ぷれぜんと



「う〜〜〜〜ん・・・・」

古都に相応しいにぎわいを見せる京の一角。

市にある小間物屋の店先で、一人の少女が先刻から唸っていた。

まあ、若い女性の買い物となれば時間がかかるのはあたりまえで、小間物屋の店頭としては珍しくない光景だが、その少女は一際目立っていた。

何故なら、髪を短く切り、袴に大小を差すという異色な出で立ちをしていたからだ。

こんな異装に身を包んだ少女は京広しといえど、一人しかいないだろう。

会津藩預新選組隊士、桜庭鈴花、唯一人だ。

しかし道行く人の視線も気にした様子もなく・・・・というか、気にする余裕もないのか、鈴花は考え込んでいた。

その目の前には、綺麗に陳列された、二本の簪がある。

一本は茜色の可愛らしいトンボ玉の付いた簪。

もう一本は透かしの桜が美しい銀の簪。

「う〜〜〜〜〜」

もう一度鈴花が頭を抱えたちょうど、その時

「鈴花さん?」

見知った声に、鈴花は反射的に振り返った。

そしてそこに見慣れた人物を見つけて、気が抜けたように笑った。

「平助くん。」

呼ばれて、少し後ろに立っていた青年がほっとしたような顔をした。

紺の絣の着物に大小を差した、幼顔の青年・・・・藤堂平助はてくてくと側に寄って来る。

「何してんのさ?今日って鈴花さん、非番だったでしょ?」

「うん、そう。それで文に使う紙とか、細々した物を買おうと思ってここまできたんだけどね。・・・・これに捕まっちゃって。」

苦笑しながら鈴花はさっきから見つめていた二本の簪を指さした。

それを覗き込んだ平助は、きょとんとした顔で言った。

「簪?」

「うん。ここの前を通った時に目にとまっちゃって。」

「へえ、鈴花さんもこういうの買うんだ。」

なんだか酷く感心されたような言い方に、鈴花はちょっと複雑な気分になって、冗談半分に平助を睨んだ。

「私だって少しぐらい女らしい物も買うよ。」

「そっか・・・・そうだよね。で、この簪が欲しくなった?」

「うん。そうなんだけど・・・・」

はあ、と当初の悩みを思い出してため息をつく鈴花に、平助は首をかしげた。

「どうしたの?」

「それがね、この簪・・・・実は両方とも欲しくなっちゃったの。でもちょっと・・・・その、高くてどっちかしか買えないんだよね。」

そう、鈴花が簪二本とにらめっこしていた訳はそこにあった。

給金がもらえるとはいえ、そうそう無駄遣いをするわけにはいかない。

でも・・・・。

「こっちのね、トンボ玉の付いてる方。これはすごく可愛いと思うんだけど、この銀の方は江戸から出てきた時、照姫様が下さった着物にとっても合いそうなの。」

「なるほどね。それで、さっきから店先で悩んでたわけ。」

「うん・・・・」

再び鈴花がため息をついて、簪に目を移した。

その途端 ―― ひょいっと横から伸ばされた手に、トンボ玉の付いた方の簪がさらわれた。

「!?」

驚いてそのまま追いかけた視線の先で、簪をさらった腕の主、平助が目の前に簪をかざして鈴花と簪を見比べていた。

「平助くん?」

何がしたいのかわからず眉を寄せる鈴花に、平助はにっと笑って言った。

「うん、確かにこっちのが鈴花さんに似合うね。」

「え?」

「俺はこれ買うよ。」

「は?」

「だからあんたははそっちの買うといいよ。」

「な、何言ってるの?」

「いいから、いいから。おじさーん!」

鈴花が訳がわからず目を白黒させているうちに、平助は店の主人を呼んでさっさと会計を済ませてしまった。

「ありがとうございました。」

「ほら、鈴花さんも。」

「え?あ、その、これ・・・・」

「はい、こちらの簪でございますね・・・・」

言われるがままに、とりあえず鈴花は銀の簪を自分で買い、一足先に店先を離れていた平助を追いかけた。

「平助くん、一体・・・・」

「はい。」

追いかけて、さあ、これから問いつめるぞ、と思った鈴花の前に差し出されたのは・・・・さっきのトンボ玉の付いた簪だった。

「え?はいって・・・・」

「だから、鈴花さんにあげるよ。」

「ええ!?」

驚いて目を見開く鈴花に、平助はちょっと機嫌を損ねたような顔をする。

「なんだよ。俺が贈るのはそんなに変?」

「え、変とかじゃなくて・・・・なんていうか、意外っていうか・・・・。で、でも平助くん、そんなのもらう理由ないよ?申し訳ないし・・・・」

慌てたように言いつのる鈴花の手を平助は急に掴んだ。

そして引っ張り寄せて、その掌に簪を乗せる。

「いいの。鈴花さんにあげるって決めて俺が買ったんだから。でも、理由がないって言うなら、そうだな・・・・」

そう言って平助は一瞬悪戯っぽい表情を閃かせで、言った。

「今度、その簪付けて俺と『でえと』してよ。」

「え!?」

(『でえと』って、梅さんの言ってたあの『でえと』!?)

物珍しい響きを持った単語に、鈴花はますます目を見開いた。

(だって、『でえと』って・・・・確か、恋仲の男女が二人で出かけることじゃなかったっけ?)

それをわかって言っているのか、それとも聞きかじりの知識で言っているのか計りかねて思わず平助を伺う。

しかしいたって取り乱した様子もない平助の表情からは何もつかめなくて、鈴花はますます混乱した。

そんな鈴花の様子を楽しげに見ていた平助は、最後の念押し、とばかりに鈴花の掌に簪を握らせて、言う。

「約束だからね?」

「え、あ、・・・・うん。」

「よし!じゃ、帰ろうか。」

「うん・・・・」

いまいち釈然としないまま、鈴花は歩き出した平助の後ろを歩き出す。

そして歩きながら、そっと手の中の簪を見た。

さっきもすごく欲しかった可愛い簪。

―― けれど、なんだか今はその時よりももっと、ずっと大事な物に思えて。

鈴花は口元に浮かぶ微笑みと一緒に、大事そうに簪を握りしめた。

そしてそれを懐にしまうと、少し弾みをつけて小走りに前を行く平助を追い越す。

そしてくるっと振り返ると、言い損なっていた大事な言葉を口にした。

「平助くん、ありがとう!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

・・・・なんだか照れくさくて、さっさと前を向いてしまった鈴花は知らない。

―― 鈴花の笑顔と、素直な言葉に赤くなった頬を隠すために平助が思わず口元を覆ったのを。










―― 『でえと』の本当の意味を平助が知っていたかどうか、鈴花が知るのはこの数年後の事















                                              〜 終 〜











― ひとこと ―
もちろん、平ちゃんは知ってましたとも、『でえと』の意味を(笑)





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