美味しいもの
「あ〜、なんで上手くいかないの〜?!」 2/14日早朝、情けない悲鳴が女王候補寮のアンジェリーク・コレットの部屋に響いた。 悲鳴の主、アンジェリークは私室に作りつけられていた台所でコンロの上にある鍋を見下ろして溜め息をついた。 鍋のなかには水が入ってしまって分離したチョコレートのボールがある。 「まったく・・・なんでチョコレートって難しいのかしら。」 心の底からの呟きを零してアンジェリークはボールを流しに移して洗い始めた。 ―― 実はアンジェリークがこんな風に呟くのは初めてではない。 昨日から、アンジェリークは延々チョコレートとの格闘を繰り広げているのだ。 しかしふと目を移して見れば隣の部屋にある彼女の机の上には綺麗にラッピングされた12個の包みが乗っている。 12個、それなら守護聖さま9人教官3人で数はあるはず。 ・・・ところが、これが1つ足りないのである。 アンジェリークがプレゼントしようとしたチョコレートの数はいつも広場にいる商人さんを含めて13個。 そして彼女がこれ程までに頭を悩ます最後の1個の送り先は・・・ 「このままじゃ、セイランさまに差し上げられないわ。」 そう、感性の教官であるセイランのためのチョコレートでアンジェリークは悪戦苦闘しているわけである。 他のプレゼントを作って、最後にセイランへのチョコレートを作ろうとしてアンジェリークは行き詰まってしまったのだ。 上手に作ろうとすればするほど、失敗作ばっかりが増えていく。 さっきのような固める前に失敗する場合以外にも取りあえず作り上げてみたものの気に入らなくて溜め息と共に冷蔵庫にしまわれた物も沢山あるのだ。 もちろんアンジェリークが料理下手だというわけではない。 彼女の手元を狂わせている理由は2つ。 1つ目はアンジェリーク自身の想いのせい。 冷たい言葉と態度で最初は苦手な人だと思っていたセイランをいつの間にか、誰もかなわない程アンジェリークは好きになってしまっていた。 でも女王試験中の自分が彼に想いをつたえるわけにはいかないから、せめてバレンタインに送るチョコレートにほんの少しでも気持ちを込めたかった。 そしてもう1つの理由はセイランの言葉。 以前に好きな食べ物を聞いた時、彼はあっさりこう言ったのだ。 『美味しい物。』 これほど単純な答えはない。 その時はアンジェリークもセイランさまらしいっと笑っていたのだが、いざ彼にプレゼントをするとなってその答えの凶悪さに思わず頭を抱えてしまった。 なんせアンジェリークは『自分の気持ちが少しでも伝わるような、セイランも満足する美味しいチョコレート』という代物を作らなくてはいけなくなってしまったのだから。 「・・・もう、どれかで妥協しようかしら・・・」 冷蔵庫の中で眠っている失敗とも言えないような失敗作を思ってアンジェリークが溜め息をついた、ちょうどその時 ―― ―― ピンポーンッ 「えっ?!こんな時間に?」 部屋に響いた呼び鈴の音にアンジェリークはぎょっとして台所から出た。 なんたって現在時間は7:00前である。 恐る恐るドアの覗き穴から外を確認したアンジェリークは再びぎょっとするはめになった。 ドアの外に立っていたのは、アンジェリークを死ぬほど悩ましている張本人、セイランだったのだから。 「セイランさま?!どうかしたんですか?!」 大慌てでドアを開けたアンジェリークにセイランは相変わらずの表情で言った。 「おはよう、アンジェリーク。」 「は・・あ、おはようございます。じゃなくって!どうしたんですか?こんな時間に・・・」 「ああ、ちょっと気になることがあったからね。・・・ところで僕をここに立たせておく気かい?」 「あ、どうぞ・・」 アンジェリークは慌ててドアを開けてセイランを部屋へ招きいれた。 幸い台所はえらいことになっているが、部屋の方は綺麗なままだ。 「今、お茶をいれますね。」 そう言って台所の方へ行こうとしたアンジェリークの手をいきなりセイランが掴んだ。 「セイランさま?!」 「あの中に・・・」 目で机の上につんであるプレゼントの山を示してセイランはポツリと言った。 「あの中に僕あての物はあるのかい・・・?」 「え・・・」 ポカンッと見開かれたアンジェリークの瞳にセイランはそっと目を伏せて彼女の手を離した。 「ごめん・・・おかしいんだ、僕は。 バレンタインなんていう風習はくだらないものだと思っていたのに、君が誰かに贈るか気になって仕方がなかった・・・。 絵筆をとっていても、ピアノを弾いていても無駄で、こんな時間にきてしまった。 おかしいんだ。これじゃあ・・・」 言葉を切ったセイランはくしゃっと前髪を掴んで切ない声で言った。 「誰かを愛するただの男と同じだ・・・・!」 「セイランさま・・・」 突然のセイランの告白にアンジェリークの寝不足の頭は目一杯パニックに追い込まれた。 「ちょ、ちょっと待ってください。それってどういうことですか?」 「は?」 「誰かを愛するって誰を愛してるんですか?」 ・・・目一杯大ボケである・・・ 「は、あはははは!!」 セイランは弾けるように笑い出した。 「アンジェリーク!君をだよ!僕は君を愛してる!」 「は?!ええええーーーーー?!」 やっと意味を理解して目を丸くしたアンジェリークをセイランは無造作にぎゅっと抱きしめた。 「僕にもチョコレートをくれるかい?」 耳元で囁かれてやっと頭が落ち着いてきたアンジェリークは小さく溜め息をついて言った。 「いくつでも。もう、セイランさまのために嫌ってほど・・・あ」 「僕のために?」 あわてて口を押さえたアンジェリークをセイランが覗き込む。 「・・・私、セイランさまに美味しいって言って欲しくていくつもチョコレート作ったんです。でも、全部美味しくない気がして・・・」 思い出したのか、ちょっと俯いてしまったアンジェリークは見損ねてしまった。 セイランが今まで見せた事がない嬉しそうな笑みを浮かべたのだ。 そして軽く彼女の額にキスをして言った。 「君の作ったチョコレート、全部食べさせてくれる?」 「え?でも・・・」 躊躇したアンジェリークにセイランはフンワリ笑って言ったのだ。 「君が僕のために作ってくれた物が美味しくないはずないだろう? ・・・愛情が入ってるんならね。」 「!・・・はい。」 一瞬驚いたアンジェリークは、すぐに頬を染めて頷いたのだった・・・ 〜 Fin 〜 |