| Dayjur (デイジュール) 牡 黒鹿毛 | sire line | family |
| Danzig | Northern Dancer | Nearctic | Nearco | Pharos |
| Nogara | ||||
| Lady Angela | Hyperion | |||
| Sister Sarah | ||||
| Natalma | Native Dancer | Polynesian | ||
| Geisha | ||||
| Almahmoud | Mahmoud | |||
| Arbitrator | ||||
| Pas De Nom | Admiral's Voyage | Crafty Admiral | Fighting Fox | |
| Admiral's Lady | ||||
| Olympia Lou | Olympia | |||
| Louisiana Lou | ||||
| Petitioner | Petition | Fair Trial | ||
| Art Paper | ||||
| Steady Aim | Felstead | |||
| Quick Arrow | ||||
| Gold Beauty | Mr. Prospector | Raise A Native | Native Dancer | Polynesian |
| Geisha | ||||
| Raise You | Case Ace | |||
| Lady Glory | ||||
| Gold Digger | Nashua | Nasrullah | ||
| Segula | ||||
| Sequence | Count Fleet | |||
| Miss Dogwood | ||||
| Stick To Beauty | Illustrious | Round Table | Princequillo | |
| Knight's Daughter | ||||
| Poster Girl | Nasrullah | |||
| Banta | ||||
| Hail To Beauty | Hail To Reason | Turn-To | ||
| Nothirdchance | ||||
| Lipstick | Stymie | |||
| Pretty Jo |
| Born | 1987.02.06 | |||
| Breeder | Georgia E. Hofmann (Kentucky) |
|
USA | |
| Trainer | Major William R. Hern (West Isley, Berkshire) |
|
GB | |
| Owner | Hamdan Al Maktoum |
|
UAE | |
| 日付 | 開催国 | 競馬場 | 馬場 | 条件 | 勝時計 | 距離 | 頭 | 騎手 | 斤量 | |
| 競走名 | 格付 | 着 | 1着馬 / 2着馬 | 着差 | ||||||
| 1989 | ||||||||||
| 06.15 |
|
GB | Newbury | G-F | 2 | 1:15.50 | 6F | 14 | W. Carson | 126 |
| E. B. F. Kennett Maiden Stakes | 1 | /Almaghrib | 2 | |||||||
| 07.15 |
|
GB | Newbury | G-F | 2 | 1:13.09 | 6F | 5 | W. Carson | 123 |
| Manton Rose Bowl Stakes | L | 2 | Rushmore | 1/2 | ||||||
| 1990 | ||||||||||
| 04.18 |
|
GB | Newmarket | G-F | 3 | 1:24.07 | 7F | 10 | W. Carson | 126 |
| Ladbroke European Free Handicap | L | 7 | Anshan | 6 | ||||||
| 05.01 |
|
GB | Nottingham | G-F | 3 | 1:10.60 | 6F | 11 | W. Carson | 126 |
| Headingley Stakes | 1 | /Flower Girl | 2 | |||||||
| 05.18 |
|
GB | Newbury | G-F | 3 | 1:12.52 | 6F | 7 | W. Carson | 123 |
| Hue Williams Stakes | 2 | Tod | head | |||||||
| 05.28 |
|
GB | Sandown | G-F | 3+ | 1:01.89 | 5F | 8 | W. Carson | 120 |
| Sears Temple Stakes | G2 | 1 | /Tigani | 2 | ||||||
| 06.22 |
|
GB | Ascot | G-Sf | 3+ | 1:01.96 | 5F | 15 | W. Carson | 122 |
| King's Stand Stakes | G2 | 1 | /Ron's Victory | 21/2 | ||||||
| 08.23 |
|
GB | York | G-F | 2+ | c 0:56.16 | 5F | 9 | W. Carson | 129 |
| Keeneland Nunthorpe Stakes | G1 | 1 | /Statoblest | 4 | ||||||
| 09.08 |
|
GB | Haydock | G | 3+ | 1:12.50 | 6F | 9 | W. Carson | 132 |
| Ladbroke Sprint Cup Stakes | G1 | 1 | /Royal Academy | 11/2 | ||||||
| 10.07 |
|
FR | Longchamp | G | 2+ | 0:58.70 | 1000M | 6 | W. Carson | 62 |
| Prix de l'Abbaye de Longchamp | G1 | 1 | /Lugana Beach | 2 | ||||||
| 10.27 |
|
USA | Belmont Park | Ft | 3+ | 1:09.61 | 6F | 14 | W. Carson | 123 |
| Breeders' Cup Sprint | G1 | 2 | Safely Kept | neck | ||||||
| 年 | 馬齢 | 出走 | 1着 | 2着 | 3着 | 以下 |
| 1989 | 2 | 2 | 1 | 1 | 0 | 0 |
| 1990 | 3 | 9 | 6 | 2 | 0 | 1 |
| 合計 | 11 | 7 | 3 | 0 | 1 | |
| 芝 | 10 | 7 | 2 | 0 | 1 | |
| ダート | 1 | 0 | 1 | 0 | 0 | |
| G1 | 4 | 3 | 1 | 0 | 0 | |
ナンソープS (英G1、芝5F) スプリントC (英G1、芝6F) アベイドロンシャン賞 (仏G1、芝1000M) テンプルS (英G2、芝5F) キングズスタンドS (英G2、芝5F) 2着−ブリーダーズCスプリント (米G1、ダート6F) |
| 国際クラシフィケイション 133-T/S (1990) |
![]() |
かつては 「カップ競走」 と呼ばれる15ハロン以上の長距離 戦こそ、イギリス競馬の華でした。 強い馬は長距離を走り抜 いて初めて名馬と認められたのでした。 しかし、そんなステ イヤー全盛の時代も第二次世界大戦の終焉とともに終わりを 告げ、急速な国際化の流れとともにスピードが重視されるよう になっていきました。 それでも、アメリカなどと比べるとイギリ スはまだ中長距離の印象が強いのですが、そんなイギリス競 馬の変容を強烈に印象付けたのがデイジュールでした。 |
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デイジュールは究極のスプリンターとなることを生前から運命付けられていました。 父は北米リーディング サイアーで、産駒にスピードを伝えることでは定評のある大種牡馬ダンツィグ。 母はテストSなどに勝ち、1 982年にエクリプス賞で最優秀短距離馬に選ばれたゴールドビューティー。 これで快速馬が生まれなけれ ば嘘だといわんばかりでした。 デビューは2歳の6月、ニューベリーでの未勝利戦で勝利を飾りました。 その1ヶ月後にローズボウルSで 2着。 来年のクラシックも狙える器かと期待されましたが、残念ながらけがで残りのシーズンを棒に振ってし まいました。 しかし、これがかえって幸いしたのかもしれません。 デイジュールの活躍の場はクラシックの 舞台ではありませんでした。 翌1990年、ディック・ハーン調教師は、このハムダン殿下所有馬の3歳シーズンを、4月18日のヨーロピ アンフリーHからスタートさせましたが、10頭立ての7着と惨敗を喫してしまいました。 そこで距離を6ハロン に短縮し、2週間後のヘディングリーSに出走すると、今度は2馬身差の快勝を決めました。 さらに5月18 日にヒューウィリアムズSでアタマ差の2着に敗れると、初重賞のテンプルSに駒を進めました。 この5ハロンの競走でデイジュールは最初から最後まで先頭を譲らず、ティガニに2馬身差をつけて快勝。 最後の1ハロンで並びかけられるとさらに相手を突き放すという強い勝ち方で、短距離戦線に新星誕生か、 と注目を集めました。 3週間後のロイヤルアスコットのキングズスタンドSでも、いつものように抜群のスター トを切ると、最初の1ハロンでリードを奪いました。 マークしていたライバルは誰もついていくことが出来ず、 結果はロンズヴィクトリーに2馬身半差の完勝。 あまりの横綱相撲に、5ハロンなら敵はいないのではない かと評判になりました。 その後、軽いけがでジュライCへの出走は果たせませんでしたが、8月23日にはナンソープSでG1初挑 戦。 スタートはいつもほど良くはありませんでしたが、50mほど進んだあたりで早くも先頭に立ち、400m を過ぎるあたりでリードを広げました。 余裕の手応えのままぐんぐん加速するデイジュールは、競走の半ば に差しかかるあたりですでに勝負を決めてしまいました。 ウィリー・カーソン騎手は鞭を一度も使いませでし たが、それでも後続に4馬身差の圧勝。 さらにコースレコードを1秒以上縮める55秒16というタイムを叩き 出したのでした。 こうしてデイジュールは一気に短距離界のスーパースターへと上り詰めました。 その後は9月8日にヘイドックのスプリントCに出走しましました。 ここでも3ハロンを過ぎたあたりでライバ ルを置き去りにし、唯一追い込んできたジュライCの勝ち馬ロイヤルアカデミーに1馬身半差をつけて快勝し ました。 さらに10月7日にはフランスのアベイドロンシャン賞で、圧倒的人気に応えて2馬身差の勝利を飾 り、G1競走3連勝を果たしました。 |
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![]() BCスプリントでのシャドウジャンプ |
最終戦は、アメリカのベルモントパークで行われるBCスプリ ントに決まっていました。 勝てばヨーロッパ競馬史上初の快 挙となります。 しかし、デイジュールなら長距離遠征も初の ダートもものともせずに、大仕事をやってくれるかもしれない。 その名声はすでに大西洋を越えて鳴り響いており、当日は地 元の雄を抑えてデイジュールが単勝3.4倍の1番人気に支持 されました。 スタートから先頭に立ったセイフリーケプトの2番手につけた デイジュールは、直線で同馬に並びかけ、残り150mを過ぎた あたりではわずかにライバルの前へ出ました。 ところが、欧 州初のBCスプリント勝ち馬の誕生かと思われたその瞬間、デ イジュールはコース上の観客席の影に驚いて大きくジャンプし てしまいました。 この痛恨の一跳びによって目の前をすり抜 けていった勝利は、クビ差でセイフリーケプトがものにしました。 |
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生涯を通じて、7ハロン以下の競走にしか出走せず、勝ち鞍はすべて6ハロン以下という生粋のスプリンタ ーだったデイジュール。 しかし、その体形は胸板が厚くてトモも立派なスプリンターのそれではなく、コンパ クトな身体をばねのように使って抜群のスピードを発揮するタイプでした。 こうして世界のターフを沸かせたデイジュールは、この競走を最後に引退し、そのままアメリカで種牡馬入り しました。 |
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繋養地 Shadwell Farm (Lexington, Kentucky, USA) (1991-) |
| 兄弟姉妹 | 生年 | 父 | 勝ち鞍 | |
| Maplejinsky | 牝 | 1985 | Nijinsky | Alabama S. (USA-G1) |
| Gold Legend | 牡 | 1990 | Seattle Slew | Stallion |