茶飲み話
山盛りの桜餅を前に、湯飲み片手に幸せそうにしている島田と桜庭。 新選組隊士の間では見慣れた、隊士切っての甘党の光景だが、今日は少し要すが違うようだ。 否、桜庭鈴花の方はいたって幸せそうに桜餅にかじりついているが、様子がおかしいのは島田の方。 さっきから何度も、居心地悪そうに座り直して、開いた襖から見える庭をしきりに気にしている。 ・・・・それもそのはず。 「・・・・あの、桜庭さん」 「なんですか?」 「その・・・・何か、見てるよ?」 言ってから島田はちらっと庭に視線を走らせた。 そうやってみても、庭には別段人影は見えない。 が、そっちの方向から飛んでくる強い視線は隠してるとは全然思えないぐらい露骨だ。 (・・・・たぶん、あの人なんだろうけど。) 姿が見えずとも、視線と状況で想像が付いてしまった青年を思い浮かべて島田は引きつった。 誰もが認める隊長格なのに、目の前で大福を頬張っている少女の事となると人が変わる青年を。 しかし、それに気が付いているだろう鈴花は急に不機嫌そうに顔をしかめてぷいっと庭から視線をそらしてしまった。 「いーんです!しばらく口聞かないって決めたんです。」 「ど、どうして?」 一段と視線が厳しくなったような気がして、どもってしまう島田に、鈴花は桜餅一つ分時間を空けてぼそっと言った。 「・・・・だって、斎藤さんってば恥ずかしいって言ってるのに・・・・」 「え!?な、何かされたのかい!?」 「あ!いえ、別に、その・・・・」 無理矢理何かされたのか、と顔色を変える島田に、慌てて鈴花は両手を強くふって否定した。 「別に、酷い事とかじゃないんです。・・・・その・・・・嫌だったわけでもなくて。」 最後の一言は庭にいるだろう斎藤には聞こえないように、小さく言って鈴花は顔を赤くした。 「ただ、とにかく恥ずかしかったんです。だって、斎藤さん・・・・先日賄所で私がちょっとだけ指を切ったら・・・・」 「切ったら?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・舐めたんです・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 ぽふっと音がしそうな程、真っ赤になって消え入るように言う鈴花に、島田は「ああ・・・・」と呟いて苦笑した。 あの人ならやりかねない、と納得して。 「周りに他の隊士だっていたんですよ!?みんな困った顔しちゃってるのに!大丈夫ですっていくら言っても離してくれないんですもん!私、恥ずかしくて・・・・・」 (きっとそれは、その場にいた他の隊士への牽制もあったんだと思うけど・・・・) それにしても、乙女心がわかっていないというか、なんというか。 これが近藤か土方なら、へそ曲げてしまった彼女の機嫌の直し方まで考えてやるのだろうが、そこのあたりが斎藤の不器用きわまりない所なのだろう。 おそらく突発的に動いてしまったのだろう、斎藤にいささか同情しつつも、目の前でぐっと拳を固めている鈴花を前にそれを口にすることは出来ず。 「だから、しばらくは口聞かないんです!それで反省してもらうんだから!」 (・・・・そんな事で反省するとは思えないけど・・・・) との、心の声は口には出せず。 不器用な男の恋を思って、島田はしみじみと桜餅を囓ったのだった。 ―― とりあえず、自分が視線で射殺される前に仲直りしてほしい、と切実に願いながら。 〜 終 〜 |