まだ車が少ないある日の朝、仙台市卸市場の見学を終え、広い道のわずかの直線でスピード違反で捕まってしまった。車の前に、2人のお巡りさんが飛び出してきて、1人は高くあげた手を横に振って、止まれの合図。もう1人は、書類と手帳を体の前で挟むように持って、近づいてくる。道の奥横にある、警察の車の周りを何人かのおまわりさんが待機しいる。始めての違反切符に苦笑いが自然に出てきてしまった。
仙台の中央卸売市場には、野菜と魚の卸会社4社と仲卸会社、精算会社、運送会社など数多く集まっている。この企業群に食い込むには、オフィス業務だけでなく市場の現場を知らなければと決意し、ここまで7回の徹夜に近い見学をした。見学を終わって、着替えのために急いで自宅へ帰るところであった。
市場作業の流れは、零時過ぎからまづ遠くからの荷物が搬入され、4時頃からは近くの野菜が集まり出す。広いスペースは”セリ”がスムーズに進むように区切られており、配置に従って荷受け作業が進められる。
5時には市場全体が活気を帯び始め、5時半頃に朝のすんだ空気を突いて、あのつぶした声でのセリが2〜3ケ所で始まる。急に賑やかになった中、隅まで通る声で数十名のセリの集団を、流れるように捌くその姿は市場の象徴である。
6時半には、主役は次の仲卸さんの商売へと移っていく。生産者の一部は、前々日に既に売買が完了した伝票を持ちながら、精算会社の前に列をつくり出す。配送業者さんは、気合一瞬で詰め込み作業を終え、目的地に向かって車を出し始める。8時前には、さっきまでの活気に満ちた動きが嘘のように静まり、ここからは伝票処理中心のオフィス業務に移っていく。市場はがらんとした単純に広いスペースなる。
初めの頃は、作業のじゃまになったり、迷惑に受け止められないように、隅の方から見るようにした。しかし、市場で働く人はみんな明るく、開放的な気質である。掃除の人まで活気があり、気持ちが良い。
何回か見学している内に、市場の人は気さくに”おはよう”と声をかけてくる。細かいことは気にせず受け入れてくれる雰囲気に、何時からか自分も挨拶をしながらセリの輪の中に入って見学出来るまでになっていた。
東北地方は有力な果実の生産地も多い。その東北の主要拠点の位置にあるS青果は、他市場への影響も大きかった。残念ながら、既にS青果は当社の
ライバルメーカーとパートナーの関係を築き、東北のユーザー会の役員としての囲い込みも行われていた。
この市場のS青果へのリプレイス提案も終わり、今日は役員への説明会である。ここまで、提案が良いのか、悪いのか全く反応がなく、意外と早くこの説明会が設定された。社長を除く4人の役員の前で、主任の私と担当と2人だけ。実は全くリプレースの可能性がない為、上司に依頼できずに2人で実施した通常では考えられない「役員説明会」だった。
所詮、「当社と、この説明会を持つことによって、ライバルメーカーにプレッシャーを与える」、「ライバルメーカーと違う良い提案があったら、アイデアを応用する」と言うのが、常識的なところである。2人だけで説明会に挑むことを伝えても、それで良いと言う。その程度の受け止めかと、一寸は残念な気がしたが、重要性の低い説明会なら、単純にかき回す事が目的と腹を決めた。
ところが説明に先だって、担当の役員Iさんが私たちを紹介してくた内容は、実績もあるメーカーだし、営業も熱心だしと、こちらを友好的にPRしてくれるのでびっくりした。出席の役員も、これから他社の説明を受ける緊張はなく、和やかな雰囲気だった。説明の後は、”この件は担当役員Iさんの選任事項だから”と言う意外とあっさりした締めで終了してしまった。
数日後I担当役員から、”社長に最後の挨拶をして欲しい”と電話があった。さらに”責任のある人を連れてきて欲しい”と念押しがあったのは、説明会のように担当だけが来る事の無いように心配しての要請であった。2人で唖然としてしまった。
後で聞いた話では、、新システム切り替え案を説明したところ、今、熱心に現場見学をしている当社の方がいいのではと言う意見があったという。ライバルメーカーのセールスに若干疑問を感じていた事もあったが、なんと言っても、全ての役員が現場見学の事実を既に知っていた事が大きな要因だったと言われた。
市場は公共性が強く、厳しい行政の監査の下に運営されている。時々早朝から、背広を着て市場内をうろうろしている人間がいれば、従来は殆ど監査と思って間違いなかった。従って、見学度に現場始め役員(毎早朝から交代で立ち会う)にまでチェックが入るのは当然で、S青果では有名人になっていたという。現場学習のつもりが、最高の結果を生んだ朝駆けセールスになっていたのだった。
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