お医者様の薬
「医者の不養生、ですね。」 苦笑と共に望美にそう言われて、寝床に転がったままの弁慶は、バツが悪そうに顔をしかめた。 弁解のために声を出そうとした途端、こほっと咳が出る。 それを聞いた望美が、弁慶の額の髪を掻き上げて、掌を乗せた。 「う〜ん・・・・、まだ熱があるかなあ。でも、ここのところ、風邪が流行ってて忙しいのはわかってましたけど、休まずに働いたりするからですよ?」 「・・・・はい。」 まったくもって、望美の言うとおり。 弁慶は天井を向いて一つため息をついた。 確かにここのところ、風邪が大流行で弁慶の所にやってくる人が絶えず、休む暇もなく働いていた。 何度か心配した望美が休んだら、と言ってくれるのもやんわりと断ってまで。 おかげでばっちり風邪をもらってしまった身としては言い返す言葉もない。 「すみません。君が心配して言ってくれた事を聞き入れなかったから・・・ゴホッ・・罰があたりましたね。」 「そうですよ!弁慶さんはもう少し自分の体も労って下さい。」 「え・・・・」 そう言われて、一瞬どことなし違和感を覚えた弁慶は、すぐにその理由を思いつく。 (ああ、そうか。僕は自分を労るなんていう事を大分長いことしていなかった・・・・) あの清盛への呪詛で京の龍脈を狂わせて以来、自分の身など顧みずがむしゃらに戦いに身を投じていたから。 (どちらにしろ、目的を達した時には僕はこの世からいなくなる予定でしたしね。) 今、傍らでなんだかんだ言いつつも、かいがいしく世話をしてくれている望美が ―― かつて龍神の愛し子であった彼女が弁慶を選んでくれなければ。 弁慶はすぐ枕元で布を絞っている望美に目を移す。 そしてゆっくり微笑んだ。 「そうですね。僕には望美さんがいますしね。」 かつて、目的を達するまで必要なだけだった身ではなく、護りたい者が沢山出来た今の自分。 何より、望美の側で望美を幸せにするためには、自分が体をこわしていてはどうにもならないのだから。 そう言うと、望美はにっこりと笑った。 「わかってくれればいいんです。」 尊大そうに言うものの、望美の目はとても優しくて、弁慶はちょっとくすぐったくなった。 こんな風に誰かに心配されるのは、どうにも慣れていなくて、嬉しいような恥ずかしいような気分に少し戸惑う。 「弁慶さん?大丈夫ですか?具合、悪くなりました?」 弁慶が黙ってしまったせいで体調が悪くなったと勘違いしたらしい望美に、弁慶は首をふる。 「いいえ、大丈夫です。」 「?ならいいんですけど・・・・。あ、そうだ。これ、飲んで下さいね。」 そう言って望美が差し出したのは、薬湯らしい液体の入った湯飲みだった。 鼻を突く匂いで中身は大体想像がついて弁慶はゆっくり起きあがりながら望美を見る。 「望美さんが調合してくれたんですか?」 「はい。あ、ちゃんと弁慶さんが教えてくれたとおりにしましたから、大丈夫ですよ。」 慌ててそう言う望美に、少し笑いながら弁慶は湯飲みを受け取った。 「大丈夫ですよ。例え多少違っていても望美さんが僕のために・・ゴホッ・・・煎じてくれたなら、それだけで薬になりますから。」 「〜〜なんか、ちょっと複雑なんですけど・・・・」 照れるところなのかなあ、と首をかしげている望美を横目に、弁慶は薬湯に口を付けた。 下の上を苦みが走って弁慶は僅かに顔をしかめる。 (自分で調合したとはいえ・・・・) 苦い、と思ってしまって弁慶は苦笑する。 薬師が自分の薬で顔をしかめているなど、笑い話だ。 と、思ったら、ぷっと堪えきれなくなったように吹き出した声が聞こえた。 「望美さん?」 「ご、ごめんなさい。だって・・ふふ、弁慶さんってば、すごく苦そうなんだもん。」 口元を押さえて肩を震わせている望美に、弁慶は誤魔化すように薬湯の残りを飲み込んだ。 「・・・・ありがとうございます。」 空になった湯飲みを望美に返すと、それを受け取って望美はにこっと笑った。 「よく飲めましたね。ご褒美をあげますよ。」 ちょっと芝居がかった言い方は、弁慶が子どもの患者が苦い薬湯を飲んだ時に言う言葉で。 「望美さ・・・・」 開きかけた弁慶の口は。 ちゅっ 啄むように触れた柔らかい感触に、ぽかんっと開けたままで止まった。 (今・・・・) 瞬きして思わず望美を凝視してしまう弁慶の前で、望美は照れたように早口で言う。 「ご褒美、です。早く元気になって下さいね。」 そう言うなり、わたわたと桶やら薬湯の湯飲みやら持って部屋から出て行ってしまった望美の後ろ姿を見送って・・・・遅ればせながら、弁慶は自分の唇に確かめるように指をあてる。 そして・・・・ 「〜〜〜熱、上がりましたよ。望美さん。」 口元を覆うようにして、おそらく真っ赤になっているだろう頬に触って弁慶は思わず呟いたのだった。 〜 終 〜 |