| Dancing Brave (ダンシングブレイヴ) 牡 鹿毛 | sire line | family |
| Lyphard | Northern Dancer | Nearctic | Nearco | Pharos |
| Nogara | ||||
| Lady Angela | Hyperion | |||
| Sister Sarah | ||||
| Natalma | Native Dancer | Polynesian | ||
| Geisha | ||||
| Almahmoud | Mahmoud | |||
| Arbitator | ||||
| Goofed | Court Martial | Fair Trial | Fairway | |
| Lady Juror | ||||
| Instantaneous | Hurry On | |||
| Picture | ||||
| Barra | Formor | Ksar | ||
| Formose | ||||
| La Favorite | Biribi | |||
| La Popadour | ||||
| Navajo Princess | Drone | Sir Gaylord | Turn-To | Royal Charger |
| Source Sucrée | ||||
| Somethingroyal | Princequillo | |||
| Impératrice | ||||
| Cap And Bells | Tom Fool | Menow | ||
| Gaga | ||||
| Ghazni | Mahmoud | |||
| Sun Miss | ||||
| Olmec | Pago Pago | Matrice | Mashead | |
| La Patrice | ||||
| Pompilia | Abbots Fell | |||
| Pagan Queen | ||||
| Chocolate Beau | Beau Max | Bull Lea | ||
| Bee Mac | ||||
| Otra | Equipoise | |||
| Tenez |
| Born - Died | 1983.05.11 - 1999.08.02 | ||
| Breeder | Glen Oak Farm (Kentucky) | USA |
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| Trainer | Guy Harwood (Pulborough, West Sussex) | GB |
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| Owner | Khalid Bin Abdullah | SDA |
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| 日付 | 開催国 | 競馬場 | 馬場 | 条件 | 勝時計 | 距離 | 頭 | 騎手 | 斤量 | |
| 競走名 | 格付 | 着 | 1着馬 / 2着馬 | 着差 | ||||||
| 1985 | ||||||||||
| 10.14 |
|
GB | Sandown | G | 2 | 1:42.88 | 8F | 4 | G. Starkey | 119 |
| Dorking Stakes | 1 | /Mighty Memory | 3 | |||||||
| 11.01 |
|
GB | Newmarket | G | 2 | 1:40.15 | 8F | 11 | G. Starkey | 128 |
| Soham House Stakes | 1 | /Northern Amethyst | 21/2 | |||||||
| 1986 | ||||||||||
| 04.17 |
|
GB | Newmarket | Sf | 3 | 1:49.96 | 8F | 11 | G. Starkey | 119 |
| Charles Heidesieck Champagne Craven Stakes | G3 | 1 | /Faraway Dancer | 1 | ||||||
| 05.03 |
|
GB | Newmarket | Y | 3c&f | 1:40.40 | 8F | 15 | G. Starkey | 126 |
| General Accident 2000 Guineas Stakes | G1 | 1 | /Green Desert | 3 | ||||||
| 06.04 |
|
GB | Epsom | Y | 3c&f | 2:37.13 | 12F | 17 | G. Starkey | 126 |
| Ever Ready Derby Stakes | G1 | 2 | Shahrastani | 1/2 | ||||||
| 07.05 |
|
GB | Sandown | G | 3+ | 2:06.18 | 10F | 8 | G. Starkey | 120 |
| Coral Eclipse Stakes | G1 | 1 | /Triptych | 4 | ||||||
| 07.26 |
|
GB | Ascot | Y | 3+ | 2:29.49 | 12F | 9 | Pat Eddery | 120 |
| King George VI & Queen Elizabeth Diamond Stakes | G1 | 1 | /Shardari | 3/4 | ||||||
| 09.12 |
|
GB | Goodwood | G | 3+ | c 2:04.81 | 10F | 6 | G. Starkey | 125 |
| Scottish Equitable Select Stakes | G3 | 1 | /Ozopulmin | 10 | ||||||
| 10.05 |
|
FR | Longchamp | G-F | 3+c&f | c 2:27.70 | 2400M | 15 | Pat Eddery | 56 |
| Trusthouse Forte Prix de l'Arc de Triomphe | G1 | 1 | /Bering | 11/2 | ||||||
| 11.01 |
|
USA | Santa Anita Park | F | 3+ | 2:25.40 | 12F | 9 | Pat Eddery | 122 |
| Breeders' Cup Turf | G1 | 4 | Manila | 63/4 | ||||||
| 年 | 馬齢 | 出走 | 1着 | 2着 | 3着 | 以下 |
| 1985 | 2 | 2 | 2 | 0 | 0 | 0 |
| 1986 | 3 | 8 | 6 | 1 | 0 | 1 |
| 合計 | 10 | 8 | 1 | 0 | 1 | |
| 芝 | 10 | 8 | 1 | 0 | 1 | |
| G1 | 6 | 4 | 1 | 0 | 1 | |
イギリス2000ギニー (英G1、芝8F) エクリプスS (英G1、芝10F) キングジョージ6世&クイーンエリザベスS (英G1、芝12F) 凱旋門賞 (仏G1、芝2400M) クレイヴンS (英G3、芝8F) セレクトS (英G3、芝10F) 2着−イギリスダービー (英G1、芝12F) |
| 国際クラシフィケイション 141-T/L, 134-T/I, 130-T/M (1986) |
| 英ダービーが行われるエプソム競馬場のコースはアップダウ ンがきついので有名で、その高低差は全体で40m以上にも なります。 歪んだ馬蹄形のコースは、スタートから最初のカ ーブに向かって上り坂、そこから直線手前のタッテナムコーナ ーまで急激に下り、直線も緩やかな下りですが、ゴール前は 再び急な上り坂になっています。 この過酷なレースで、ダンシングブレイヴは最終から1つ手 前の1ハロンを、何と10秒36で駆け抜けています。 平坦な |
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| コースの短距離戦でさえあまり目にしないラップタイムです。 それはまさに 「異次元の脚」 でした。 最強の 追い込み馬、ダンシングブレイヴ。 その背中には見えない翼がついていたのかもしれません。 ダンシングブレイヴは、1983年5月1日、グレンオークファームの名義で、アメリカのケンタッキー州のテイ ラーメイドファームで生まれました。 父リファールはジャックルマロワ賞の勝ち馬で名種牡馬。 母ナヴァホ プリンセスはアメリカで走り35戦16勝、モリーピッチャーH(米G2)などを勝ちました。 馬名のダンシングブ レイヴは、英語で 「躍動する勇者」 を意味しています。 翌年、ファシグ・ティプトンのイヤリングセールで20万ドルで競り落とされたダンシングブレイヴは、サウジア ラビアのカーリド・ビン・アブデュラ王子の所有馬となりました。 そしてイギリス南部、ウェストサセックス州の ガイ・ハーウッド調教師のもとに預けられ、順調に成長していきました。 |
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| 2歳シーズンは、2戦2勝。 いずれも下級条件のレースでしたが、調教では厩舎の格上の馬にも先着する 素晴らしい動きを見せており、ハーウッドはすでにこれが並みの馬ではないことを見抜いていました。 明けて3歳、4月にニューマーケットでのクレイヴンSで重賞に初挑戦したダンシングブレイヴは、5番手か ら直線で楽に抜け出すと、ファラウェイダンサーに1馬身差をつけて完勝。 これで一気に英2000ギニーの 本命に躍り出ました。 このマイルのクラシック競走で、ダンシングブレイヴは期待通り、同世代のライバルを圧倒しました。 極端 なスローペイスの中、グレヴィル・スターキー騎乗のダンシングブレイヴは、4番手あたりで機をうかがいます。 そして、残り3ハロンでグリーンデザートが先頭に立つのを見たスターキーが軽く合図を送ると、快速でならし たグリーンデザートを瞬く間に抜き去り、ゴールでは3馬身もの差をつけて圧勝したのでした。 その目の覚め るような加速は強烈な印象を残しました。 普通の馬は追い出してからトップスピードに至るまで数完歩を要 しますが、ダンシングブレイヴの場合はいきなりトップギアに入るといった感じでした。 これで英ダービーでも大本命となったダンシングブレイヴでしたが、陣営に不安がなかったわけではありま せん。 前述のように英ダービーは豊富なスタミナが要求される過酷な競走です。 これほどの瞬発力の持 ち主が、エプソムの12ハロンを走りきるスタミナをも兼ね備えているということが果たしてあるでしょうか。 もしあるとすれば、それは歴史に名を残すほどの名馬に違いありませんでした。 そして、結局英ダービー出走が決まったダンシングブレイヴは、実に皮肉な形で歴史的名馬であることを 証明する形になりました。 道中ダンシングブレイヴは終始後方から3頭目で競走を運びましたが、タッテナ ムコーナーを回って直線に入っても、まだその位置から動きません。 先頭との差は12馬身以上。 残り2 ハロンでウォルター・スウィンバーン騎乗のシャーラスタニが勇躍先頭に立ちましたが、ダンシングブレイヴ が大外から追撃を開始したのはその直後のことでした。 しかし、誰が見ても絶望的だと思われた位置から ダンシングブレイヴが繰り出した末脚は驚異的でした。 先頭のシャーラスタニを見る見るうちに追い詰め、 ついにその差は半馬身にまで縮まりました。 しかし、無情にもそこがゴールでした。 競走前に距離不安が指摘されたダンシングブレイヴでしたが、逆 にもしゴールがあと100m先にあったら間違いなく1着で走り抜けていたでしょう。 「異次元の脚」 をもって しても勝つことの不可能な競走をしたとして、スターキー騎手は轟々たる非難を浴びました。 この1ヵ月後、ダンシングブレイヴはエクリプスSに出走しました。 ここでは 「鉄の女」 とあだ名されたトリ プティクを残り2ハロンから並ぶ間もなく抜き去ると、4馬身も突き放して圧勝しました。 しかしどれほど強い走りを見せても、中長距離の欧州チャンピオンであることを示すには、やはり12ハロン で頂点を極める必要がありました。 舞台は7月末のKGVI&QESに決まり、出走馬の中にはあのシャーラ スタニの名前も挙がっていました。 単勝2.1倍の1番人気を獲得したのは愛ダービーを8馬身差で圧勝して きたシャーラスタニで、ダンシングブレイヴは単勝2.5倍と生涯ただ一度の2番人気に甘んじました。 その2強ムードも発走前まででした。 2頭のペイスメイカーが強烈なハイペイスを刻み、3ハロンを過ぎる あたりでは後続の馬群との間隔は10馬身以上にも開きました。 その馬群の中にシャーラスタニ。 パット・ エデリーに乗り替わったダンシングブレイヴは落ち着いて馬群の後ろにつけ、その後ろにはトリプティクが1 頭いるだけでした。 ところが、直線入り口で馬群に飲み込まれたペイスメイカーに、ダンシングブレイヴは 前を塞がれる形になりました。 シャーラスタニとシャーダリが一気に先頭をうかがう中、エデリーはダンシン グブレイヴをいったん外に持ち出さざるを得ませんでした。 しかし、前が開いてからのダンシングブレイヴの加速にかなうものはいませんでした。 残り1ハロンで一 気に先頭に立つと、予想されたシャーラスタニの追撃はなく、そのまま2着のシャーダリに3/4馬身差をつけ て完勝しました。 直線でスタミナを使い切ってしまったシャーラスタニは、最後はトリプティクにもかわされて 4着に終わりました。 夏の1ヶ月半を休養に当てたダンシングブレイヴは、凱旋門賞に向けて9月のセレクトSで再始動しました。 勝って当然の出走メンバー。 ダンシングブレイヴは一発の鞭も入らないまま、ここを10馬身差のレコードで 圧勝しました。 |
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| いよいよ秋の最強馬決定戦、凱旋門賞。 シャーラスタニ、
シャーダリ、トリプティク、アカテナンゴ、そして 日本のシリウスシンボリなど、合計11頭のG1馬が出走する稀に見る好メンバーとなりました。 ダンシング ブレイヴの最大のライバルは、ジョケクルブ賞をレコード勝ちしたベーリングと見られていました。 この競走でも、エデリー騎手はダンシングブレイヴをいつものように後方につけ、すぐ前を行くベーリングに ぴたりと照準を合わせました。 そして直線入り口で有力馬が横一線に広がりました。 前が開かないトリプ ティクと、まだ追い出しを待っているエデリー騎乗のダンシングブレイヴを除いて。 ゲイリー・ムーア騎手がこれ以外に考えられない絶妙のタイミングでベーリングにゴーサインを送り、残り2 00mで先頭に立ちました。 しかし、それはわずかの間でした。 ぎりぎりまで我慢したエデリーが鞭で軽く 合図すると、ダンシングブレイヴの末脚が一気に炸裂したのでした。 他の馬が止まって見えるほどのスピ ードで大外を飛んでくるダンシングブレイヴ。 ベーリングの鞍上ムーアは、一瞬何が起きたのか分からな かったのではないでしょうか。 気がつけば、黒っぽい鹿毛の馬体が1馬身半前方でゴールしていました。 あまりにも劇的な勝利に、ロンシャン競馬場は熱狂に包まれました。 しかも2分27秒7というコースレコ ードのおまけつき。 KGVI&QESと凱旋門賞の制覇は、リボー、バリーモス、ミルリーフに続く、史上4頭 目の偉業でした。 タイムズ紙の記者は、「今年見たどんなスポーツより・・・ヨーロッパ陸上選手権より、サ ッカーワールドカップより、興奮した」 と書き記しました。 こうしてヨーロッパの王者となったダンシングブレイヴは、シーズンの、そして現役最後の競走として、アメ リカで創設されて3年目のBCターフを選びました。 しかし、11月1日のサンタアニタパーク競馬場でダンシ ングブレイヴを待っていたのは、同じリファール産駒のマニラの4着という意外な敗北でした。 様々な敗因 が取り沙汰されましたが、長距離輸送に加え、アメリカの短い芝が合わず、100%の力を出すことができな かったようです。 ちなみにダンシングブレイヴが勝てなかった英ダービーとこのBCターフだけが左回りの 競走でした。 この年、ダンシングブレイヴに国際クラシフィケイションで与えられたレイティングは141ポンド(約64kg)。 1977年に国際クラシフィケイションが始まって以降、最高の評価でした。 1990年にカコイーシーズを連れてジャパンCに来日した際に、ハーウッド調教師はダンシングブレイヴに ついて次のように語っています。 「あの馬は特別でしたね。 何から何まで他の馬とは違ってましたよ。 ほんの2、3歩で重心をぐっと下げ、トップスピードに移行することができる。 そんな馬は見たことがない。」 ダンシングブレイヴが引退して4年が経っていましたが、なおハーウッドの目は、最高の名馬に対する畏敬 の念にあふれていました。 英ダービーの直後に1株35万ポンドで40株、総額1400万ポンド(約35億円)という巨額のシンジケイト が組まれ、前途洋々に思われたダンシングブレイヴでしたが、その種牡馬生活に暗雲が立ちこめました。 イギリスで種牡馬入りした直後の1987年の11月、マリー病(肥大性肺骨種)という難病に襲われたのでし た。 マリー病は鳥の結核の一種とされ、馬が病むのは極めて珍しく、感染すると骨や関節が肥大し、死に 至ることもある難病でした。 凱旋門賞でニジンスキーを破ったことで有名なササフラも、種牡馬入りしてこれ にかかり、腫瘍を切開手術で除去したことがありました。 それもあってか、1991年、ダンシングブレイヴは350万ポンド(約8億2000万円)で日本に購買され、 欧州の至宝は北海道の地を踏みました。 その後、欧州に残してきた産駒からは、コマンダーインチーフ、ホワイトマズル、ウェミスバイト、イヴァンカ などの活躍馬が現れ、日本でも、キョウエイマーチ、キングヘイロー、エリモシック、テイエムオーシャンなど の産駒を残しました。 ダンシングブレイヴは、周囲の懸命な看護もあり、病と戦いながら晩年まで現役の種牡馬として活躍を続 け、1999年8月2日、心不全のため16歳で世を去りました。 |
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繋養地 Dalham Hall Stud (GB) (1987-1991) JBBA Shizunai Stallion Station (JPN) (1992-1999) |
| 兄弟姉妹 | 生年 | 父 | 勝ち鞍 | |
| Navajo Bird | 牡 | 1984 | Storm Bird | Stallion |
| Jolypha | 牝 | 1989 | Lyphard | Prix de Diane (FR-G1) |