| Secretariat (セクレタリアト) 牡 栗毛 | sire line | family |
| Bold Ruler | Nasrullah | Nearco | Pharos | Phalaris |
| Scapa Flow | ||||
| Nogara | Havresac | |||
| Catnip | ||||
| Mumtaz Begum | Blenheim | Blandford | ||
| Malva | ||||
| Mumtaz Mahal | The Tetrarch | |||
| Lady Josephine | ||||
| Miss Disco | Discovery | Display | Fair Play | |
| Cicuta | ||||
| Ariadne | Light Brigade | |||
| Adrienne | ||||
| Outdone | Pompey | Sun Briar | ||
| Cleopatra | ||||
| Sweep Out | Sweep On | |||
| Dugout | ||||
| Somethingroyal | Princequillo | Prince Rose | Rose Prince | Prince Palatine |
| Eglantine | ||||
| Indolence | Gay Crusader | |||
| Barrier | ||||
| Cosquilla | Papyrus | Tracery | ||
| Miss Matty | ||||
| Quick Thought | White Eagle | |||
| Mindful | ||||
| Impératrice | Caruso | Polymelian | Polymelus | |
| Pasquita | ||||
| Sweet Music | Harmonicon | |||
| Isette | ||||
| Cinquepace | Brown Bud | Brown Prince | ||
| June Rose | ||||
| Assignation | Teddy | |||
| Cinq A Sept |
| Born - Died | 1970.03.30 - 1989.10.04 | |||
| Breeder | Meadow Stud Inc. (Virginia) |
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USA | |
| Trainer | Lucien Laurin |
|
USA | |
| Owner | Meadow Stable |
|
USA |
| 月日 | 開催国 | 競馬場 | 馬場 | 勝ち時計 | 距離 | 頭数 | 騎手 | 斤量 | |
| 競走名 | 格付 | 着順 | 1着馬 / 2着馬 | 着差 | |||||
| 1972 | |||||||||
| 07.04 |
|
USA | Aqueduct | Ft | 1:05.00 | D5.5F | 12 | P. Feliciano | 113 |
| Maiden Special Weight | 4 | Herbull | 11/4 | ||||||
| 07.15 |
|
USA | Aqueduct | Ft | 1:10.60 | D6F | 11 | P. Feliciano | 113 |
| Maiden Special Weight | 1 | / Master Achiever | 6 | ||||||
| 07.31 |
|
USA | Saratoga | Ft | 1:10.80 | D6F | 7 | R.J.M. Turcotte | 118 |
| Allowance | 1 | / Russ Miron | 11/2 | ||||||
| 08.16 |
|
USA | Saratoga | Ft | 1:10.00 | D6F | 5 | R.J.M. Turcotte | 121 |
| Sanford Stakes | 1 | / Linda's Chief | 3 | ||||||
| 08.26 |
|
USA | Saratoga | Ft | 1:16.20 | D6.5F | 9 | R.J.M. Turcotte | 121 |
| Hopeful Stakes | 1 | / Flight To Glory | 5 | ||||||
| 09.16 |
|
USA | Belmont Park | Ft | 1:16.40 | D6.5F | 7 | R.J.M. Turcotte | 122 |
| Futurity Stakes | 1 | / Stop The Music | 13/4 | ||||||
| 10.14 |
|
USA | Belmont Park | Ft | 1:35.00 | D8F | 12 | R.J.M. Turcotte | 122 |
| Champagne Stakes | 2 | Stop The Music | 降着-1 | ||||||
| 10.28 |
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USA | Laurel Park | Sy | 1:42.80 | D8.5F | 6 | R.J.M. Turcotte | 122 |
| Laurel Futurity | 1 | / Stop The Music | 8 | ||||||
| 11.18 |
|
USA | Garden State | Ft | 1:44.40 | D8.5F | 6 | R.J.M. Turcotte | 122 |
| Garden State Stakes | 1 | / Angle Light | 31/2 | ||||||
| 1973 | |||||||||
| 03.17 |
|
USA | Aqueduct | Sy | 1:23.20 | D7F | 6 | R.J.M. Turcotte | 126 |
| Bay Shore Stakes | G3 | 1 | / Champagne Charlie | 41/2 | |||||
| 04.07 |
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USA | Aqueduct | Ft | c 1:33.40 | D8F | 6 | R.J.M. Turcotte | 126 |
| Gotham Stakes | G2 | 1 | / Champagne Charlie | 3 | |||||
| 04.21 |
|
USA | Aqueduct | Ft | 1:49.80 | D9F | 8 | R.J.M. Turcotte | 126 |
| Wood Memorial Stakes | G1 | 3 | Angle Light | 4 | |||||
| 05.05 |
|
USA | Churchill Downs | Ft | c 1:59.40 | D10F | 13 | R.J.M. Turcotte | 126 |
| Kentucky Derby | G1 | 1 | / Sham | 21/2 | |||||
| 05.19 |
|
USA | Pimlico | Ft | 1:54.40 | D9.5F | 6 | R.J.M. Turcotte | 126 |
| Preakness Stakes | G1 | 1 | / Sham | 21/2 | |||||
| 06.09 |
|
USA | Belmont Park | Ft | w 2:24.00 | D12F | 5 | R.J.M. Turcotte | 126 |
| Belmont Stakes | G1 | 1 | / Twice A Prince | 31 | |||||
| 06.30 |
|
USA | Arlington Park | Ft | 1:47.00 | D9F | 4 | R.J.M. Turcotte | 126 |
| Arlington Invitational Stakes | 1 | / My Gallant | 9 | ||||||
| 08.04 |
|
USA | Saratoga | Ft | 1:49.20 | D9F | 5 | R.J.M. Turcotte | 119 |
| Whitney Handicap | G2 | 2 | Onion | 1 | |||||
| 09.15 |
|
USA | Belmont Park | Ft | w 1:45.40 | D9F | 7 | R.J.M. Turcotte | 124 |
| Marlboro Cup Invitational Handicap | 1 | / Riva Ridge | 31/2 | ||||||
| 09.29 |
|
USA | Belmont Park | Sy | 2:25.80 | D12F | 5 | R.J.M. Turcotte | 119 |
| Woodward Stakes | G1 | 2 | Prove Out | 41/2 | |||||
| 10.08 |
|
USA | Belmont Park | F | c 2:24.80 | T12F | 7 | R.J.M. Turcotte | 121 |
| Man O' War Stakes | G1 | 1 | / Tentam | 5 | |||||
| 10.28 |
|
CAN | Woodbine | F | 2:41.80 | T13F | 12 | E.R. Maple | 117 |
| Canadian International Championship Stakes | G2 | 1 | / Big Spruce | 61/2 | |||||
| 年 | 馬齢 | 出走 | 1着 | 2着 | 3着 | 以下 | |
| 1972 | 2 | 9 | 7 | 1 | 0 | 1 | |
| 1973 | 3 | 12 | 9 | 2 | 1 | 0 | |
| 合計 | 21 | 16 | 3 | 1 | 1 | ||
| 芝 | 2 | 2 | 0 | 0 | 0 | ||
| ダート | 19 | 14 | 3 | 1 | 1 | ||
| G1 | 6 | 4 | 1 | 1 | 0 | ||
ホープフルS (米、ダート6.5F) ベルモントフューチュリティーS (米、ダート6.5F) ローレルフューチュリティー (米、ダート8.5F) ケンタッキーダービー (米G1、ダート10F) プリークネスS (米G1、ダート9.5F) ベルモントS (米G1、ダート12F) マンノウォーS (米G1、芝12F) サンフォードS (米、ダート6F) ベイショーアS (米G3、ダート7F) ゴッサムS (米G2、ダート8F) マールボロC (米、ダート9F) カナダインターナショナルチャンピオンシップ (加G2、芝13F) 2着−アメリカシャンペインS (米、ダート8F) 2着−ウッドワードS (米G1、ダート12F) |
| エクリプス賞年度代表馬、最優秀2歳牡馬 (1972) エクリプス賞年度代表馬、最優秀3歳牡馬、最優秀芝馬 (1973) 競馬の殿堂 (米) (1974) 首位種牡馬(母父) (米) (1992) |
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セクレタリアトは、メドウ・ステイブルとボールドルーラーの 所有生産者であったウィートレー・ステイブルの共同作品 でした。 メドウ・ステイブルの代表者ヘレン・チェネリー氏と ウィートレー・ステイブルの設立者グラディス・フィップス氏の 息子オグデン・フィップス氏は、ボールドルーラーとメドウ・ス テイブルの繁殖牝馬との間に生まれる産駒を交互に所有す る契約を交わしていました。 1969年のサラトガ競馬場で、 翌年生まれる産駒の権利を賭けたコイントスにチェネリーが |
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勝ち、1970年3月30日にヴァージニア州ドスウェルのメドウ・スタッドで生まれた栗毛の牡馬は、メドウ・ ステイブルが所有することになりました。 母サムシングロイヤルは、他にもサーゲイロードなど3頭のステ イクス勝ち馬を生んでいた優秀な繁殖牝馬でした。 英語で 「書記(秘書)の職」 というような意味のセクレタリアトと名付けられた栗毛の牡馬は、カナダ出身 の名調教師リュシアン・ローリンの下に預けられ、調教でも素晴らしい走りを見せていました。 7月にアケ ダクト競馬場え行われた初出走戦こそ、道中で不利もあり小差の4着に敗れたものの、その後は未勝利 馬戦、一般戦、サンフォードS、ホープフルS、ベルモントフューチュリティーSと5連勝を飾りました。 ところ が、米シャンペインSでは1着入線するも、進路妨害をとられてストップザミュージックの2着に降着になって しまいました。 しかし、続くローレルフューチュリティーでそのストップザミュージックに8馬身差をつけ実力 の違いを見せ付けると、ガーデンステイトSも勝ち、この年の成績を9戦7勝としました。 この1972年には同厩舎で1歳年上のリヴァリッジがケンタッキーダービー、ベルモントSを勝つ活躍を見 せていましたが、エクリプス賞で年度代表馬に選出されたのは、2歳馬のセクレタリアトでした。 年が明けて1973年、1月3日にメドウ・ステイブルの設立者クリストファー・チェネリー氏が亡くなったため、 セクレタリアトの種牡馬としての権利が売却されることになり、2月末には19万ドル×32株、総額608万 ドル(約18億700万円)という巨額のシンジケートが組まれました。 これは1970年のニジンスキーに付 けられた544万ドルを上回る新記録でした。 当時、金1オンスは100ドルほどで、セクレタリアトの体1オ ンス分は、その3倍の325ドルもするのかと、マスコミは騒ぎ立てました。 |
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そんな喧騒をよそに、3歳になったセクレタリアトは、初戦のベイショーアSを勝ち、続くゴッサムSも走路 同記録で連勝。 ところが、ウッドメモーリアルSでは同厩舎のアングルライトの3着と思わぬ敗戦を喫しま した。 こうして迎えた5月5日のケンタッキーダービー、ここでもセクレタリアトは単勝2.5倍の1番人気に 支持されましたが、前走の敗戦が懸念されたのか、3歳時では唯一となる2倍を超える倍率となりました。 発走から最後方を追走していたセクレタリアトは、3コーナーであっという間に先団に取り付くと、直線に 入って一気に抜け出し、唯一ついてきたウッドメモーリアルS2着のシャムにも2馬身1/2差をつけて圧勝を 飾りました。 3着以下はさらに8馬身差も離れ、勝ち時計の1分59秒4は、1964年のノーザンダンサー の記録を0秒6更新する走路記録でした。 |
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続くプリークネスSでも最後方を悠然と進みながら、第1コ ーナーで外から仕掛けると、向こう正面入り口で早々と先頭 に立ってそのまま逃げ切り勝ち収め、父子制覇を達成しまし た。 この競走ではピムリコ競馬場の時計計測器が故障した ため、記録係が手動計測した1分54秒4が勝ち時計とされ ましたが、デイリーレイシングポスト紙のベテラン計測員によ る記録は1分53秒4で、これだと走路記録になります。 1973年6月9日、運命の日の午後、ロナルド・ターコット 騎手はベルモントパーク競馬場でセクレタリアトの鞍上にあ |
| プリークネスS | |
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りました。 ラーソンのワールドシリーズ完全試合、バニスターの1マイル3分台、サラゼンのマスターズで のダブルイーグル、チェンバレンの1ゲーム100得点などと肩を並べるスポーツの大記録が、この日、競馬 界にも生まれたのでした。 その日の朝、殿堂入りも果たした元調教師のホリー・ヒューズは、ターコットと二言三言かわすつもりで 調教コースの傍らに立っていました。 20世紀前半の3強と言われるサイソンビー、コリン、マンノウォーの 3頭とも自身で目撃している競馬界の重鎮でした。 「普段は寡黙な人でしたが、その朝は珍しく私に話しかけてきました。」 と、ターコットは当時を振り返りま す。 「こんなことを言われましたよ。 『いいかい、今日は万に一つも負けることはないからな。 落馬しない ようにだけ気をつけていればいい。 まあ聞け、俺は歴代の名馬と呼ばれる馬をすべてこの目で見てきたが、 その中でお前さんが今日乗るこの馬が、間違いなく最高だ。』」 競馬場に詰め掛けた6万7000人以上のファン、そしてその何十倍にも上るテレビで観戦していた人々の 目の前で、アメリカ競馬史上最高のスピードとスタミナはいかんなく発揮されました。 チック・アンダーソン による実況は、12ハロンの競走の大半をセクレタリアトの記録的な走りに対する称賛に費やしました。 「セクレタリアト、圧倒的な強さで先頭です! 前半6ハロンのラップは1分9秒8。 セクレタリアト、差を さらに広げます。 まるで戦闘機のような素晴らしい走り!」 そして後半に入っても、セクレタリアトの勢いは止まりませんでした。 対抗と見られたシャムもいとも簡単 に振り切られ、先頭を行くセクレタリアトとの差は広がるばかりでした。 実際、セクレタリアトが後続につけ た差は、1マイルを1分34秒2で通過したときには7馬身、10ハロンを1分59秒0で通過したときには20 馬身、残り1ハロンでは28馬身、そして最後に、世界記録の2分24秒0でゴール板を通過したときには、 なんと31馬身にまで広がっていました。 1957年のギャラントマンの競走記録2分26秒6ばかりか、19 64年にゴーイングアブロードがアケダクト競馬場で記録した2分26秒2の国内記録も、一気に2秒以上短 縮させてしまいました。 もちろん、いまだに2分26秒を切る馬すら出ていない不滅の大記録です。 こうしてセクレタリアトは、1948年のサイテイション以来25年ぶり、史上9頭目の米3冠の勝ち馬となり、 『タイム』、『ニューズウィーク』、『スポーツ・イラストレイティド』 など、有力一般誌の表紙を軒並み飾り、アメ リカの国民的英雄となりました。 |
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セクレタリアトの生涯最高の競走は疑いようもなくベルモントSでしょう が、それが終着点ではありませんでした。 ベルモントSの後、セクレタ リアトはシカゴへ行き、それを記念してリチャード・ダーレー知事は6月 30日を 「セクレタリアトの日」 と決めました。 セクレタリアトは、アーリ ントン招待競走を、ダマスカスの走路記録1分46秒8にまずか0秒2 遅れるだけの記録で優勝。 ターコットは後に 「2完歩の差で、レコード をもう1つ取れるところだったね」 と語っています。 アーリントンパーク 競馬場が翌年、米3冠馬の栄誉をたたえて創設したセクレタリアトSは、 後にGTに昇格しました。 こうして世代の頂点に立ったセクレタリアトには、この後古馬との戦い が待っていました。 それでも向かうところ敵なしと思われたセクレタリ |
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アトは、サラトガ競馬場でのホイットニーHでオニオンの2着と敗れ、競馬界を驚愕させました。 世間は、ラ チに近づけ過ぎたのだと言ってターコットの騎乗を非難しましたが、後に馬の発熱が判明しました。 この汚名を、セクレタリアトは9月15日にベルモントパーク競馬場で行われたマールボロCで返上しまし た。 ダート9ハロンをこれまた世界記録となる1分45秒4で走破し、リヴァリッジを始め、クーガー、オニオ ン、アネレイテム、ケネディーロード、キートゥーザミントといった強豪をねじ伏せました。 しかしその2週間後、不良馬場で行われたウッドワードSでは、プルーヴアウトに先着を許してしまいまし た。 セクレタリアトがダブリュー(W)で始まる競走を3つ落としたとして、ちょっとした話題となりました(残 りの2つは、春に行われたウッドメモーリアルSと、前述のホイットニーH)。 さらにこの敗戦から9日後に臨んだ初の芝の競走、マンノウォーSでは、2分24秒8の走路記録で優勝。 芝でも走れるのかという周囲の心配に、簡単に答えを出して見せました。 セクレタリアトの最後の競走は、10月末にウッドバイン競馬場で行われるカナダ国際チャンピオンシップ に決まりました。 これより半世紀以上も前に、同じく 「ビッグ・レッド」 とあだ名されたマンノウォーも引退 の舞台としてカナダの地を訪れ、史上初の米3冠の勝ち馬サーバートンを下して有終の美を飾っていまし た。 直前にターコット騎手が騎乗停止処分を受けて、残念ながら故郷への凱旋をすることは出来なくなってし まいましたが、エドワード・メイプル騎手を鞍上に、セクレタリアトはこの競走も6馬身1/2差で圧勝し、生涯 成績を21戦16勝として引退することになりました。 生涯獲得賞金は、131万6808ドル。 エクリプス賞では2年連続となる年度代表馬、最優秀3歳牡馬、 最優秀芝馬を受賞。 1974年には競馬の殿堂入りも果たしました。 体高は、16.2ハンド(約165cm)、 馬体重は、1200ポンド(約544kg)でした。 馬体を目一杯使って走る究極の走法は、見るものを魅了し、 後の研究家からも絶賛されました。 20世紀の終わりから21世紀の初めに相次いで発表された各種のランキングでも上位に格付けされまし た。 『タイムフォーム』 誌のレイティングに基づく20世紀の世界平地競走馬トップ200では、シーバードに 続く第2位、『ブラッド・ホース』 誌による20世紀のアメリカ競走馬トップ100では、マンノウォーに続く第2 位になっています。 また、『タイム』 誌による20世紀のアスリートベスト10にも競走馬として唯一選出さ れ、話題となりました。 |
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セクレタリアトが種牡馬として、ケンタッキー州パリス近郊 にあるハンコック一族のクレイボーン・ファームに到着したの は、1973年11月のことでした。 セクレタリアトに用意され た馬房は、奇しくも1971年に死亡した父ボールドルーラー がかつて過ごしていた場所でした。 検査の結果、受精能力が疑問視されましたが、これは杞 憂に終わり、生涯を通じて653頭の産駒を残し、そのうちの 57頭がステイクス勝ち馬となりました。 初年度産駒の1頭 は、キーンランド7月セリで1歳馬としては当時の新記録とな |
| ベルモントパーク競馬場のセクレタリアト像 | |
| る150万ドルで落札されました。 | |
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種牡馬としてのセクレタリアトに対しては、少々物足りないという評価が一般的です。 しかしこれは、周 囲の期待があまりに高かったのと、同じ牧場に繋養されていた同年齢のミスタープロスペクターと比較され てしまうからなのかもしれません。 確かに彼自身に匹敵するほどの産駒はついに出ませんでしたが、そ れでも米2冠の勝ち馬リズンスター、BCディスタフの勝ち馬レイディーズシークレット、トラヴァーズSの勝ち 馬ジェネラルアセンブリーなど相当に優秀なものでした。 そして真価を発揮したのは、むしろ母の父として でした。 娘の子からは、ストームキャット、エイピーインディー、サマースコール、ゴーンウエスト、セクレト、 チーフズクラウン、フォークスラートなど、次々と名馬が生まれました。 1989年秋に蹄葉炎を発症、懸命に治療が施されましたが次第に悪化し、10月4日、ついに安楽死の 処置がとられました。 ケンタッキー大学で行われた解剖によると、心臓の重さが10kg弱と通常の馬の 2倍以上もあったという話も残っています。 19歳で世を去ったセクレタリアトの遺体は、クレイボーン・ファ ームに埋葬されました。 現在、その姿は、ベルモントパーク競馬場やケンタッキー・ホース・パークなどに 飾られた像で目にすることができます。 |
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繋養地 Claiborne Farm (USA) (1974-1989) |
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| 兄弟姉妹 | 生年 | 父 | 勝ち鞍 | |
| Cherryville | 牝 | 1958 | Correspondent | Broodmare |
| Sir Gaylord | 牡 | 1959 | Turn-To | Sapling S. (USA) |
| First Family | 牡 | 1962 | First Landing | Gulfstream Park H. (USA) |
| Swansea | 牝 | 1963 | Turn-To | Broodmare |
| Grand Coulee | 牝 | 1964 | First Landing | 2nd- Matron H. (USA) |
| Syrian Sea | 牝 | 1965 | Bold Ruler | Selima S. (USA) |
| Royal Tatan | 牡 | 1966 | Tatan | Stallion |
| The Bride | 牝 | 1969 | Bold Ruler | Broodmare |
| Capital Asset | 牡 | 1971 | First Landing | Stallion |
| Somethingfabulous | 牡 | 1972 | Northern Dancer | Stallion |
| Straight Flush | 牡 | 1975 | Riva Ridge | Stallion |
| Rossini | 牡 | 1977 | Restless Wind | Stallion |