Nasrullah  (ナスルーラ)  牡   鹿毛 sire line family
Nearco Pharos Phalaris Polymelus Cyllene
Maid Marian
Bromus Sainfoin
Cheery
Scapa Flow Chaucer St. Simon
Canterbury Pilgrim
Anchora Love Wisely
Eryholme
Nogara Havresac Rabelais St. Simon
Satirical
Hors Concours Ajax
Simona
Catnip Spearmint Carbine
Maid Of The Mint
Sibola The Sailor Prince
Saluda
Mumtaz Begum Blenheim Blandford Swynford John O' Gaunt
Canterbury Pilgrim
Blanche White Eagle
Black Cherry
Malva Charles O'Malley Desmond
Goody Two Shoes
Wild Arum Robert Le Diable
Marliacea
Mumtaz Mahal The Tetrarch Roi Hérode Le Samaritain
Roxelane
Vahren Bona Vista
Castania
Lady Josephine Sundridge Amphion
Sierra
Americus Girl Americus
Palotta
 
 Born - Died 1940.03.02 - 1959.05.26
 Breeder His Highness Aga Khan III IRE
 Trainer Frank Butters (Newmarket, Suffolk) GB
 Owner His Highness Aga Khan III

 

日付 開催国 競馬場 馬場 条件 勝時計 距離 騎手 斤量
 競走名 格付 1着馬 / 2着馬 着差
1942
06.12 GB Newmarket   2   5F 8 D. Smith  
 Will Burton Stakes 3 Nearly 11/2
06.30 GB Newmarket   2   5F   G. Richards  
 Coventry Stakes 1 /Straight Deal 11/2
07.18 GB Newmarket   2   6F   D. Smith  
 Great Bradley Stakes 1 /Feriel 4
08.26 GB Newmarket   2c&f   6F   D. Smith 126
 Middle Park Stakes 2 Ribbon neck
1943
05.05 GB Newmarket   3   8F   G. Richards  
 Chatteris Stakes 1 /Response 1/2
05 GB Newmarket   3c&f   8F 19 G. Richards 126
 2000 Guineas Stakes 4 Kingsway 3/4
06 GB Newmarket   3c&f   12F 23 G. Richards 126
 New Derby Stakes 3 Straight Deal  
  GB Newmarket       10F      
  1    
09 GB Newmarket   3c&f   14F 12   126
 St. Leger Stakes 6 Herringbone  
10 GB Newmarket   3+   10F   G. Richards  
 Champion Stakes 1 /Kingsway 1

 

馬齢 出走 1着 2着 3着 以下
1942 2 4 2 1 1 0
1943 3 6 3 0 1 2
合計 10 5 1 2 2
10 5 1 2 2


  イギリスチャンピオンS (英、芝10F)
  コヴェントリーS (英、芝5F)
  2着−ミドルパークS (英、芝6F)

   リーディングサイアー (英愛) (1951)
   リーディングサイアー (米) (1955,56,59,60,62) (5)

 

  第2次世界大戦後、経済の繁栄がヨーロッパからアメリカへ
 移ったのとともに、世界の競馬の中心もアメリカへ移っていき
 ました。 多くの高額賞金レースが組まれ、優れた種牡馬が
 ケンタッキー州に集められました。 アメリカのサラブレッド生
 産頭数は戦前の10倍近くにも増加していきました。
  その象徴が1950年のナスルーラのアメリカ行きでした。
 ナスルーラは種牡馬としてヨーロッパでもアメリカでも成功し、
 1951年には英愛リーディングサイアーとなり、アメリカでは
 5回もリーディングサイアーとなりました。 英米の両方でリーディングサイアーの座についたのは、19世紀の
 プリアムの例がありますが、その当時とは比較にならないほどの価値がナスルーラにはあります。 ナスルー
 ラのスピードはアメリカの平坦、小回りのダート競馬によく適合し、産駒のボールドルーラーなどを通じてよりス
 ピード重視の現代競馬を推進する役割を担いました。
  第2次世界大戦中の1940年、ナスルーラはアガ・カーン3世殿下の自家生産馬として、アイルランドのシェ
 シューン牧場で生まれました。 父ネアルコパリ大賞の勝ち馬で大種牡馬。 母ムムターズビーガムは名
 牝ムムターズマハルの娘でイギリスで走り8戦2勝。
  2歳6月のデビュー戦は3着。 続くコヴェントリーSでは後の英ダービーの勝ち馬ストレートディールを1馬身
 半差突き放して快勝。 グレートブラッドリーSにも勝ち、ミドルパークSリボンの2着でした。
  3歳初戦となったチャタリスSを勝ち、英2000ギニーでは1番人気に推されたものの、先頭に立つと走る気
 をなくしたように失速して4着に敗れてしまいました。 続く英ダービーでも残り1ハロンで先頭に立ったものの
 かわされてストレートディールの3着。 ケヴェナムSを楽勝し、英セントレジャーに出走するもヘリンボンの6着
 でした。
  ナスルーラは爆発的なスピードを持っていましたが、気性の悪さがその能力を制限していました。 現役最
 後のレースとなった英チャンピオンSでは、名手ゴードン・リチャーズがスタートからナスルーラを抑えに抑える
 と、ゴール前では素晴らしい末脚を見せ、ついにその真価を発揮して優勝しました。
  このレースを最後に引退したナスルーラはイギリスで種牡馬入りしました。 1年間供用された後、ジョン・マ
 グラス氏に売却されて、アイルランドのブラウンズタウン牧場に移りました。 初年度産駒であるヌーアはアメ
 リカへ渡り、米3冠馬サイテーションを3度も破るなど大活躍を見せました。 1950年、アーサー・ハンコック
 氏はナスルーラを37万ドルで共同購入し、アメリカに輸入しました。 そしてアメリカでの初年度産駒からも米
 2冠馬ナシュアが出るなど大成功を収めることになります。 通算では420頭の産駒から98頭のステークス
 ウイナーを送り出し、1959年に19歳で世を去りました。

  繋養地
   (GB) (1944)
   Brownstown Stud (IRE) (1945-49)
   Claiborne Farm (Paris, Kentucky, USA) (1950-59)

 

兄弟姉妹 生年 勝ち鞍
Darbhanga 1942 Dastur Stallion
Rivaz 1943 Nearco Queen Mary S. (GB)
Nizami 1946 Nearco Stallion