第11回 岐阜県文楽・能大会 ようろう2006

平成18年11月3日
            養老町民会館        
   


室原文楽保存会

恋女房染分手綱 重之井子別れの段

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室原文楽は180年前に土佐の国の茂平衛と言う人が
巡礼にこの地を訪れて病気にかかりその時のお礼にと
文楽を伝授されたのが始まりとされています。


この文楽は各地を廻って豪農などの屋敷の中に舞台を組み立てて座敷芸として上演していました
したがって舞台は組み立て式となっていて8畳くらいに収まる大きさです
人形も30〜40CM程の小さなもので人形劇と同じように片腕を入れて
顔や手を動かして操ります、細やかな表情を出す事は非常に難しくて
人形の遣い手の方達は苦労されています。
語りや三味線は他の文楽と全く同じです。

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丹波の国から、東の国へお興し入れ道中の、姫様の乳母「重之井」は、若い頃に
家老の息子「伊達の与作」との間に不義の子として生んだ「与之助」と消息不通になっていた。
そして、
近江の石部の宿で馬方をして「三吉」となっていたわが子にに出会った、
が親子の名乗りが出来ない辛い別れの物語です。

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東へ行くのはいやじゃと駄々をこねる姫様に、宿場にいた三吉という子供の馬子を呼んで相手に双六遊びをさせると、姫様のご機嫌がなおりました。
重の井は三吉に褒美にお菓子を与え、そして今後ほしい物があるならば「重の井」を
たずねるとよいといいました。
三吉は貴方様が「由留木殿のお乳の人重の井様か」と聞く
はいそうですと重の井

そんならウチがかか様じゃ・・・・・・

重の井    馬方の子は持たぬ
三吉     わしが乳母が云うには、父の名は「伊達の与作」母は重の井様と言っていた
重の井    ハッと我が子と気づくが、姫様につかえる身、 名乗る訳にはいかない
        気は乱れる、どうか身体に気をつけて・・・・・・・離れがたい・・・・・抱きしめたい・・・・・
       
       

親子の悲しい別れの時が近づく

いよいよ姫様の出立の共揃いの準備も整う

家老がそこにいる三吉に「姫様の出立の祝いに馬子の唄を唄ってくれ」と云う

三吉は  泣く泣く
  唄う


     ” 坂は 照る照る  鈴鹿は曇る・・・・・・・・・
        会いの  土山   雨が降る・・・・・・・・・・ ”  
  

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