ちょこれーと?
「あれ、泰明さん。今日って何日でしたっけ?」 珍しく仕事がなく部屋で机に向かっていた泰明は、あかねの声にくるりと振り向いた。 「今日は如月の14日だが?」 「あ、やっぱり。今日ってバレンタインデーだったんだ。」 忘れてた〜っと呟くあかねの言葉に耳慣れない単語を見つけて泰明は首を傾げた。 「ばれんたいんでえ?」 「でえじゃなくて、デー・・・ってそんなんじゃなくって。」 思わず突っ込んでしまったあかね。 しかしそんな事はお構いなしに、好奇心の固まりである泰明はあかねを覗き込む。 「神子、それは一体なんなのだ?」 「うーん、私も何でそうするのかはわかってないんですけど、女の子が大好きな男性に恋の告白がわりにチョコレートを贈る日なんです。」 ごく簡単に、ほんとに一言で説明することでこれ以上の泰明の追求を逃れようとしたあかねだったが、逆に彼の好奇心を更に煽る単語を言ってしまった。 「ちょこれーと?それは一体どんな物なのだ?」 この単語を聞くのは初めてではない。 確かあかねが龍神の神子として鬼との戦いに奮闘していた頃、ふとあかねの部屋の前を通りかかった時、詩文とあかねの話に出てきていたのだ。 『う〜、ねえ詩文くん。チョコレートが食べたくない?』 『ああ〜〜!あかねちゃん言わないでよ〜〜!食べたくなっちゃうでしょ。』 (食べたくなる、ということは食べ物か?) まだ、自分の想いを自覚していなかったあの時、それでもあかねの望むものを与えてやりたくて書物をひっくり返して探してみたが、そんな響きの食べ物は見つからなかったのだ。 「ちょこれーと、とは一体なんだ?」 教えて欲しいと好奇心に輝く瞳で見られてあかねは溜め息をついた。 こうなった泰明はきちんとした説明をもらうまで絶対諦めてくれない。 「え〜っと・・まず、食べ物なんです。」 「それは知っている。それで、どのような食べ物なのだ?」 「確か、カカオっていう木の実からできるお菓子で・・・茶色くて・・・板状で売ってたり、液体になってたり・・・う〜ん、よくわかんないですね?」 心底困ったというあかねの表情に泰明はこれ以上困らせるのもかわいそうになってほんのちょっと妥協する事にした。 「とにかく菓子なのだな?それはどんな味のするものなのだ?」 「あ、それなら教えられる!えっと甘いんです。」 やっと答えやすい質問になったことで、ほっと息を付いてあかねは言った。 「甘い?甘葛のようなものか?」 「う〜ん、ちょっと違うかな。とにかく甘いんです。 あんこでもさっぱりしてるって感じちゃうぐらいに。お砂糖がものずご〜〜くたくさん入ってる感じかな。」 言っているうちにその甘さを思い出したのか、なんともうっとりした表情になるあかね。 「でも美味しいんですよ。 これを食べたら絶対太っちゃうってわかってるのに、つい食べちゃうぐらい。 泰明さんにも一度ぐらい食べさせてあげたいなあ。 教えてあげられるといいんですけど・・・」 ねっと小首を傾げるを見つめていた泰明はぽつりと言った。 「甘い・・・というと、これぐらいか?」 「え・・ん?!」 首を傾げる暇さえ与えず、泰明はあかねの唇を塞いだ。 極上の手触りの髪に指を絡めて、薄く開いていた唇に舌を滑り込ませる。 「・・ん・・・」 吐息の洩れた唇から、名残惜しそうに唇を離した泰明は小首を傾げて言った。 「これ以上甘いモノなどないと思うのだが?」 「・・・・・・・・・・・ばか・・・・・・・・・・(///)」 ―― 京で迎えるバレンタインはチョコレートがなくても、甘かった事は言うまでもないだろう。 〜 終 〜 |