークさんが一番の腕ですもんねえ。」 マリンが感心したように言うとアークは口元をつり上げてにやっと笑った。 あの試験から2年、顔立ちも青年らしく変ったアークだがこういう表情は昔のままだ。 「まあな。そうそう俺にかなう奴なんざ出てこねえよ。」 「ふふ、相変わらず自信家ですね。それで休憩にお茶でも飲みに来たんですか?」 「いや、お前を捜してた。」 アークにそう言われてマリンはきょとんっとする。 「私を?」 「そう。通りでアクアにあってな。聞いたらここじゃないかっていうからさ。」 「なんでですか?」 聞かれてアークは何ともバツの悪そうな顔をした。 その表情だけでマリンはぴんっと来てしまって小さく溜息をついてしまった。 「また、ですか?」 「あー、その・・・・頼む。」 片手で拝むような格好を作るアークにマリンはしかたないなあ、と呟いた。 アークにこんな風に頼み事をされるのは実は初めてではなかった。 こんないかにも面倒くさそうな顔をしている時の頼み事は十中八九、パーティーの同伴の申し込みなのだ。 「今度はどちらのパーティーなんですか?」 「騎士団結成50周年の記念パーティーだと。」 「それって結構重要なパーティーなんじゃないですか?いいんですか?私なんかが同伴で。」 「いーんだよ。それにお前は神殿始まって以来の女性神官だしな。俺の面目も立つってもんだろ。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだかすごく失礼な事を言われた気が。」 「気のせい、気のせい。」 にっこり笑顔を添えて言われて、言い返すタイミングを逃したマリンはしばし口を開けたり閉じたりしていたものの、諦めたように溜息をついて言った。 「・・・・まったく、アークさんもそろそろどなたか決まった方を作ればいいじゃないですか。」 そうすれば私がパーティーの同伴なんかして変な恨みを買うこともないのに・・・・と呟いて、さめた紅茶を一口飲む。 そして視線を上げたマリンは ―― どきっとする羽目になった。 いつの間にか真っ直ぐこちらを見ていたアークと目があったから。 その視線があまりにも真剣で・・・・切なげだったから。 (な、何・・・・・?) 「アーク・・・さん?」 「・・・・いらねえ。」 「え?」 「そんな奴はいらねえよ。」 「なに・・・」 アークの言葉に意味を掴めずにマリンが聞き返そうとした時には、アークはもう立ち上がっていた。 そして、次にぶつかったアークの視線はいつもの悪戯っぽい彼のもので。 「パーティーは土曜の夜だからな。俺に恥じかかさない程度には着飾って待ってろよ。」 「は?え?」 「じゃ、土曜に迎えに行くから。じゃあな。」 「あ、ちょっとアークさん!?・・・・・・・って、行っちゃった。」 からん、からんっと可愛い音を立てる喫茶店のドアベルを聞きながらマリンは浮かしかけた腰を下ろした。 (なんだったんだろう?) 首を傾げながらふと外に目を走らせたマリンはぎょっとした。 いつの間にか外の空は茜色に染まっていた。 「うわっ!いけない!夕方からまたやらなくちゃいけない事があったんだった。」 急いで立ち上がろうとした拍子にがたんっと机の脚を蹴ってしまってわずかに残っていた紅茶が机の上の零れた。 「わ!?」 とっさに重要書類の挟まったファイルを持ち上げる。 と、ファイルの中から一枚ふわりと運悪く紅茶のシミの上に着地してしまった紙があった。 「あ・・・・」 呟いてそれを拾い上げるより早く、台ふきんを持って飛んできたウェイトレスがそれを拾い上げてくれた。 「あ、すみません。」 「いいえ。でも折角のお手紙がシミになってしまいましたね。」 気の毒そうにそう言ったウェイトレスにマリンは少し寂しげに笑って言った。 「いいんです。どうせ出す宛のない手紙ですから。」 「え?」 驚いた顔をするウェイトレスに丁重にお詫びを言ってマリンは店を出た。 そして手に持っていたまだしめっている便せんを見て溜息をつく。 (どこにいるか、わかんないんだもんね・・・・) リュートがダリスに旅立って2年、彼からは何の連絡も無い。 どこにいるのか、何をしているかもわからない彼をマリンはずっと待ち続けていた。 2年。 その間に溜まったのは出せない手紙と、行き場のない想いだけ。 (でも、約束・・・・したもんね。) いつか帰ってくると言った彼の言葉を信じたい。 ―― いつのまにか『信じる』と言っていた言葉が『信じたい』に変っている事に気づいていても・・・・ ふと、目を落とした便せんには片隅から浸食するような紅茶のシミ。 何故か急にその上にさっき見たアークの顔が重なってマリンは慌てて便せんをたたむとポケットに押し込んだ。 ―― なんだか、美しいはずの夕焼けに心が騒いだ 〜 to be continue 〜 |