| The Tetrarch (ザテトラーク) 牡 芦毛 | sire line | family |
| Roi Hérode | Le Samaritain | Le Sancy | Atlantic | Thormanby |
| Hurricane | ||||
| Gem Of Gems | Strathconan | |||
| Poinsettia | ||||
| Clementina | Doncaster | Stockwell | ||
| Marigold | ||||
| Clemence | Newminster | |||
| Eulogy | ||||
| Roxelane | War Dance | Galliard | Galopin | |
| Mavis | ||||
| War Paint | Uncas | |||
| Piracy | ||||
| Rose Of York | Speculum | Vedette | ||
| Doralice | ||||
| Rouge Rose | Thormanby | |||
| Ellen Horne | ||||
| Vahren | Bona Vista | Bend Or | Doncaster | Stockwell |
| Marigold | ||||
| Rouge Rose | Thormanby | |||
| Ellen Horne | ||||
| Vista | Macaroni | Sweetmeat | ||
| Jocose | ||||
| Verdure | King Tom | |||
| May Bloom | ||||
| Castania | Hagioscope | Speculum | Vedette | |
| Doralice | ||||
| Sophia | Macaroni | |||
| Zelle | ||||
| Rose Garden | Kingcraft | King Tom | ||
| Woodcraft | ||||
| Eglantine | Hermit | |||
| Mabille |
| Born - Died | 1911.04.22 - 1935.08.08 | |||
| Breeder | Edward Kennedy |
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IRE | |
| Trainer | Henry S. Persse |
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GB | |
| Owner | Dermot H. B. McCalmont |
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GB |
| 月日 | 開催国 | 競馬場 | 馬場 | 勝ち時計 | 距離 | 頭数 | 騎手 | 斤量 | |
| 競走名 | 格付 | 着順 | 1着馬 / 2着馬 | 着差 | |||||
| 1913 | |||||||||
| 04.17 |
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GB | Newmarket | T5F | 21 | S. Donoghue | |||
| Maiden Plate | 1 | 4 | |||||||
| 06.03 |
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GB | Epsom | T6F | 11 | S. Donoghue | |||
| Woodcote Stakes | 1 | / Parhelion | |||||||
| 06.17 |
|
GB | Ascot | T6F | 8 | S. Donoghue | |||
| Coventry Stakes | 1 | / Courageous | 10 | ||||||
| 07.19 |
|
GB | Sandown | T5F | 9 | S. Donoghue | |||
| National Breeders' Produce Stakes | 1 | / Calandria | neck | ||||||
| 07.31 |
|
GB | Goodwood | T6F | S. Donoghue | ||||
| Rous Memorial Stakes | 1 | / Princess Dorrie | 6 | ||||||
| 09.02 |
|
GB | Derby | T5F | S. Donoghue | ||||
| Champion Breeders' Foal Stakes | 1 | 4 | |||||||
| 09.09 |
|
GB | Doncaster | T6F | 3 | S. Donoghue | |||
| Champagne Stakes | 1 | / Stornoway | 3 | ||||||
| 年 | 馬齢 | 出走 | 1着 | 2着 | 3着 | 以下 | |
| 1913 | 2 | 7 | 7 | 0 | 0 | 0 | |
| 合計 | 7 | 7 | 0 | 0 | 0 | ||
| 芝 | 7 | 7 | 0 | 0 | 0 | ||
コヴェントリーS (英、芝6F) ナショナルブリーダーズプロデュースS (英、芝5F) イギリスシャンペインS (英、芝6F) |
| 首位種牡馬 (英) (1919) |
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「20世紀最強の2歳馬」 と評されるザテトラークは、アイル ランドのキルデア州にあるストラッファン・スタッドで生まれま した。 生産者のエドワード・ケネディー氏は、アイルランドで 馬産家として成功していた人物で、当時イギリスではほどん ど消え去っていた、3大父系の1つ、ヘロド系を復興しようと 考えていました。 フランスなどから種牡馬を輸入し、交配し ていましたが、あまり結果を出せずにいました。 1909年、ケネディーの生産したダークロナルドが出走して |
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いたドンカスターCで、フランスから遠征してきた馬がダークロナルドを負かして2着に入りました。 この馬は ロワエロドという名のヘロド系の芦毛馬でした。 早速ケネディーはロワエロドを2000ポンドで購入し、自分 の所有馬としました。 ロワエロドは翌年も現役を続けましたが、故障のため引退し、その年から種牡馬入り しました。 その年はケネディーの持ち馬3頭と交配されただけでしたが、その中の1頭、ヴァーレンは翌年の春に奇妙 な斑点を持つ芦毛の馬を産み落としました。 このような斑点はヴァーレンの祖父ベンドアにも見られ、ベンド ア斑と呼ばれています。 子馬は、骨格こそしっかりしていましたが、馬体は貧弱でした。 その外見から競走馬として見込みがないと思われ、セリに出されましたが、なかなか買い手がつきません でした。 最終的には半姉のニコラ(Nicola)を管理していたヘンリー・パース調教師に1300ギニーで購買さ れ、さらにいとこのダーモット・マッカルモント氏に売却されました。 「(ローマ帝国の四頭政治の)統治者」 という意味のザテトラークと名付けられた2歳馬は、調教では抜群 のスピードを見せ、ついに初出走の時を迎えました。 後に英ダービー6勝を挙げる名手、スティーヴン・ドノ ヒュー騎手を背に、初戦を4馬身差で楽勝すると、ウッドコートSでも直線だけの競馬で快勝。 ロイヤルア スコット開催のコヴェントリーSでは発走から他馬を引き離し、全く勝負になりませんでした。 公式記録では 10馬身となっていますが、実際には50ヤード(約46m)離れていたとも言われています。 続くナショナルブリーダーズプロデュースSは生涯唯一となるクビ差の辛勝でしたが、これはスタートで発 走テイプに巻き込まれ、あやうく騎手が落馬寸前となって大きく出遅れたためでした。 残り3戦はすべて 楽勝で、ラウス記念S、チャンピオンブリーダーズフォールS、英シャンペインSを勝ちました。 ラウス記念S では翌年の英牝馬2冠の勝ち馬プリンセスドーリーを寄せ付けませんでした。 この後、調教中に球節を痛め、結局7戦7勝の完璧な成績で2歳シーズンを終えました。 子馬の頃には 「揺り木馬(Rocking Horse)」 と嘲笑されていた馬は、この頃には 「まだらの怪物(Spotted Wonder)」 と あだ名されるまでになっていました。 冬の間に故障も治り、3歳となったザテトラークは、英ダービーを目標に調教されていましたが、再び球節 を痛め、結局出走することなしに引退となってしまいました。 翌年から、マッカルモント氏がアイルランドに設立したバリーリンチ・スタッドで種牡馬となったザテトラーク は、ここでも素晴らしい結果を残しました。 牝馬への興味が薄く、生涯を通じてわずか130頭の産駒しか 残せませんでしたが、そのうちの80頭が勝ち馬となりました。 「空飛ぶ牝馬(Flying Filly)」 とあだ名されたムムターズマハルや英2000ギニーの勝ち馬テトラテマなど がその驚異的なスピードを受け継ぎました。 テトラテマの子セフトは日本へ渡り、トキノミノルなどの産駒を 残しました。 またスタミナもよく伝え、カリグラ、ポラマーク、サモントラウトと3頭の英セントレジャーの勝ち 馬を送り出しました。 さらには、父ロワエロドと共にこの時代に希少であった芦毛中興の祖となり、現在の 芦毛馬の多くがこの父子を元にしています。 1919年にはイギリスの首位種牡馬となりましたが、晩年は長い間不妊のため産駒を残せませんでした。 1935年8月8日、老衰のため24歳で世を去りました。 |
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繋養地 Ballylinch Stud (IRE) (1915-1935) |
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| 兄弟姉妹 | 生年 | 父 | 勝ち鞍 | |
| Coligny | 牡 | 1910 | Symington | Stallion |