甘い辛党
「実は甘い物を覚えようとした事がある。」 ―― 夫の言葉に、今にも口に入れようとしていた団子もそのままに、鈴花はぽかんと口を開けてしまった。 それくらい、夫・・・斎藤の言葉は鈴花にとって衝撃だった。 なにしろ、斎藤は大の辛党で、甘い物は一切駄目。 匂いまで駄目というぐらいの筋金入りなのだ。 その斎藤が、甘い物を覚えようとした? 「本当ですか?」 斎藤は嘘をいうことなど滅多にないとわかっていても、思わず聞き返してしまった鈴花に、斎藤は少しバツの悪そうな顔をする。 「まあ・・・・昔だが。」 「昔って、どのぐらい?」 「新選組にいた頃だな。」 「いつ頃の話ですか、それ。」 「・・・・池田屋事件のすぐ後ぐらいだったか。」 その答えに鈴花はますます目を丸くする。 「そんな時期に、なんで甘い物を覚えようとしたんですか?」 私を好きだっていってくれるずっと前なのに・・・・と、付け足しかけて、さすがに言いにくくなって言葉を濁した鈴花に、斎藤はさらっと言った。 「近藤さんや島田さんと甘い物を食べているお前は、俺の知らない笑顔だったからな。」 「!?」 「だから俺も甘い物をお前と食べられるようになれば、それを間近で見られるかと思ったんだが・・・・」 「ちょ、ちょっと待って下さい!」 「?」 「そ、それって・・・・そんなに前から、私の事・・・・」 「ああ、その頃は自覚していなかったが、好きだったのだろうな。」 当たり前の事実を言うように、あっさりと言われて、鈴花は頭を抱えたくなった。 無自覚に、鈴花と一緒に甘い物を楽しみたいと思って辛党の彼がそれを克服しようとしたなんて。 (〜〜〜〜、自分がどれだけ甘い事言ってるか、わかってないんだろうなあ。) どんどん赤くなる頬を自覚しながら、鈴花は誤魔化すように持ちっぱなしだった団子にかじりついて言った。 「で、でも結局甘い物は駄目だったんですね。」 「ああ。だが・・・・」 「?」 「甘い物を共に楽しむことはできないが、嬉しそうに甘い物を楽しむお前を見ていられるのは俺だけだ、と気付いたからそれでよしとした。」 「!〜〜〜〜〜〜」 (ああ、やられた・・・・) もごもごと、団子を囓るフリをして俯いた鈴花はこっそりため息をついた。 今の言葉が、正面から感じる視線が ―― それはそれは甘くて。 (もう、お団子が甘くないよ。) ―― お茶を啜って、辛党のくせに鈴花を甘い気分にさせるのは滅法上手い旦那様をこっそり睨んだ鈴花だった。 |