| Nashwan (ナシュワン) 牡 栗毛 | sire line | family |
| Blushing Groom | Red God | Nasrullah | Nearco | Pharos |
| Nogara | ||||
| Mumtaz Begum | Blenheim | |||
| Mumtaz Mahal | ||||
| Spring Run | Menow | Pharamond | ||
| Alcibiades | ||||
| Boola Brook | Bull Dog | |||
| Brookdale | ||||
| Runaway Bride | Wild Risk | Rialto | Rabelais | |
| La Grelee | ||||
| Wild Violet | Blandford | |||
| Wood Violet | ||||
| Aimee | Tudor Minstrel | Owen Tudor | ||
| Sansonnet | ||||
| Emali | Umidwar | |||
| Eclair | ||||
| Height Of Fashion | Bustino | Busted | Crepello | Donatello |
| Crepuscule | ||||
| Sans Le Sou | Vimy | |||
| Martial Loan | ||||
| Ship Yard | Doutelle | Prince Chevalier | ||
| Above Board | ||||
| Paving Stone | Fairway | |||
| Rosetta | ||||
| Highclere | Queen's Hussar | March Past | Petition | |
| Marcelette | ||||
| Jojo | Vilmorin | |||
| Fairy Jane | ||||
| Highlight | Boreaus | Brumeux | ||
| Aurora | ||||
| Hypericum | Hyperion | |||
| Feola |
| Born - Died | 1986.03.01 - 2002.07.19 | |||
| Breeder | Sheikh Hamdan bin Rashid Al Maktoum (Kentucky) |
|
USA | |
| Trainer | William R. Hern |
|
GB | |
| Owner | Sheikh Hamdan bin Rashid Al Maktoum |
|
UAE |
| 月日 | 開催国 | 競馬場 | 馬場 | 勝ち時計 | 距離 | 頭数 | 騎手 | 斤量 | |
| 競走名 | 格付 | 着順 | 1着馬 / 2着馬 | 着差 | |||||
| 1988 | |||||||||
| 08.13 |
|
GB | Newbury | G-F | 1:28.28 | T7F | 27 | W.F.H. Carson | 126 |
| E. B. F. Yattendon Maiden Stakes | 1 | / Young Turpin | 3/4 | ||||||
| 10.08 |
|
GB | Ascot | G-Sf | 1:47.29 | T8F | 6 | W.F.H. Carson | 123 |
| Red Oaks Autumn Stakes | L | 1 | / Optimist | 4 | |||||
| 1989 | |||||||||
| 05.06 |
|
GB | Newmarket | G-F | 1:36.44 | T8F | 14 | W.F.H. Carson | 126 |
| General Accident 2000 Guineas Stakes | G1 | 1 | / Exbourne | 1 | |||||
| 06.07 |
|
GB | Epsom | G | 2:34.90 | T12F | 12 | W.F.H. Carson | 126 |
| Ever Ready Derby Stakes | G1 | 1 | / Terimon | 5 | |||||
| 07.08 |
|
GB | Sandown | G | 2:07.38 | T10F | 6 | W.F.H. Carson | 120 |
| Coral Eclipse Stakes | G1 | 1 | / Opening Verse | 5 | |||||
| 07.22 |
|
GB | Ascot | G-F | 2:32.27 | T12F | 7 | W.F.H. Carson | 122 |
| King George VI & Queen Elizabeth Diamond Stakes | G1 | 1 | / Cacoethes | neck | |||||
| 09.17 |
|
FR | Longchamp | Sf | 2:32.50 | T2400M | 8 | W.F.H. Carson | 59 |
| Prix Niel | G2 | 3 | Golden Pheasant | 2 | |||||
| 年 | 馬齢 | 出走 | 1着 | 2着 | 3着 | 以下 | |
| 1988 | 2 | 2 | 2 | 0 | 0 | 0 | |
| 1989 | 3 | 5 | 4 | 0 | 1 | 0 | |
| 合計 | 7 | 6 | 0 | 1 | 0 | ||
| 芝 | 7 | 6 | 0 | 1 | 0 | ||
| G1 | 4 | 4 | 0 | 0 | 0 | ||
|
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| 国際クラシフィケイション 131(I) (1989) |
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「他の馬と比べて現役期間は短かったが、今でも私が調教させてもらった最高の馬はナシュワンだと思っ ている。」 これは、ブリガディアジェラード、バスティノ、トロイ、エラマナムーなどといった数々の名馬を育て上げた名 調教師、ウィリアム・ハーン氏の言葉です。 かつてエリザベス女王の馬を任されていた名伯楽は、落馬が 元で車椅子での生活を強いられるようになりました。 もう調教は無理だろうというので、女王陛下は彼の 任を解きました。 失意のハーン調教師を救ったのは、1頭の良血馬との出会いでした。 父ブラッシング グルーム、母ハイトオブファッションという栗毛の牡馬を、所有生産者のハムダン殿下はハーンのもとに預 けたのでした。 その馬、アラビア語で 「うれしさいっぱい」 という意味の名のナシュワンは、最初から非常に体の大きい 馬だったといいます。 しかし大型馬にありがちな鈍重な印象は全くなく、動きはあくまでも優雅でした。 父ブラッシンググルームは仏2歳4冠を達成した名馬で、種牡馬としても成功していました。 バスティノ産 駒の母ハイトオブファッションは現役時代はプリンセスオブウェイルズS(英G2)などを勝ち、繁殖牝馬とし てもアルワスミ、アンフワインと2頭の重賞勝ち馬を送り出していました。 そして祖母ハイクレアは女王陛 下の所有馬として英1000ギニーやディアヌ賞を制した名牝でした。 このエリートにハーンはすっかり心を 奪われてしまいました。 1998年8月、2歳になったナシュワンは、ニューベリーの未勝利馬戦で初出走を迎えました。 これを見 事勝利で飾ると、続いて10月にはアスコットのオータムSで4馬身差の楽勝を決めました。 ハーンは馬に 無理をさせず、2歳時にはこの2戦を使っただけで翌年に備えて休養させました。 英2000ギニーへは、休み明けぶっつけでの挑戦となりました。 7ヶ月ぶりの実戦となりましたが、調教 などの動きから陣営は自信を持っており、他にこれといって目立つ逸材がいなかったこともあって、ナシュワ ンは単勝4倍(3-1)の1番人気に支持されました。 この競走を、ナシュワンは期待通りに快勝しました。 ペイスメイカーのグリーンスミスがハイペイスを作り 出し、ウィリアム・カーソン騎乗のナシュワンは落ち着いて3番手あたりを追走。 そして残り2ハロンで抜け 出すと、同時にデインヒルやマークオブディスティンクションも差を詰めてきました。 しかし、ナシュワンは 数完歩でこの2頭を置き去りにすると、そのまま抜群の手応えでぐんぐんと差を広げていきます。 そして 最後は鋭い末脚で追い込んできたエクスポーンを1馬身差退け、タイムが自動計測されるようになって以 来最速の1分36秒44という記録を叩き出したのでした。 クラシック勝ち馬を車椅子で出迎えるハーン調 教師に、カーソン騎手はこぶしを高々と挙げるガッツポーズを見せました。 |
| 次走の英ダービーでも、ナシュワンは当然単勝2.25倍(5-4)という圧倒的1番人気に推されました。 た だしエプソムのコースは、ナシュワンのように大型で跳びの大きい馬よりは、馬体はそれほど大きくない素 軽いタイプの馬の方が有利と言われています。 それでもエプソムのアップダウンをこなせることができそう か、とハーンに聞かれたカーソンは、「この馬とならビルの壁でも駆け下りてみせる」 と答えたといいます。 最大のライヴァルと目されていたチェスターヴァーズS(英G3)の勝ち馬オールドヴィックはジョケクルブ賞 に向かうために回避することが決まりました。 残る相手で手強いのは、英ダービートライアルS(英G3)で 大差のレコード勝ちを決めたカコイーシーズでした。 競走は、そのカコイーシーズのペイスメイカーを務める ポーラーランが途中まで引っ張ってハイペイスを作り、タッテナム・コーナーに近づくあたりで、中団に控えて いたナシュワンは4番手まで位置を上げました。 そして直線で内に入り、残り2ハロンで抜け出すと、その のままライヴァルを置き去りにし、最後は2着のテリモンに5馬身差をつける圧勝でした。 ナシュワンは、 1970年のニジンスキー以来19年ぶりの英2冠の勝ち馬となり、これを無敗で達成したのもニジンスキー と同じでした。 1ヵ月後、ナシュワンはサンダウンのエクリプスSに出走、ヘンリー・セシル厩舎の女傑インディアンスキマ ーや、トップマイラーのウォーニングなどと対戦を果たしました。 しかし、競走ではこの2頭は真価を発揮す ることが出来ず、単勝1.4倍(2-5)の1番人気に推されていたナシュワンが、英ダービーと同じように直線で 好位から抜け出し、オープニングヴァースに5馬身差をつけて圧勝しました。 さらにその2週間後、アスコットでKGVI&QESに出走したナシュワンは単勝1.2倍(2-9)という競走史上 最高の支持を受けました。 ここには英ダービー3着のカコイーシーズがその雪辱を期して出走してきました。 しかし、3着以下を置き去りにし、直線で必死に食らいついたカコイーシーズでしたが、クビ差で勝利を収め たのはナシュワンでした。 これほどの大競走をことごとく、しかも無敗のまま制してきたナシュワンに、世間は19年ぶりの英3冠馬 誕生を期待しましたが、ハムダン殿下は英セントレジャーは回避して凱旋門賞に向かうことを発表しました。 ところが、その凱旋門賞の前哨戦のニエル賞に出走したナシュワンは、後のジャパンCの勝ち馬ゴールデン フェザントから2馬身差の3着に敗れてしまいました。 まさかの敗戦は、競馬界に大きな衝撃を与えました。 この後、調教ではいい動きを見せていたナシュワンでしたが、陣営は凱旋門賞回避を発表し、目標を英 チャンピオンSに切り替えました。 しかし発熱のためここも回避、結局そのまま引退することが決まりました。 引退後は、イギリスで種牡馬入りし、KGVI&QES2連覇のスウェイン、エクリプス賞最優秀芝牝馬のワン デスタなどを送り出しました。 2002年7月19日、右後肢を手術した後に合併症を引き起こし、出血多量の ため16歳で突然の最期を迎えてしまいました。 その2年後、産駒のバゴが因縁のニエル賞3着から父の 出走できなかった凱旋門賞へと臨み、見事にこの競走を制したのでした。 |
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| 繋養地 Nunnery Stud (GB) (1990-2002) |
| 兄弟姉妹 | 生年 | 父 | 勝ち鞍 | |
| Alwasmi | 牡 | 1984 | Northern Dancer | John Porter S. (GB-G3) |
| Unfuwain | 牡 | 1985 | Northern Dancer | Princess of Wales's S. (GB-G2) |
| Mukddaam | 牡 | 1987 | Danzig | Fred Archer S. (GB-L) |
| Bashayer | 牝 | 1990 | Mr. Prospector | Broodmare |
| Sarayir | 牝 | 1994 | Mr. Prospector | Oh So Sharp S. (GB-L) |
| Nayef | 牡 | 1998 | Gulch | Champion S. (GB-G1) |