snow and flame
ちらり、ちらり・・・・ 「あ・・・・」 曇天から舞い始めた銀色の欠片に、ヒューゴは立ち止まって顔を上げた。 「おお、雪か。どうりで寒いと思ったぜ。」 数歩先で、ヒューゴを振り返ったジョー軍曹が同じく空を見上げて言った。 確かに、グラスランドの会合に出席するために訪れた時からダッククランは随分冷え込んでいた事を思い出す。 「もう、年が変わる季節だし。」 冬も冬の真っ盛り。 カラヤクランでも、さすがに寒さを感じる時期なのだから、山沿いのダッククランで雪が降るのも不思議ではない。 「きっとビュッテビュッケ城あたりじゃ、一面真っ白だろうな。」 数年前、五行の紋章の戦いと呼ばれた戦いの時、本拠地にしていた自由商業都市の事を思い出してヒューゴも懐かしそうに笑う。 しかし、ちらり、とまた白銀の雪が目の前を横切った途端、はあ、とため息をひとつついた。 「?どうした、ヒューゴ?」 「え?・・・・別に」 「何もないって顔じゃないな。」 先回って言われてヒューゴは苦笑した。 「ジョー軍曹に隠し事はできないね。」 「当たり前だ。何年付き合ってると思ってる。さあ、言ってみろ?」 「別にたいした事じゃないんだ・・・・ただ、俺は雪は嫌いだな、と思ってさ。」 「嫌い?寒いからか?」 「あー、それもあるけど。その・・・・クリスさんを思い出すから。」 ちょっとだけ照れくさそうにそう言われて、ジョー軍曹は訳知り顔で頷いた。 「なるほど。会えない恋人を思い出すからか。」 「うん・・・・。」 頷いてヒューゴは雪を降らせる空を見上げる。 薄日を受けてキラキラ輝く銀色は、大切な人の銀色の髪を思い出させる。 お互い自由に会うことはままならない立場だけれど、次に出会う時を心待ちにしている恋人。 この間会った時には元気そうだったけど、ここの所の寒さで風邪なんかひいてないかな、とかあの銀の髪に触れたいな、とか思ってしまって。 「あー、早く会合終わらないかな。せっかくクリスさんが休暇取ってるっていうのに。」 「ほう、珍しいな。新年は行事やら何やら忙しいんじゃないか?銀の乙女殿は。」 「少しずつ公式の場に出るのを止めていくんだって。」 少し寂しそうな顔をしてそう語ったクリスを思い出して、ヒューゴはますます顔をしかめた。 (しまった。考えちゃったらまた、会いたくなった。) 目の前を舞い落ちる銀の粒に重なる面影を抱きしめるように、そっと掌に受け止めながらヒューゴは呟いた。 「クリスさん・・・・早くゼクセンで用済みになって、お嫁に来ないかな。」 「・・・・物騒だな。」 肩をすくめたジョー軍曹と、それを綺麗に無視したヒューゴの上に、雪は静かに降り注いだ・・・・ パチパチとはぜる暖炉の音を聞きながら、クリスは暖炉の炎を見つめていた。 ちらちらと燃える炎を、目を細めてとても、とても愛おしそうに。 「・・・・お嬢様。暖かい飲み物でもお持ちしましょうか。」 「そうね、お願いできる?」 近くで火の調整をしていた執事に言われて、クリスは頷いた。 そんなクリスの様子を見ながら、執事は微笑む。 「今年は新年の式典にはご出席なされないんでしたね?」 「ええ。体調不良、という事にしたよ。」 ひとつ、ひとつ公式の場から『クリス・ライトフェロー』という存在を消すために。 水の紋章を宿し、不老の体になったクリスはこの先確実に異端になっていく。 その時、いつでも自然に姿を消せるように。 「けれど、それほどお寂しそうではなくて安心いたしました。」 「そうかな?」 「はい。その炎が思い出させる方のおかげでしょうか?」 「!?」 少しだけ含みのある調子で言われて、クリスはさっと顔を赤くした。 思いっきり図星だったので。 「・・・・じい。」 「お飲み物を持って参ります。」 折り目正しく一礼をして退出する執事を見送って、クリスは炎に目を戻し、一人で苦笑した。 「からかわれてしまったぞ。お前のせいだからな。・・・・ヒューゴ。」 炎に被る面影の少年に文句を言って、クリスは苦笑を微笑みに変える。 今頃、クラン同士の話し合いで四苦八苦しているだろう年下の恋人。 同じ紋章を持ち、同じ時を持つ彼は、それでいてクリスとはまるで違う性質を持っていて、まさに炎のようだ。 真っ直ぐに、強く、柔軟で、優しい。 ヒューゴがいるから、命をかけて護った国(ゼクセン)から次第に忘れ去られなければならない存在になってしまっても、悲しい想いが少なくてすむ。 いつか、ゼクセンが『銀の乙女』という存在を必要としなくなったら、その時は。 「・・・・お前の所へ行けるものね。」 呟いて、くすぐったそうに笑ったクリスを、炎は優しく照らし出していた・・・・ 〜 END 〜 |