カタチのないキス



麻衣が楽しそうに笑いながら、僕に話しかける。

気配は感じられるようになったと言っていたけれど、姿の見えない僕に。

一人で暮らすようになったばかりの部屋で、夕食を作りながら。

「・・・・って、坊さんが言うからつい笑っちゃってさ。」

『それでナルはどうしたの?』

「もちろん怒ったよ、空気がキーンって冷えた感じで。」

戯けて見せながら、麻衣は手慣れた手つきでフライパンを返す。

―― 時々、錯覚しそうになるんだ。

麻衣があんまりにも普通に僕に接するから。

まるで、僕はここに生きて存在しているような錯覚をしてしまう。

・・・・それは甘美で、残酷な感覚。

だって僕は君に出会うよりも前に、この世の生を終えているんだから。

だから、本当は無いはずの存在。

無いはずの・・・・君との恋。

――・・・・だけど

「それでね、また真砂子が」

『麻衣』

手早くフライパンの中身をお皿に移してコンロに置いた、その背中をそっと抱きしめた。

途端に、驚いたように麻衣の動きが止まる。

そして、探すように視線を彷徨わせる。

君に、僕の姿は見えていない、と感じるのはこんな時。

わかっているのに、切なくて、それを誤魔化すように麻衣の唇に、唇を重ねてみる。

じゃれつくような仕草で、唇に感じるのはほんの僅かな、感触だけ。

淡い淡い感触だけが、そっと唇に残る。

それは誰もが言う、この恋の儚さに似ているけれど・・・・






「〜〜〜〜〜ジーン!」





頬を真っ赤に染めて、怒った振りをして・・・・君が笑うから。

淡い淡い恋が、現になる。

「もう、フライパン落としちゃうところだったよ。」

『ふふ』

「あたしは不意打ちできないのに。」

不満そうに言う麻衣は、やっぱり笑っている。

だから、僕はここに在る事が出来る。

君がこの恋を在る物にしてくれている間は、僕も在る事が出来るんだと思う。

・・・・もし、麻衣がこの想いをずっと抱いていくというのなら、ずっと。

―― 僕は、君のそばにいるから

「ええい!今度、『夢の中』で会う時は覚えててよ!」

『楽しみだね、麻衣。』

微笑んだ僕は、君には見えないはずなのに。

―― まるで微笑み合うように、麻衣はにっこり笑った・・・・















                                          〜 終 〜











― ひとこと ―
暗くなりすぎずジーン×麻衣を書くのは難しいです(汗)ちゃんと、切ないけど甘い話にできているといいのですが。







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