| Nearco (ネアルコ) 牡 黒鹿毛 | sire line | family |
| Pharos | Phalaris | Polymelus | Cyllene | Bona Vista |
| Arcadia | ||||
| Maid Marian | Hampton | |||
| Quiver | ||||
| Bromus | Sainfoin | Springfield | ||
| Sanda | ||||
| Cheery | St. Simon | |||
| Sunrise | ||||
| Scapa Flow | Chaucer | St. Simon | Galopin | |
| St. Angela | ||||
| Canterbury Pilgrim | Tristan | |||
| Pilgrimage | ||||
| Anchora | Love Wisely | Wisdom | ||
| Lovelorne | ||||
| Eryholme | Hazlehatch | |||
| Ayrsmoss | ||||
| Nogara | Havresac | Rabelais | St. Simon | Galopin |
| St. Angela | ||||
| Satirical | Satiety | |||
| Chaff | ||||
| Hors Concours | Ajax | Flying Fox | ||
| Amie | ||||
| Simona | St. Simon | |||
| Flying Footstep | ||||
| Catnip | Spearmint | Carbine | Musket | |
| Mersey | ||||
| Maid Of The Mint | Minting | |||
| Warble | ||||
| Sibola | The Sailor Prince | Albert Victor | ||
| Hermita | ||||
| Saluda | Mortemer | |||
| Perfection |
| Born - Died | 1935.01.24 - 1957.06.27 | ||
| Breeder | Razza Dormello | ITY |
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| Trainer | Federico Tesio | ITY |
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| Owner | Federico Tesio | ITY |
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| 日付 | 開催国 | 競馬場 | 馬場 | 条件 | 勝時計 | 距離 | 頭 | 騎手 | 斤量 | |
| 競走名 | 格付 | 着 | 1着馬 / 2着馬 | 着差 | ||||||
| 1937 | ||||||||||
| 06.10 |
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ITY | Milano | 2 | 1000M | |||||
| コリコ賞 | 1 | 3 | ||||||||
| 09.12 |
|
ITY | Milano | 2 | 1000M | |||||
| Premio Menaggio | 1 | 2 | ||||||||
| 09.22 |
|
ITY | Milano | 2 | 1200M | |||||
| ヴィメルカテ賞 | 1 | 11/2 | ||||||||
| 09.26 |
|
ITY | Milano | 2 | 1200M | 3 | ||||
| Criterium Nazionale | 1 | 2 | ||||||||
| 10.17 |
|
ITY | Milano | 2c&f | 1500M | 4 | ||||
| Gran Criterium | 1 | 21/2 | ||||||||
| 10.31 |
|
ITY | Róma | 2 | 1400M | |||||
| Premio Tevere | 1 | |||||||||
| 11.14 |
|
ITY | Milano | 2+ | 1400M | |||||
| Premio Chiusura | 1 | |||||||||
| 1938 | ||||||||||
| 02.27 |
|
ITY | Pisa | 3 | 1400M | |||||
| ミニステレデッラグリコルトゥラエデレフォレステ賞 | 1 | 3 | ||||||||
| 04.03 |
|
ITY | Róma | 3c&f | 1600M | |||||
| Premio Parioli | 1 | 6 | ||||||||
| 04.03 |
|
ITY | Milano | 3 | 2000M | |||||
| Premio Principe Filiberto | 1 | 3 | ||||||||
| 04.10 |
|
ITY | Róma | 3c&f | 2:32.00 | 2400M | ||||
| Derby Italiano | 1 | |||||||||
| 05.29 |
|
ITY | Milano | 3c&f | 2400M | |||||
| Gran Premio Impero | 1 | 3 | ||||||||
| 06.19 |
|
ITY | Milano | 3+c&f | 3:21.60 | 3000M | ||||
| Gran Premio di Milano | 1 | 3 | ||||||||
| 06.26 |
|
FR | Longchamp | 3c&f | 3000M | 18 | ||||
| Grand Prix de Paris | 1 | /Canot | 11/2 | |||||||
| 年 | 馬齢 | 出走 | 1着 | 2着 | 3着 | 以下 |
| 1935 | 2 | 7 | 7 | 0 | 0 | 0 |
| 1936 | 3 | 7 | 7 | 0 | 0 | 0 |
| 合計 | 14 | 14 | 0 | 0 | 0 | |
| 芝 | 14 | 14 | 0 | 0 | 0 | |
|
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リーディングサイアー
(英愛) (1947,48) (2) リーディングブルードメアサイアー (英愛) (1952,55,56) (3) |
| 「ドルメロの魔法使い」、生産と調教において比類ない天才 ぶりを発揮したフェデリコ・テシオ氏のニックネームです。 マジョーレ湖畔に自らが創設したドルメロ牧場から彼が送り 出す馬たちの強さは、まさに魔法にかけられているかのよう でした。 特に、1935年に生産した1頭の黒鹿毛の牡馬は、 後に 「完璧なサラブレッド」 とまで呼ばれるようになりました。 第2次世界大戦の当時もイタリアは決してヨーロッパ競馬の 中心ではありませんでしたが、この馬に対してはイギリスもフ |
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| ランスもただ称賛の声を贈るしかありませんでした。 馬の名はネアルコ。 どんな批判も不可能なサラブレッ ドがいるとしたら、この馬がそうかもしれません。 ネアルコの母ノガラは、レジーナエレナ賞とパリオーリ賞を制した名牝で、テシオは当初このノガラにフェア ウェイをつける予定にしていましたが、すでに種付け予約が一杯で断られてしまったたために、全兄のファロ スで代用することにしました。 この偶然の配合の結果がネアルコというわけでした。 決して大きくはないも のの、完璧に均整の取れた美しい黒鹿毛の馬体と、そこから発揮されるパワーとスピードは、すでに幼い頃 から際立っていました。 2歳でのデビュー戦となったミラノのコリコ賞を3馬身差で楽勝し、いきなり素質の違いを見せつけたネアル コは、続くメナッジオ賞も2馬身差、ヴィメルカテ賞も1馬身半差と、いずれも楽勝を決めました。 その強さに ほかが恐れをなして、クリテリウム・ナツィオナーレでは、わずか3頭立てとなってしまいました。 そして圧倒 的人気に応えてここも2馬身差で完勝。 イタリア国内の2歳最強馬決定戦、グランクリテリウムでも、ネアル コに挑んできたのはわずか3頭。 直線ではそのうちの1頭で同厩舎のガッドガッディに楽な手応えのまま2 馬身半差をつけて優勝。 さらに、テーヴェレ賞、キウスラ賞といずれも危なげのない勝利を挙げて、7戦7勝 で2歳シーズンを締めくくりました。 完璧な競走成績の上、まだ本気で追われたことのないレースぶりは底 知れない実力を感じさせました。 その年のイタリア・フリーハンデでは、当然143ポンド(約64.9kg)という 2歳トップハンデを獲得しました。 3歳になると、その強さはいよいよ凄みを増していきました。 まずミニステレデッラグリコルトゥラエデレフォ レステ賞(農林大臣賞)を3馬身差で楽勝すると、パリオーリ賞もペリニョにやすやすと6馬身もの大差をつけ て圧勝しました。 さらに、プリンチペフィリベルト賞でも、他馬をまったく問題にせず3馬身差の快勝。 続く 伊ダービーの2400mという距離も苦にするどころか、騎手が軽く手をしごいただけで後続をみるみるうちに 引き離し、大差をつけて大楽勝を飾りました。 桁違いの強さは、6月にミラノで行われたインペロ大賞でも変 わらず、ここも3馬身差で楽勝を決めました。 もはや国内に敵はない。 慎重なテシオ氏も本気で海外のレースを使うことを考え始めました。 目標はフ ランスのパリ大賞に据えられました。 しかし、テシオはネアルコを本質的にステイヤーではないと考えていました。 体形的にもどちらかといえば スピードタイプで、距離が延びても楽勝しているのは、あくまでも絶対的な能力の高さゆえであると考えてい ました。 パリ大賞のわずか6日前にミラノ大賞に出走させたのは、3000mという距離を一度経験させてお くという意味もあったかもしれません。 ここでは当然、騎手も無理をさせませんでしたが、いつもと変わらない レースぶりで楽勝し、パリへと旅立ちました。 ネアルコの怪物じみた強さはパリでも評判になっていました。 この年のパリ大賞には、英ダービーの勝ち 馬ボワルセル、ジョケクルブ賞の勝ち馬シラ、リュパン賞の勝ち馬カステルフサノ、プールデセデプーリッシュ とディアヌ賞を制したフェーリ、ジョケクルブ賞2着のカノなど、当時のヨーロッパの最強クラスの顔ぶれが揃い ましたが、ネアルコはそれらの強豪を抑え、3.9倍の堂々1番人気に支持されました。 その期待に応え、抜群の手応えでコールまで1200mの地点で先頭に立ち、そのまま直線に入っても勢い は止まらず、最後は追い込んできたカノを1馬身半差退け、終わってみればここも完勝でした。 このパリ大賞の4日後、イギリスのマーティン・ベンソン氏がネアルコを6万ポンドという当時の最高価格で 購入したと発表され、人々を驚かせました。 そのまま引退してイギリスのビーチハウススタッドで種牡馬 入りしたネアルコの種付けの申し込みは、わずか数時間で向こう3年間の予約が埋まってしまったといいま す。 そして、それだけのことはありました。 ナスルーラ、ニアークティック、ロイヤルチャージャー、ダンテといっ た産駒がいずれも大種牡馬として活躍し、ドルメロの魔法は、今も世界中のサラブレッドの体内に脈々と流 れ続けています。 |
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繋養地 Beech House Stud (Newmarket, Suffolk, GB) (1937-57) |
| 兄弟姉妹 | 生年 | 父 | 勝ち鞍 | |
| Niccolò Dell'Arca | 牡 | 1938 | Coronach | Derby Italiano (ITY) |
| Nicolaus | 牡 | 1939 | Solario | Stallion |
| Nakamuro | 牡 | 1940 | Cameronian | 2nd - Derby Italiano (ITY) |
| Nervesa | 牝 | 1941 | Ortello | Oaks d'Italia (ITY) |
| Niccolò d'Arezzo | 牡 | 1942 | Ortello | Stallion |
| Naucide | 牡 | 1945 | Bellini | Premio Chiusura (ITY) |
| King Of Tara | 牡 | 1947 | Torbido | Stallion |