苦手な物
2/14。 呑気に、この上なく平和な小春日和のその日、鋼の守護聖ゼフェルは自分の執務室で何やら細かい部品を組み立てていた手を止めて、ふと溜め息を付いた。 もっぱらの喧嘩友達であるランディあたりがみたら『お前熱でもあるんじゃないのか?!』と絶対に医務室に連れ込まれていただろう。 しかしゼフェルが溜め息なんかつくのは熱のためでも、ましてやバレンタインに過ごす相手もいない不幸せな自分を憂えているわけでもない。 ゼフェルは他の守護聖達の羨望を浴びるほどの幸せまっただ中なのだから。 ―― かつての女王候補であり、現在の女王補佐官であるアンジェリーク・リモージュを手に入れた者として。 アンジェリークとゼフェルが恋人同士になったのは女王試験も終わりに近い頃だった。 突然鋼の守護聖という立場を押しつけられ、聖地に家族とも友人とも引き離されるように連れてこられ、鋼の守護聖となったゼフェルはその頃ひどく荒れていた。 自分の意志も無視して連れてこられた世界で責任や役目を煩く押しつけてくる他の守護聖達も、お高くとまった女王候補も気に入らなかった。 ・・・ただ、その中で一人だけ、アンジェリークだけがひどくゼフェルの目をひいた。 のほほんとしてきついことを言えばすぐ涙ぐんでしまうような弱い少女かと思えば、徹夜続きで貧血を起こしたゼフェルを気遣って「ちゃんと寝てください!」と本気で怒る。 くるくる変わる表情は見てて全然飽きなくて、むしろずっと彼女を見つめていたい気になった。 甘い、フワフワした綿菓子みたいな女の子がささくれだったゼフェルの心をゆっくり包んで・・・いつの間にか、すっかり住み着いていた。 そのことを自覚した時にはもう女王試験は終わりに近づいていて、迷う暇がないと知ったゼフェルは今では考えられないような思い切った行動に出た。 自覚したて、でも譲れない想いをアンジェリークにぶつけたのである。 『女王の椅子じゃなくて、俺の側にいろよ。お前を大切に想うのは俺一人で十分だ!』 投げつけるような、彼らしいといえば彼らしい告白にアンジェリークは泣きそうな笑顔で頷いてくれた。 ―― そしてアンジェリークの試験放棄という形で女王試験は終止符を打った。 まあゼフェルにとって誤算はロザリアが意外にもアンジェリークを気に入っていて、ゼフェルの妻という形で聖地に残るのではなく、女王補佐官にアンジェリークが就任した事。 本当はさっさと自分の嫁さんにもらって他の守護聖から彼女を遠ざけたかった所だが、アンジェリークがくるくると楽しそうに補佐官の仕事をこなしているのを見るのも結構楽しかったのでそのぐらいは妥協した。 そんなわけでゼフェルはまさしく人も羨む幸せ絶頂期なのである。 しかしそれならなぜ、天下のバレンタインデーに溜め息なんぞついているのか? 答えはいたって簡単。 問い:バレンタインデーにもらう物はなにか? 答え:チョコレート 当たり前の事なのだが、ゼフェルはこのチョコレートを含む甘いモノ全般がすこぶる苦手なのである。 「あいつ、きっと張り切って作ってやがるよな・・・」 昨日、私邸への帰りがけにいかにもチョコレートの材料らしき物を買い込む彼女の姿を見ているから、それは間違いないだろう。 アンジェリークのことだ。 きっと張り切って、一生懸命それはそれはあま〜いお菓子を作っていることだろう。 「・・・食わなきゃ怒んだろうな。」 怒る、というよりたぶん泣くだろう。 ゼフェルにとってそれ以上の最悪の事態はない。 以前、喧嘩して泣いて怒ったアンジェリークが一週間の間ものの見事にゼフェルを避け続け、その間会いたい気持ちとプライドの間で死ぬほど苦しんだ経験からか、あれ以来彼女の怒りを現す涙ほど恐いモノはない。 はあ、とまた溜め息をついてゼフェルは手の中の小さな箱に目を落とした。 それはまだ完成していない部品がいくつも詰まった、作りかけのオルゴール。 デザインはオリヴィエにしてもらった色ガラスを上手く使った繊細な、それでいてどこか素朴な可愛いそれ。 ゼフェルは思わず苦笑する。 「・・・でもまあ、俺もお返しなんか用意しているあたりが、馬鹿だよな。」 なんだかんだ言ってアンジェリークが笑ってくれるなら、何だってできるのだ。 甘いモノを部屋いっぱい食べろと言われてもアンジェリークが笑ってくれるならきっとやってしまうであろう自分の馬鹿さ加減には呆れてしまう。 今だってもう一週間も前から考えていた彼女のチョコレートへのお返しのプレゼントを必死で組み立てていたりして・・・ ふとゼフェルは常では考えられないような優しい微笑みを唇にのせた。 「ま、チョコだろうが何だろうが、あいつが俺への気持ちを込めてくれるっつうんなら食ってやらない事もない、か。」 アンジェリークが自分への気持ちを込めてくれるなら、甘くないモノでもきっと甘く感じるだろう。 だったらチョコレートぐらい軽く食べられるかもしれない。 「・・・そう考えれば、悪くないかもしれねえな。」 ゼフェルがそういってオルゴールの最後のねじを締め終わったその時 ―― トンットンッ 聞き慣れたノックの音に跳ね上がった鼓動を押さえてゼフェルはオルゴールを引き出しに入れると、彼の愛する天使を迎えるために言ったのだった・・・ 「入れよ!待ってたぜ。・・・アンジェリーク」 〜 Fin 〜 |