Spectacular Bid  (スペクタキュラービッド)  牡   芦毛 sire line family
Bold Bidder Bold Ruler Nasrullah Nearco Pharos
Nogara
Mumtaz Begum Blenheim
Mumtaz Mahal
Miss Disco Discovery Display
Ariadne
Outdone Pompey
Sweep Out
High Bid To Market Market Wise Brokers Tip
On Hand
Pretty Does Johnstown
Creese
Stepping Stone Princequillo Prince Rose
Cowquilla
Step Across Balladier
Drawbridge
Spectacular Promised Land Palestinian Sun Again Sun Teddy
Hug Again
Dolly Whisk Whiskasay
Dolly Seth
Mahmoudess Mahmoud Blenheim
Mah Mahal
Forever Yours Toro
Winsome Way
Stop On Red To Market Market Wise Brokers Tip
On Hand
Pretty Does Johnstown
Creese
Danger Ahead Head Play My Play
Red Head
Lady Beware Bull Dog
Runaway Lass
 
 Born - Died 1976.02.17 - 2003.06.09
 Breeder Ms. William M. Jason & Ms. William G. Gilmour (Kentucky) USA
 Trainer Grover G. Delp (Maryland) USA
 Owner Hawksworth Farm (Harry & Teresa Meyerhoff & Tom Meyerhoff) USA

 

日付 開催国 競馬場 馬場 条件 勝時計 距離 騎手 斤量
 競走名 格付 1着馬 / 2着馬 着差
1978
06.30 USA Pimlico Ft 2 1:04.60 5.5F 11 R. Franklin 115
 Maiden Special Weight 1 /Strike Your Colors 31/4
07.22 USA Pimlico Ft 2 1:04.20 5.5F 5 R. Franklin 115
 Allowance 1 /Silent Native 8
08.02 USA Monmouth Park Sl 2 1:04.80 5.5F 8 R. Franklin 118
 Tyro Stakes 4 Groton High 63/4
08.20 USA Delaware Park Ft 2 1:10.80 6F 7 R. Franklin 112
 Dover Stakes 2 Strike Your Colors 21/2
09.23 USA Atlantic City G 2 1:20.80 7F 7 R. Franklin 114
 World's Playground Stakes G3 1 /Crest Of The Wave 15
10.08 USA Belmont Park Ft 2 1:34.80 8F 6 J. Velasquez 122
 Champagne Stakes G1 1 /General Assembly 23/4
10.19 USA Meadowlands Ft 2 1:43.20 8.5F 9 J. Velasquez 122
 Young America Stakes 1 /Strike Your Colors neck
10.28 USA Laurel Park Ft 2 c 1:41.60 8.5F 4 R. Franklin 122
 Laurel Futurity G1 1 /General Assembly 81/2
11.11 USA Keystone Ft 2 1:42.00 8.5F 7 R. Franklin 122
 Heritage Stakes G2 1 /Sun Watcher 6
1979
02.07 USA Gulfstream Park Ft 3 1:21.40 7F 4 R. Franklin 122
 Hutcheson Stakes 1 /Lot O' Gold 33/4
02.19 USA Gulfstream Park Ft 3 1:41.20 8.5F 6 R. Franklin 122
 Fountain of Youth Stakes G3 1 /Lot O' Gold 81/2
03.06 USA Gulfstream Park Ft 3 1:48.80 9F 7 R. Franklin 122
 Florida Derby G1 1 /Lot O' Gold 41/2
03.24 USA Hialeah Park Ft 3 1:48.40 9F 8 R. Franklin 122
 Flamingo Stakes G1 1 /Strike The Main 12
04.26 USA Keeneland Ft 3 1:50.00 9F 4 R. Franklin 121
 Blue Grass Stakes G1 1 /Lot O' Gold 7
05.05 USA Churchill Downs Ft 3 2:02.40 10F 10 R. Franklin 126
 Kentucky Derby G1 1 /General Assembly 23/4
05.19 USA Pimlico G 3 1:54.20 9.5F 5 R. Franklin 126
 Preakness Stakes G1 1 /Golden Act 51/2
06.09 USA Belmont Park Ft 3 2:28.60 12F 8 R. Franklin 126
 Belmont Stakes G1 3 Coastal 31/2
08.26 USA Delaware Park G 3 c 1:41.60 8.5F 5 W. Shoemaker 122
 Allowance 1 /Armada Strike 17
09.08 USA Belmont Park Ft 3+ 1:46.60 9F 8 W. Shoemaker 124
 Marlboro Cup Handicap G1 1 /General Assembly 5
10.06 USA Belmont Park Ft 3+ 2:27.40 12F 4 W. Shoemaker 121
 Jockey Club Gold Cup G1 2 Affirmed 3/4
10.18 USA Meadowlands Ft 3+ c 2:01.20 10F 5 W. Shoemaker 126
 Meadowlands Cup Handicap G2 1 /Smarten 3
1980
01.05 USA Hollywood Park Ft 4 c 1:20.00 7F 5 W. Shoemaker 126
 Malibu Stakes G2 1 /Flying Paster 5
01.19 USA Santa Anita Park G 4 1:48.00 9F 4 W. Shoemaker 126
 San Fernando Stakes G2 1 /Flying Paster 11/2
02.03 USA Santa Anita Park Ft 4 n 1:57.80 10F 4 W. Shoemaker 126
 Charles H. Strub Stakes G1 1 /Flying Paster 31/4
03.02 USA Santa Anita Park Sl 4+ 2:00.60 10F 5 W. Shoemaker 130
 Santa Anita Handicap G1 1 /Flying Paster 5
05.18 USA Hollywood Park Ft 3+ 1:40.40 8.5F 6 W. Shoemaker 132
 Mervyn LeRoy Handicap G2 1 /Peregrinator 7
06.08 USA Hollywood Park Ft 3+ c 1:45.80 9F 7 W. Shoemaker 130
 Californian Stakes G1 1 /Paint King 41/4
07.19 USA Arlington Park Ft 3+ c 1:46.20 9F 6 W. Shoemaker 130
 Washington Park Stakes G3 1 /Hold Your Tricks 10
08.16 USA Monmouth Park Ft 3+ 1:48.00 9F 8 W. Shoemaker 132
 Amory L. Haskell Handicap G1 1 /Glorious Song 13/4
09.20 USA Belmont Park Ft 3+ 2:02.40 10F 1 W. Shoemaker 126
 Woodward Stakes G1 1 /- -

 

馬齢 出走 1着 2着 3着 以下
1978 2 9 7 1 0 1
1979 3 12 10 1 1 0
1980 4 9 9 0 0 0
合計 30 26 2 1 1
ダート 30 26 2 1 1
G1 15 13 1 1 0

  アメリカシャンペインS (米G1、ダート8F)
  ローレルフューチュリティ (米G1、ダート8.5F)
  フロリダダービー (米G1、ダート9F)
  フラミンゴS (米G1、ダート9F)
  ブルーグラスS (米G1、ダート9F)
  ケンタッキーダービー (米G1、ダート10F)
  プリークネスS (米G1、ダート9.5F)
  マールボロC (米G1、ダート9F)
  チャールズH.ストラブS (米G1、ダート10F)
  サンタアニタH (米G1、ダート10F)
  カリフォルニアS (米G1、ダート9F)
  エイモリーL.ハスケルH (米G1、ダート9F)
  ウッドワードS (米G1、ダート10F)
  ワールズプレイグラウンドS (米G3、ダート7F)
  ヤングアメリカS (米、ダート8.5F)
  ヘリテージS (米G2、ダート8.5F)
  ファウンテンオブユースS (米G3、ダート8.5F)
  メドウランズCH (米G2、ダート10F)
  マリブーS (米G2、ダート7F)
  サンフェルナンドS (米G2、ダート9F)
  マーヴィンラロイH (米G2、ダート8.5F)
  ワシントンパークS (米G3、ダート9F)
  2着−ジョッキークラブゴールドC (米G1、ダート12F)
   エクリプス賞最優秀2歳牡馬 (1978)
   エクリプス賞最優秀3歳牡馬 (1979)
   エクリプス賞年度代表馬、最優秀古牡馬 (1980)
   アメリカ競馬の殿堂 (1982)

 

  スペクタキュラーはスペクタクルの形容詞で、「華々しい、壮
 観、スペクタクルいっぱいの」 という意味で、ビッドは、せりの
 用語で、「入札、すなわち値をつけること」。 この馬名は父が
 ボールドビッダー、母がスペクタキュラーであることから来てい
 ます。
  父のボールドビッダーは、大種牡馬ボードルルーラーの産駒
 で、チャールズH.ストラブSなどの主要レースを制し、種牡馬
 としても1947年のケンタッキーダービーの勝ち馬キャノネード
 などを出して成功していました。 母スペクタキュラーはアメリカで走り10戦4勝、ステークスの入着馬。 この
 母の毛色の芦毛に出たスペクタキュラービッドは、1976年2月17日にケンタッキーで生まれました。
  黄金の1970年代。 まずアドニスの美しさとヘラクレスの強さを備えたセクレタリアトが生まれ、風の神アイ
 オロスの息吹を受けたシアトルスルーがこれに続きます。 その翌年にはオデュッセウスの勇と知を受け継い
 だアファームドが登場しました。 しかし、これだけの名馬を出してもなお、競馬の神様は満足がいかなかった
 ものと見えます。
  神様はこれらの名作を踏まえて、最後に完璧な競走馬を作ろうと試みられました。 そして生まれたのが、
 他ならぬスペクタキュラービッドでした。 ご存知のように、時代を超えた名馬としてこの馬が先に挙げた3頭
 より高く評価されることは少ないですが、彼が他の馬と比べて、より完璧なレーシング・マシンに近かったこと
 は疑いようがありません。
  容姿もフォームも決して完璧ではなく、血統も超一流とは言いがたいです。 では、何が完璧だったのか。
 スペクタキュラービッドは他の馬にはない長所を備えていました。 つまり、何でもできる馬だったのでした。
 逃げても追い込んでも勝ち、1400mを1分20秒で走るかと思えば、2000mを1分57秒8で走ります(ちな
 みにこのタイムは現在も破られていません)。 2歳、3歳、4歳でそれぞれレコードタイムを樹立し、しかもそ
 のいずれもが重馬場でのレースでした。 その変幻自在のスピードで、スペクタキュラービッドは1100mか
 ら2000mまで5つの距離で、1つのタイレコードを含む7つのコースレコードを記録しました。
  スペクタキュラービッドは、生涯30戦26勝という成績を残しました。 うち、最初の4戦を除けば26戦24勝
 という驚異的な数字となります。 その間のわずか2回の敗戦も、1度は先輩アファームドを相手に2400m
 で敗れたもの。 そしてもう1つはレース当日の朝に安全ピンを踏んでしまい、命にかかわるほどの感染症を
 引き起こしてしまったときのことでした。
  2歳から3年連続してチャンピオンの座に輝き、9つの州にわたる15の異なる競馬場で勝ち星を挙げまし
 た。 130ポンド(約59kg)を超える斤量で制したレースも5回ありました。 馬券的にも信頼性は抜群で、
 単勝1.05倍というオッズが8回、1.1倍が6回ありました。 圧倒的なファンの支持は、フライングパスター
 (Flying Paster)、ジェネラルアセンブリー、コースタル(Coastal)、グロリアスソング(Glorious Song)、コック
 スリッジ(Cox's Ridge)、ゴールデンアクト(Golden Act)といったG1馬を前にしても揺るぎませんでした。
 唯一の例外が、米3冠馬アファームドとの対戦になったジョッキークラブGCでした。
 
  生産者のウィリアム・ギルモア氏夫人は、世界一のイヤリング・セールとして有名なキーンランド7月選抜せ
 り市への上場を望みましたが、母が一般戦の勝ち鞍しかなく、その初仔として生まれたため、兄姉に活躍馬
 がいるはずもなく、書類審査ではねられてしまいました。 やむなくキーンランドの秋季せり市へ切り換え、こ
 こでグローヴァー・デルプ調教師の勧めにより、ホークスワース・ファーム(メイヤーホフ夫妻)に3万7000ドル
 で購買されました。
  その後、ヴァージニア州のミドルバーグ・トレーニングセンターで初期調教を受け、東海岸のメリーランド州
 ピムリコ競馬場のデルプ厩舎に迎えられたのが2歳の早春でした。 そのスペクタキュラービッドの能力を最
 初に見抜いたのは、デルプ調教師でした。 「およそ手綱を取る世界の者にとっては史上最高の馬」 と豪語
 する彼の発言に、当初耳を傾ける者は少数でした。 なにしろ、前述のように黄金時代の真っ只中にあった
 当時の人々は、かなり強い馬にはもうすっかり慣れっこになっていたので、またか、という感じだったのでしょ
 う。 しかし、時が経つにつれてスペクタキュラービッドがそのキラ星のごとき先駆者とは一味違う持ち味をか
 もし出してくると、人々はデルプの発言が大言壮語ではなかったと悟り始めました。
  デルプがスペクタキュラービッドと巡り合った当時、彼はすでにメリーランド州の地方競馬を引退した後でし
 た。 ホースマンの血統として、メリーランドの馬乗り出身者ほどの猛者はいません。 彼らは来る日も来る
 日も馬に乗り、かつてブーイ競馬場を霜で凍りつかせたような冬の猛威にも決してひるむことがありません。
 馬を甘やかす、という言葉は彼らの辞書には存在しません。 こういう彼らが素質のある馬と巡り合えば、調
 教やレースで徹底的に鍛えられたとんでもなくタフな馬が生まれることは言わば必然といえます。 デルプは
 大変な素質のある馬と出会ったわけでしたが、だからといってこれまでの彼のやり方を変えたわけではあり
 ませんでした。 好物である朝のドーナツを与えて、あとはレースに送り出すだけでした。
 
  スペクタキュラービッドのデビューは、1978年6月30日のことでした。 前評判はその実力からすれば高く
 なく、1100m戦で7.0倍という人気。 鞍上は見習騎手のロニー・フランクリンでした。 ところがふたを開け
 てみれば逃げ切りで3馬身1/4差の楽勝。 3週間後、同距離の一般戦もコースレコードタイで楽勝しました。
 デルプはこの逸材を、わずか11日後に行われるモンマスパークのタイロSで、ステークスレースに初挑戦さ
 せました。 このレースではスタートで出遅れ、16馬身ほどつけられた差を最後は4着まで追い込みました。
 続くデラウェアパークのドーヴァーSでも、追い込んで2着でした。
  そして、この後のスペクタキュラービッドは、敗戦から極端に程遠くなります。 ドーヴァーSに続いて出走し
 たワールズプレイグラウンドSで、スペクタキュラービッドは驚異のパフォーマンスを演じました。 恐らく、歴史
 上こんなことをやってのけた2歳馬は他にいないでしょう。 彼は重馬場のアトランティックシティー競馬場で
 15馬身差をつけて楽勝し、1400mを1分20秒8というまさに信じがたいようなタイムを叩き出したのでした。
 その2週間後、スペクタキュラービッドはベルモントパークのマイル戦、シャンペインSに出走し、コースレコー
 ドに近い1分34秒8でジェネラルアセンブリーを下してその名を一躍全国区に高めました。
  最優秀2歳牡馬の受賞に備えて、その年はこれ以上レースを使わずにおこう、と普通の調教師なら考える
 かもしれませんが、デルプは違いました。 その11日後、メドウランズヤングアメリカSにスペクタキュラー
 ビッドを出走させたのでした。 このレースも彼は、クビ差で勝っています。
  ではこれでシーズンを締めくくったのでしょうか?、まさかまさか。 9日後にはローレルフューチュリティ
 8馬身半差で勝つと、さらに2週間後、今度はキーストンのヘリテージSを6馬身差で楽勝して、ようやく長い
 シーズンに終止符を打ちました。 この戦績は、2歳馬としては近年まったく見ることのなかった、過酷でしか
 も内容の濃いものでした。
 
  3ヶ月の休養をはさんで、スペクタキュラービッドはこれまでよりもさらに調子を上げました。 ハッチソンSを
 1分21秒4で制したのを皮切りに、ファウンテンオブユースSフロリダダービーフラミンゴSブルーグラスS
 を立て続けに勝ちました。 これら5レースで彼が後続につけた平均着差は7馬身3/4にもなりました。 しか
 も、フロリダダービーでは歴史に残る苦しいレースを強いられていました。 スペクタキュラービッドはレ ース中
 に4度もつまずきかけ、その度に態勢を立て直しながら、結局は4馬身半差で勝ってしまったのでした。 そ
 の後のフラミンゴSブルーグラスSではどちらも手綱を緩める楽なレースで、合計19馬身差をつけてい ます。
  スペクタキュラービッドとカリフォルニアの星フライングパスターとのケンタッキーダービーでの対決は、誰も
 が期待したような歴史に残る名勝負とはなりませんでした。 フライングパスターは急速に勢いをなくして5着
 に後退し、スペクタキュラービッドがジェネラルアセンブリーに2馬身3/4差をつけ楽勝したのでした。
  続くプリークネスSでも展開は同じでした。 故郷のメリーランド 州に戻ったビッドは、2着のゴールデンアクト
 に5馬身半の差をつける楽勝を演じました。 レコードにはわずか0.2秒届きませんでした。 この時点で3年
 連続の3冠馬出現を疑う者はほとんどいなかったでしょう。 スペクタキュラービッドの3冠目奪取に、死角は
 まったくありませんでした。 ただひとつ、馬房に落ちていた安全ピンの針先を除いては・・・。
  デルプは出走取り消しも考えました。 しかし、ピンを抜いた後のスペクタキュラービッドの様子にはどこも異
 常はないように見えました。 デルプはすでにスペクタキュラービッドの主戦騎手となっていたフランクリンにピ
 ンの件を伝えましたが、この判断について彼は今でも後悔しているといいます。 結果として若いジョッキーは
 冷静さを失ってしまい、91倍人気の穴馬を早めに追走してしまいました。 結局スペクタキュラービッドは先
 頭に立つことなく3着でゴールしましたが、何かがおかしいことは誰の目にも明らかでした。 蹄に深い感染
 症を発症していることが獣医のアレックス・ハートヒルによって発見されましたが、病巣部を特定するために特
 殊なドリルで奥深くまで穴をあけなくてはならなかったほどでした。

  その後、ビル・シューメーカーという新しいパートナーを得たスペクタキュラービッドは、8月の終わりにデラ
 ウェアパークの一般戦に出走。 後続に17馬身の差をつけてコースレコードで優勝し、完全復活を果たしま
 した。 その後も走る度に驚異的な強さを見せつけましたが、圧巻だったのは古馬を相手に5馬身差をつけ
 たマールボロCでした。 その後、軽い発熱で1ヶ月の休養をはさむと、ジョッキークラブGCに挑戦。 ここで
 も直線で素晴らしい脚を見せましたが、やはり距離が長すぎたのか、最後はアファームドに3/4馬身差届き
 ませんでした。 この敗戦でスペクタキュラービッドは年度代表馬の座を逃しましたが、その栄誉は翌年獲得
 することになります。
 
  オーナーのヘンリー・メイヤーホフは、4歳になってもスペクタ
 キュラービッドに現役を続けさせ、早々にサンタアニタ遠征を決
 めました。 おかげで、歴史に残る名勝負が次々と生まれたの
 でした。 スペクタキュラービッドはこの年出走した9つのレース
 に全勝し、しかもチャールズH.ストラブSではフライングパスター
 を下して前述の2000mの全米レコードを叩き出しました。 そ
 の後もサンタアニタHカリフォルニアSなど順調に勝ち続けま
 した。
  現役最後のレースとなったウッドワードSは単走での優勝で、

チャールズH.ストラブS
 これは1949年のエドワードバークHでのコールタウン以来のことでした。 この後、蹄の古傷が再発し、引退
 が決まりました。 生涯獲得賞金は278万1608ドルで、アファームドを抜いて当時の新記録でした。
  引退後は、40株×55万ドル、総額2200万ドルという当時の新記録でシンジケートが組まれ、ケンタッキ
 ー州の名門クレイボーンファームで種牡馬入りしました。 種牡馬としてのスペクタキュラービッドの成績は期
 待外れに終わったと言われますが、それはあまりにも完璧だった競走成績とどうしても比較されてしまうから
 でしょう。 実際にはスペクタキュラーラブ、スペクタキュラージョーク(モーリスドゲスト賞)など46頭のステー
 クスウイナーを出しており、母の父としても44頭がステークスウイナーになっています。
  1982年、競馬の殿堂入り、2002年には調教師のデルプも殿堂入りしました。 その後ニューヨーク州の
 ミルファー・ファームに移ったスペクタキュラービッドは、2003年6月9日、心臓麻痺のため27歳で世を去りま
 した。

  繋養地
   Claiborne Farm (Paris, Kentucky, USA) (1981-1990)
   Milfer Farm (Unadilla, New York, USA) (1991-2003)