1/5(水) 【蝉しぐれ】
年の瀬の29日、関東にこの冬初めての雪が降りました。
「やり残した仕事は、ちょっと一息ついてからやったらどう?」とその雪は語りかけるようにしんしんと降り、結局その日は、どこにも出かけず、テレビを見ながらうたた寝しつつ、合間にホンの少し部屋の片づけに取り組むというなんとも優雅な一日を過ごしました。
そして、その優雅な一日を、本当に優雅に締めくくってくれたのは、NHKで再放送された時代劇「蝉しぐれ」でありました。
いつだったか、研修会で講師が、仕事の成功の条件を説明する例として「冬のソナタ」を話題にしたことがありました。「『冬のソナタ』の絶大なる人気の秘密は、「内容」「役者」「演出」「音楽」とドラマを決定づける要素がすべていいことである。」と言うのです。
講師は、その後、仕事の条件を切々と説明していたのだけれど、「TRUE WEST」「エリザベート」「CABARET」「WSS」・・・と名作と言われる舞台を結構楽しんだ一年だっただけに、「その通り!ドラマや舞台の条件はまさにその通り!」とダイレクトに賛同してしまっていたのでした。
そして、この「蝉しぐれ」も、その成功の条件がドンピシャ!揃った素晴らしいドラマでありました。
聞けば、この年末の再放送は、内外で数々の受賞をしたその凱旋放送だったとか。モンテカルロ・テレビ祭(モナコ公国主催)では、ゴールドニンフ賞(最優秀作品賞・主演男優賞)、国内の放送文化基金賞では、本賞の他に出演者賞、演出賞を受賞し、そのほかにもたくさん受賞しているのだそうです。
まず、内容が素晴らしい。
何よりも主人公の牧文四郎の生き方、それ以前に文四郎そのものが魅力的でした。文四郎は下級武士の跡継ぎなのですが、父親が藩主の世継ぎ争いに巻き込まれ、切腹を命ぜられてしまうのです。父の正義を信じながらも、藩命にはそれがどんな内容であろうとも、「謹んでお受けいたします。」と深々とお辞儀するその姿が、文四郎自身の、いえ、その当時の武士の強さ、気高さ、凛々しさを表しているように思いました。運命は切り開くものではなく、まず受け入れるものだと作者が言っているように思いました。
また、役者が素晴らしい。
文四郎を演じた内野聖陽氏。圧巻でありました。
舞台とは違って、殺陣も演技も派手ではないんだけど、その無駄のなさが文四郎そのもので、また、内野さんそのもののような気がしました。
彼は、英語の勉強をしたくて、大学でサークルESSに入り、そこで英語劇にはまったことが役者生活のスタートだったそうですね。大学を留年したとき先輩に「文学座を受けてみたら」と勧められたとか。「受けてみたら受かって、5年経つと座員として残った3人の中に入っていた。」と淡々と語るインタビュー記事を読み、この方も、ものすごい才能の持ち主であると同時に、運命をその都度素直に受け入れたところからその成功が始まったのだとしみじみ思いました。
友人役の石橋保氏と宮藤官九郎氏もとっても自然に画面にすっぽり収まっていて、演技の王道を見たような気がしました。
そして、海部剛史氏。控えめな笑顔が素敵でした。
そして、演出が素晴らしい。
翌日30日の放送を見終わった後、「これは原作本を読まねば。」とまず思いました。
大好きな場面に、妻せつとの夕食の場面があるんです。せつが煮付けた煮物を一口食べた後、「これは何か。」と聞くのですが、せつは「タニシです。」とちょっとはにかむ気持ちを抑えて淡々と答えるのです。そして、文四郎は意外な答えにとても驚いた後、「これは美味しい。」と言うのです。せつはうれしさを隠せず「里の母に教わりました。」と今度はちょっぴり微笑みながら答えるのです。その素朴なやりとりが、文四郎の現在の幸福を象徴しているようで、その場面を楽しみにして読んだら、なんとその場面は原作にはありませんでした。
このほかにも、創作の部分がいくつかありました。その創作の部分は、原作のイメージを壊すことなく、文四郎の人柄をさらによく伝えていて、作り手の原作への愛情を改めて感じました。
草笛光子氏の語りも渋くて、それでいて変な重さがなく、とてもよかった。草笛氏も相当の藤沢周平ファンなのかなと思いました。
そして、そして、そして。
何よりも音楽が素晴らしかった。
あれは三味線なのか。
邦楽なのですが、独特の音色とメロディーなんですよね。形容の方法が見つかりません。
月の明かり。その妖しさをあれほどひきたたせる音楽を他に聞いたことがないように思いました。
舞台もいいけれど、ドラマも凄いなぁぁと思わず唸った2日間でした。
