beautiful a sweetheat
「シルフィスって綺麗だよねー。」 「!?」 唐突に背中からかけられた声に、シルフィス・カストリーズはぎょっとして振り返った。 なんせ、今、騎士団の稽古を終えたばかりで、汗だくの頭だけでも取りあえずどうにかしようと、井戸で上半身裸で水を浴びていたところだったからだ。 もっとも、分化も無事にすんで性別が男性とはっきりしているので以前のような怯え混じりの驚きではないが。 とはいえ、完全に油断していたところにいきなり声をかけられれば驚くというもの。 ましてそれが・・・・ 「メイ!」 「やっほー♪」 少し距離を開けた後ろに立っていたのは、緋色の肩掛けをケープのように着用した大地の色を纏った少女 ―― シルフィスの分化の最大の理由であり、最愛の恋人でもあるメイ・フジワラだったのだから。 台風娘の字に相応しく、突然な登場の仕方に戸惑っているシルフィスにクスクス笑いながらメイは近づく。 「驚かせちゃった?」 「いえ、驚くというか・・・・」 「ごめんね。別に黙ってるつもりなかったんだけどさ。」 シルフィスがさっきまで浴びていた水で出来た水たまりを軽やかによけて、メイはシルフィスの側へよって彼を見上げた。 ほんの少し前までほとんど同じだった身長も、今は頭一つ分高い。 目の前に無造作にさらされている胸板は繊細なイメージとは裏腹に、しっかりとした男性のそれだ。 それらをなんとなくじっと見て、メイははあ、とため息を一つついた。 「ほんとに、綺麗だよねえ・・・・」 「?どうしたんですか?メイ。」 訝しげに聞かれて、メイは苦笑した。 「うん、実はね、シルフィスに用があって騎士院に来たんだけど、練習場にも部屋にもいないから、探してたの。それでここまできたら水音がしたから、誰かなって覗いてみたんだけど・・・・」 (もしシルフィスだったら驚かそうかな〜、とかそんな軽い気持で覗いたのに。) ―― その姿が目に入った途端、言葉を失った。 日の光の下で水を浴びるシルフィスの姿を見た途端に。 キラキラと輝く水しぶきは金色の髪を飾って、彼を輝かせていた。 思ったよりしっかりとした肩や腕は力強く、それでいて全体の線は洗練された彫刻のようで。 「・・・・すごく、すごく綺麗だったから・・・・」 言いしれぬ不安が胸をついた。 シルフィスの隣に自分は立っていていいのだろうか、と。 (そりゃ、ムカツク他の女とかに嫌みで言われることはあったけどさ。) そんな時は鼻で笑えた。 嫉妬心やら虚栄心から出てる言葉なんか、気にもとめなかった。 けれどそんな言葉の100や200よりずっと、さっきの光景はメイを不安にさせたのだ。 急に鼻の奥がツンッとしたのを感じて、メイは慌てて肩をすくめた。 こんな不安は笑い飛ばしてしまうに限る、とばかりに。 「ちょっと、不安になっちゃった。シルフィスってば神様とかに気に入られて連れて行かれそうだな、なーんて」 「メイ」 まくし立てようとした言葉を穏やかに、でもきっぱりと遮られて驚いてメイはシルフィスを見上げた。 ―― 瞬間、メイは本能的に、一歩後退してしまった。 見上げた先にあったのは、にっこりと笑ったシルフィスの顔だった・・・・が、メイはもう知っている。 こういう笑顔の時のシルフィスは。 「お、怒ってる・・・・?」 「メイ。」 質問には答えずに、メイが後ずさった分を一歩で縮めてシルフィスはメイの腕を掴んで捕まえた。 「私が綺麗だというなら、貴女の方が何倍も綺麗でしょ?この髪も」 そう言ってさらっとメイの髪に指を絡めて、シルフィスはその一房に口づける。 短いメイの髪に口づけるのだから、顔のすぐ真横にシルフィスの顔が来てメイの鼓動が大きく跳ねた。 「シ、シルフィス。」 赤くなっていく顔を自覚してメイは慌てるが、シルフィスはお構いなしに、今度は握っていた手を掬い上げる。 「この小さな手も。」 ちゅっ 「ひゃっ!」 「この額も、頬も、鼻も、瞳も」 言うたびに、シルフィスはメイの額に、頬に、鼻先に、瞼に、キスを落とす。 「何もかも、メイという人が私にとっては何より綺麗なのに。」 「わ、わ、わ、わかったから〜!(///)」 完全に耳まで真っ赤になって、メイは必死にシルフィスを押し返した。 (こ、これ以上聞いてたら心臓が壊れる!) 切実な危機感の下、思わず叫んだメイの耳にクスクスと小さな笑い声が届く。 「〜〜〜シルフィス?」 まさか、と思って上目遣いに睨み付けると、シルフィスは妙に可笑しそうに笑っていた。 「〜〜〜〜〜〜〜〜意地悪!」 「メイが悲しいことを言うから、仕返しですよ。」 「悲しいって・・・・」 「だって、そうでしょ?」 そう言って、シルフィスは開けられた分の隙間を縮めると、メイの頬にそっと触れた。 そして少し寂しそうな笑顔で言う。 「他の誰からどういわれようと気になりませんが、貴女に距離を置かれるのは耐えられないんです。綺麗なのが嫌なら、いくらでも自分を崩してしまってもかまわない。」 「そ、それは駄目!!」 慌てて否定するメイに、シルフィスはくすっと笑う。 「私はどんな姿でもメイが好きです。どんな姿だったとしても、メイに好きになって欲しいと望むと思います。だから。」 距離をおかないで。 敬遠しないで。 そんな切な願いの声が聞こえたような気がして、メイははっとした。 未分化だった頃、シルフィスが外見の事でコンプレックスを抱えているのを誰より知っているのはメイだったのに。 「・・・・うん、ごめんね。」 言葉にした途端、後悔でぎゅっと痛んだ胸の命じるがままに、メイは手を伸ばしてシルフィスを抱きしめた。 「ごめん、ごめんね。シルフィス。」 「・・・・メイ、顔を上げて下さい。」 言われて、そっと顔を上げると。 今度こそ、シルフィスが笑っていた。 金色の髪に縁取られて、それはものすごく綺麗だったけれど ―― さっきの何十倍も綺麗だったけれど、メイは今度は不安には思わなかった。 ただ、嬉しくなった。 「私も、大好きだからね。シルフィス!」 「はい。」 嬉しそうに、それは嬉しそうに微笑んで、降りてくる口付けを、メイは唇で受け止めた・・・・ ―― 後日、井戸端でキスをする二人の姿が一枚の絵のように綺麗だったと、騎士院内でたいそう噂になったとか。 〜 END〜 |