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言葉と心のあいだ
それは君しかわからない


last up date:2007.06.16(text:Love lone)

あるの趣味ブログ「つくろう」http://blog.livedoor.jp/koubou_r/
2012/04/05 21:30
ホームページビルダーの使い方を忘れてしまいそうです。
って書いたら前回も書いていました。

3月31日に、結婚(入籍)しました。
って書いたら前回にそのようなことを書いていました。

みんなに「まさかお前が結婚するとは」と言われました。

人生、何が起きるかわからないものですね。
2011/08/29 21:38
ホームページビルダーの使い方も忘れそうだし、タグなんてきれいさっぱり忘れちゃって
ほかのところでタグを使わないといけなかったのでビルダー立ち上げて、画面でセットしてソースをコピるという技を使いました。
老化してるなぁ。


1年後に結婚するっぽいです。
2011/03/19 20:05
地震ありましたね。

宮城の友達は無事でした。
大丈夫だろうかとMIXIボイスでつぶやいていたりしましたが、書き込みに登場してくれました。
そのときは「よかった・・・」とだけ思ったのですが
その後その話をハンドメイドブログで書いたときに泣きました。

本当に、一番辛いときを乗り切った仲間です。
無事でよかった。本当に。
2010/11/9 21:13
こんばんは。
いつもココから「つくろう」へ来てくれる方、ほんとにどうもありがとう。
基本的に平和に生きているので、これといってここで毒を吐く必要もなく、安定した生活を送っています。

心配事といえば、ママンが住んでいた家の退去期限が切れ、くそ兄貴がまだ住んでいるのでどうなっているのか、私に連絡が来はしないか(行政から)それくらいです。

ただ毎日シフトにしたがって仕事に行き、時間を作っては編み物をし、次に何を作ろうか、いつ何を委託してもらっているお店に納品するか
イベントには何をどれくらいもっていこうか、
考えていることといえばそれくらいです。

ママンが死んでもう8ヶ月なんですね。1年なんて本当にあっという間です。
おお、なんて月並みなセリフかしら。

ついでにトップ画像も変えて行きます。
また。
2010/09/22 20:29
あんまり書かないとホームページビルダーの使い方を忘れちゃいそうですが・・・

えーと、なぜか就職が決まりました。
フルタイムで働くなんて何年ぶりでしょうかね。10年ぶりくらいですかね。

あと、結婚も決まったみたいです(他人事のように)

まさか自分が結婚するとは思いませんでしたが
こういうことは気張らなくても自然に決まっていくんだなと思いました。

めでたいところになんですが、子供は産みません。絶対に。
一応伝えてありますが、たまに期待されるのがイヤです。本当にイヤです。

あと相手の親に「孫は・・・」とか言われたらたぶん切れてしまうと思います。
「作らない」ではなく「出来ないんです」でごまかしますけどね。
出来ないものは仕方ないですしね?

以前も書きましたが、男なんて一日中家にいないくせに
気軽に期待することにものすごい嫌悪を感じます。
うちの親は死に、相手の母親は全盲、誰も頼れず、自分は「産みたくなかった」では
育てられませんしね。

絶対にピルを飲み忘れないと誓おう。
2010/09/09 1:23
おぼえてますかー。
どうもあるです、おひさしぶり。

趣味ブログの方には、毎日しっかりここからの足跡がついていてありがたい思いです。
あちらには日常のことは一切書いていませんが、むしろその方が読んでいるほうも安心なのではと思ったりします。

最近は同居人に「すっかりサバイバルじゃなくなったね」と言われるほどゆるい生活になりまして
今日はなんと、同居人が鳴らした目覚ましが聞こえませんでした。
前は人の気配を感じただけで即起きていたのに。
ぬるいぬるい。
人はこんなに変わるものなんですね。

ママンの初盆も終わりまして、私は無宗教なのでボンもなにもないのですが
とりあえず仏壇はそれなりにお掃除しています。
ママンの入院費の支払いがちょっと痛いくらいです。

台風のおかげか暑さがちょっとやわらぎましたね。
みなさんお体に気をつけて。
2010/06/28 9:34
どうもー。またひとつ年をとった日に舞い戻って参りました。

あら写真がでっかいわ。

最近は体の衰えを感じる日々です。一晩寝たところで疲れなんてとれやしません。

長く見ていたHPがなくなったり、月日の流れを感じてます。
2010/05/28 9:25
間違えてビルダーを立ち上げてしまったので、久しぶりに日記を書こう。

ママンの納骨で九州は長崎の島原へ。
親戚一同と久しぶりに会いましたが、25年も会ってなければほぼ他人なので
非常に疲れました。
父方の長男(うちは次男)には「まさかお前は俺に迷惑をかけないだろうな」的な尋問(?)もされましたし。
そりゃ実の弟と甥にイヤな目に合ってれば姪にも・・・と思いますよね。
わかります。

しかし話しているうちに安心してくれたのか、最後は笑顔も出ました。
はーよかった。
まあ、香典返しの手続きもしたことだし、もう会うこともないと思いますが。

母方のおばには非常にお世話になりました。
お墓参りにも行かないといけないのでそれなりにまたお会いすることでしょう。

そういえばママンにはとても立派な戒名がつきました。
住職さんが若い人に代わったばかりだとかで、文字数がいっぱいでした。
俺もママンも仏教でもなんでもないんだけども・・・
まあ良かったですね。


最近の私は、ひたすら編み物をしていて、それを委託販売という形で売りさばいています。
最初は全然売れなくて「やっぱりこんなものか」と思っていましたが
違うお店にお願いしてからアホみたいに連日売れて、作るのが追いつかなくなしました。
同じハンドメイドのお店でもこんなに差があるんだなーとかみ締めています。

同人誌を作っているときにこしらえたペンだこがいまや編みだこですよ。
痛すぎます。

写真でも載せようと思いましたが、久しぶりすぎて画像の載せ方忘れてしまいました・・・。
↑の編み物ブログでどうぞ〜・・・。

じゃあまた忘れたころに来ます。
2010/05/11 12:09
ど〜〜〜〜〜も〜〜〜〜〜〜。
サボってますが元気で〜〜〜〜す。
生存は↑のURLから編み物ブログでご確認くださ〜〜〜い。

もうすぐママンの納骨で九州にいきま〜〜〜〜す。
2010/04/03 19:46
母を無事見送り、ひと段落がつきました。
遺骨は最終的には母の実家のお墓に入れる予定ですが、今は私が持っています。
同居人には申し訳ないような気もしていますが、リビングの棚の上に置かせてもらってます。
ごはんのときには「ちょっとお母さんのごはんよそったの?」とか、「お花の水ちゃんと変えなさいよ」とか逆に私が怒られてますが・・・。

火葬場でのお別れで、いわゆる「お葬式」というものはしませんでした。
死んだ直後も思ったものですが、棺に横たわる母は黙ってればまた起き上がるんじゃないかと思えましたし
触れば冷たかったですが、生きてる人間だって寒いところにいれば手や顔は冷たいし、冷え性の人と同じくらいの冷たさだし
「ほんとに死んでるの?」と普通に思ってしまいました。

1時間ほどで焼き場から出てきたときは、
「え?人ってこんなになっちゃうの?」と思うほどさびしく感じました。
骨だけって、存在感というものが皆無ですね・・・。

ガンが骨に転移していたので、入院前に話したときには
「普通の人の半分(の骨密度)しかないんだって・・・」といっていましたが
火葬場の人には「骨格が非常にしっかりしてますね。女性だとこの骨壷にちょうどくらいなんですが、ちょっと詰めさせて(砕いて詰める)いただきます」と言われました。

自転車も乗れないし、バスなども「待ってるより歩いたほうが早かったりするのよ」といって、良く歩いていたからかも知れません。
病院でも「ベッドで寝てばっかりじゃ歩けなくなっちゃうから」と言って、ちょっとウロウロしては、看護師さんに怒られていたようでした。
本人や、私が思っていた以上に状態が悪かったということでしょう。

火葬のときにはお友達やいとこや幼なじみが駆けつけてくれましたが
「○○さんが来てくれたって教えてあげなきゃ」と、よくわからないことを思ったりします。
そういうことが出来ないということが「死ぬ」ということなのだな・・・と。


人が死んだあとというのは、いろいろ後片付けが大変なものですが
私には人より大変なことが待ち受けておりまして
それは母と同居していた「兄」という人物ですが
はいつくばって歩く母に、水の一杯も持っていってあげることもなかったそいつを追い詰めることができそうで
私は非常に満足です。

それは法的に、あの家には住めないということですが
路頭に迷ってどうかはやくくたばってくれるよう、毎日祈ります。

きちんと手続きして、きちんと事情を話せば、世間というものは割りと味方してくれるものだと、今回の件で知りました。
昔は「ごきょうだいなのですからよく話し合ったらいかがでしょう?」と言われたものですが
最近はそんなことは言われなくなりました。
世の中におかしなヤツが増えたからでしょうか?

また、逆に死人に口ナシとでもいうのか、「お金を貸していたんですよね」というヤツも現れたりしました。
母の性格から言って、あの状態になった段階で私にそれを言わないはずがないので、世の中にはカスもやっぱりいるんだなと思いました。
今も電話が来ましたけどね、もう出ません。

まだ生きているころにした、母の関係の連絡、またその後にした手続きの関係で
私の電話番号をかなりいろんなところにばら撒いてしまったので
携帯を新しくして、カス共や兄の関係で連絡が来そうな可能性から逃げ切ってやります。

そして私も母も、もう穏やかにすごせるようになれるといいと思います。
2010/03/31 23:14
母が息を引き取りました。
苦しまず、本当に眠るように、ゆっくりと呼吸が、そして心臓がとまったそうです。
病院から電話があって、急いでタクシーに乗りましたが
電話を切ってから数分しかもたなかったそうです。
夜中の二時半なのに、車っていっぱい走ってるんですね。

もうママンは苦労しなくてすみます。良かったです。
ママンの後のことはなんでもないのに、くそ息子が状態をかき回してくれて
やっかいなことになりそうです。
落ち着いて見送れなくて申し訳ない気分だ。

死に顔は穏やかでした。
私がずっと思っていた疑問、「私は母が死んだときに泣けるのか」というものは
「やっぱり泣ける」が回答となりました。

でも悲しいからじゃなくて、かわいそうで。
この人は、何もいいことがなかったんじゃないかと。
旦那もカス、息子もカス。
苦労して苦労して苦労して、死んでった。

二日前、病院に行くと、しゃべってることがわからない以外は、
本当にいつもの調子の母がいて、
相変わらず看護師の愚痴を言っていたり、肩がこったとまわしていたり
「帰るね」というとそれまでは力なく手を振るだけだったのに「暗いから気をつけてね」と言ってくれました。
そのあまりの普通さに「この人はもうすぐ逝ってしまうのではないか」と、実は思っていました。
それが生きている母を見た最後です。

私も母を捨てようとしていました。
それはカスを捨てないことが許せなくて、それが私にも迷惑をかけているのが我慢できなくて。
でも最後は私が見送ると決めたので、墓に入れるまでは私が全部やります。

我慢してひたすら耐えた人生だった母。
その人が死んで、カスでゴミのようなあいつらが生きているのが
くやしくてたまりません。
2010/03/26 22:49
毎日病院から呼び出されます。非常に厳しいです。
母は今日は目を開けていたので「お?」と思いましたが、結局言っていることがまったくわからないので、ヘタに顔を出さないほうがいいのかなと思いました・・・。

吐いて大変だったようで鼻に管が入ってましたが、それを頬にテープで止めているのがどうしてもいやなようで
付けようとするとものすごい力で暴れました。

「殺す気なの?」
ろれつはまったく回ってなかったですが、多分そういったと思います。

それは貴方を殺すものではなく、苦しくないようにする器具なんだ。
だから我慢して欲しい・・・
2010/03/24 16:38
母はもう目を開けられなくなっていました。
時間の問題でしょう。

こうして少しずつ、人は終わっていくのだな。
2010/03/17 14:32
世の中は子供手当てでえらいことになりそうですが、この国はなんて国でしたっけねえと思うほど、日本人が虐げられているような気がします。

あ、でもここで政治の話を書くのは怖いので書きません。

おしごとボチボチ、お遊びぼちぼち。
でも入院費があまりに怖いので、以前のように材料を買い捲ったりはできません。
心が貧乏になるんですよね。

私は「先に支払うべきものがある」状態だと、まず美容、そして遊び関係を根こそぎ削ろうとしますが
同居人は「楽しいことはやったほうがいいよ」といいます。

そのへんはやっぱりサラリーマンとの意識の違いかなーと思いますね。
同居人はサラリーマンなので、毎月一定の額が入ってきますが
私は来月大損ぶっこいてるかもしれませんしね。

法律について、葬儀代金についてしらべる日々です。
人は生きるも死ぬも金・金・金ですね。
わかってますけど。

法律で火葬しなければいけないと決まってますが、火葬するお金もない人はどうするんだろと思ったら、無料の施設も多いのですね。
そりゃそうだろと思います。

しけた日記ですね。

生きている間にその親子にどんな事情があろうが、どんなに嫌いな親でも借金は子供が相続することが前提です。
一緒に住んだことがない親でもです。
死後、放置していれば実子が相続することになりますから、相続放棄についてちょっとでも知識を仕入れていたほうがいいと思います。
兄弟で協力できる家ならいいですけど、うちみたいにそうではない家もたくさんあるでしょうし、
払わなくてもいい借金を払っていくなんてばかばかしいことはないようにがんばりましょう。
2010/03/12 23:22
医者はドラマのように「余命○ヶ月です」なんていわないものなんだなーと思った今日。
それは人の生命力なんて計算できないからだと思うけど。

でも「もう手の施しようがない」というドラマのセリフは聞けてしまったり。

うーん。
親は順番からいけば自分より早く死ぬものです。
だから別に私だけが大変なわけではなくて、遅かれ早かれみな経験するもの。
だから別に周りが心配してくれるほどヒヨってないし大丈夫なんだけども。

思えば親族の死では叔父や祖母などがあったけれど、遠い九州の地だったし
身近なところでも「ネットで知り合った友達」くらいだったなーとしみじみ思います。

まあ最後を看取ると決めたので、いろんな手続きに行ったり、福祉の相談にいったり
あっちこっち行ったり電話したりで疲れますが
やってしまえばおしまいだし
「全部うまくできたよ」と言えば本人も安心して入院していられると思うので
イヤなことはさっさと終わらせる主義の私は一日中歩き回っているわけです。

なんていうんでしょうね。「もう手の施しようがない」のに「希望をなくすようなことは言わない方向で」とか。
それはそうなんでしょうけど。不思議だなと思います。

週に二回、日曜と木曜に病院に行っていますが、予定外の日に行ったあとは
「今度来なくていい?」と言おうとは思うものの、帰り際には「じゃあまた日曜にくるから」と言ってしまいますね。
それが人間ってものでしょうか。

「終わりよければすべてよし」で終わればいいなと思います。
2010/03/09 11:30
母親が末期がんで入院したと思ったら、父親がはるか遠くの土地で生活保護を申請しててお前には扶養義務があるとかいう通知。
兄貴は同居の母親がはいつくばって歩き、まともにしゃべれなくなり、自力で救急車を呼んだそのときも、水の一杯も持ってこなくて?

なんなのこの家。
まともなヤツいないの?

母親のことについては腹を決めて、もう最後まで看取ると決めたが
男共は野たれ死ねばいいよ。病気でもなんでもないし、成人を扶養する義務はない。

この通知がすごくて「直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある」ってトコだけ抜粋して蛍光ペンで線を引いてたけど
実際はそのあとに「これら第1次、第2次の二重の法定扶養義務者が実際に扶養義務を果たすためには、その扶養義務者が自身の生活を維持した上で扶養権利者を扶養するだけの資力がなければならない」って続くのに完全無視。

こっちも調べてるんだから舐めるなよ。
脅したら扶養するとでも思ってんのかね。

「精神的支援」(手紙など)とかも笑っちゃうね。
やる気があるならとっくにやってるだろそんなもの。
やる気がないからやりたくないからやらないんだよ。
頭おかしいんじゃないの役所って。

何もしてこないどころか、人に害を与え続けておいて、都合がいいときだけ「助けてくれ」なんてムシがいいことは通らない。
人に迷惑をかけずに早く消えればいい。
2010/2/28 23:20
おっと一ヶ月丸々放置してしまいましたが・・・。

平和だと思ったとたんにまたママンが入院とかそういうろくでもないことになってます。
なんか私は平穏に生きてはいけない運命なんでしょうね。
前世でよっぽど悪いことしたんでしょう。

そんで思うのは、どうもこの人(母)は、私が出てくれば金も無限に出てくると思っているふしがある。
今までも4回ほど入院して、そのたび私が入院治療費を出してきたが
一度だって病院に相談をするなんてことはなかった。
「一度に払えない場合はどうしたらいいのか」という相談を一回もせずに
私に「自分のお金だけじゃ足りないの、どうしよう」と言う。
言えば出てくると思ってる。

まあ実際出してきたし、【なにかあっても耐えられる金を稼ぐ】というのが私の生き方だから稼いできたし、出してきた。
だがそれは【自分に何かあったときのため】でもある。

母は、私に頼めば出てくるからいいだろう。
だが私は?私は誰が助けてくれるんだ?

私だ。
前から何度も言ってきた。
自分を助けるのは、自分を守るのは自分だと。

ひどい言い方をするのなら、死んでいく人間に金をかけるより、これから生きていく人間にかけていかねばならないのだ。
母はもう治療もできない末期ガン。

今回は出せない。
いや、金はある。出そうと思えば出せるだろう。
だがここでたくわえをなくすわけにはいかないのだ。
2010/1/30 9:49
どうも。絶賛放置中ですが、みなさまいかがお過ごしですか。
前回の日記の日付、26日じゃないですよね。16日ですよね。

ついに長年住んだ地元を離れまして、アパートも完全撤去しました。
引越し準備で家に帰ったときに、あまりの床の冷たさに足がしもやけ寸前になったりしてましたよ・・・。

荷物のお片づけもすぐ終わり、快適に過ごしています。
相方も仕事で帰りが遅いし。
一人楽しいです。

編み物熱はまだまだ続いていて、私は毛糸ではなくレース糸や綿の糸で編んでいるので
季節を問わず楽しめます。
毛糸で作ったものは冬しか使えないからねぇ・・・。
糸がむちゃくちゃ増えてます。
使ってから買えって感じですね、すみません。
なんだかんだで白、生成り、茶、ベージュ、ピンクがあれば足りるような気がするんですけど
黄緑とか黄色とかうっかり買ってしまいます。

今のところ特に事件もなく平和にすごしております。
平和ボケしそうです。
2010/1/26 22:26
タイトル画像をやっと変えました。
色味が変わらないので変わった気がしませんが・・・。
先日、人生初の温泉旅行に行ってきまして、宿の窓から見えた景色です。
見えてる山は箱根だったかな?

自分のアパートをいよいよ来週引きはらうことになっています。
ひっこし準備何もしてないんですけどね・・・。
まあ今は編み物が楽しくて楽しくて、寝食を忘れます。
相方は今スキー旅行に行ってるので安心して寝食を忘れられます。

今年は年賀状なんかもいただいて、一言書かれた文章に「え?!」と思いつつも
深くつっこみの連絡を入れられなかったりしています・・・。
なにがあったのかー。

富山のお友達から名産の昆布が送られてきたり、大阪のお友達が「余ってる毛糸やるよー」と言ってくれたり
なんか楽しい日々を送っています。
2010/01/09 2:28
夜中ですがご機嫌です。
ちょっとお仕事が安定しているので。

日曜日に人生初の温泉旅行を控えております。
旅行って結局行き帰りに疲れるので、はたして温泉の意味はあるのかとまたひねくれた意見を吐いてしまいますが
それでもたのしみにしています。

ところで、アメブロ(なぜかアメブロ)でブログを始めました。
ブログはいろんなところでイヤというほど書いていたわけですが(特にMIXI)
ちょっと編み物や料理について書きたくて、ごく普通の女子を装って書いてます。

残念ながら毒は吐いてません。

お暇でしたらどうぞ〜
http://ameblo.jp/edojou/
2010/01/07 17:33
あけましておめでとうございます。
2009年も無事に生き延び、ついに2010年を迎えられましたのは、ひとえに皆様のおかげでございます。
本年もぼちぼちサボりながら、世間様にたてついた意見を吐きつつ、いろいろごまかして生きていこうと思う所存です。

年が変わったと言うのにタイトル画像が変わらなくてすみません・・・。

最近はパン作りなどにはまっておりまして(ホームベーカリーじゃないよ!)いろいろなパンを作っております。
といってもクロワッサン以外はそう大きく作り方は変わらないのでレシピを見ないで作れるようにもなりました。

もともと「何かを作る」のが好きな私にとって、料理関係は苦ではないので、非常に楽しく作っており、また同居人に食べていただいています。

今年はその同居している家に完全に住み着くことにしたので、自分のアパートを引き払うことになりました。
引越し手続きが面倒です。

あと、編み物もやっております。毛糸とレースです。

もしかして私って多趣味なの?と思うくらい忙しい日々です(遊びだけど)
一日中家にこもって楽しくすごしております。

今年もどうぞ記憶の片隅に加えていただければ嬉しく思います。