鶴羽實の才能開発とは…

「人が言葉を作るのではなく、言葉が人を作る」とはフィヒテの至言である。これを受けて二〇数年前に「文語の舞」を開発した。「文語の舞」とは、たとへば、読むだったら、

読まず・読みたり・読む・読むとき・読めば・読まむ・読まじ・読みけり・読むらむ・読むが・読めども・読めかし・読むまほし・読ます・読ましむ・読みたし・読みき・読むべし・読むめり・読むものの・読めど・読めよと・読ままし・読まる・読まで・読まなむ・読みけむ・読みつ・読みぬ・読み申す・読みきこゆ・読むな・読むまじ・読むらし・読むかし・読むものから・読めば・読めよ・読まばや・読まな。この文語の接続を口遊びで言へるやうにする。

これで、「見る」とか「する」とか「来る」とか「考へる」等、全ての動詞を言へるやうにする。これが鶴羽實の昨年までの、才能開発であった。

高校入試で合格ぎりぎりの生徒には、急遽実施して、成績を伸ばし、この教育法に助けてもらったことが多々あった。

本年、三月より、文語よりもっと根深い日本語を見つけた。「仏語」である。本意は「打つ語」であるが、これでは美しくないので「仏語」としたが、これも仏教臭いので、平たく「鶴羽實和式入力」と命名した。

ここでいふ「鶴羽實」は、掌心の「鶴羽實」であって、雑木林の王・「あべまき」の古称「鶴羽實」ではない。そもそも、古代仏教とは、この「手鎌(たかま)」で、「心の庭」の「言草」を「刈り取る」ものだったのが、中世より、「心の庭」の「刈り取り」が消えて、心印の「鶴羽實」だけとなった。したがって、「鶴羽實和式入力」を「文語」の前の「古語」すなはち、日本最古の言語とみてゐる。

ここでフィヒテに戻る。「言葉が人を作るが、それは古ければ古いほど、その言葉が直接人を育てる」。かう言った。私は、前述したが日本最古の言語を昨年までは「文語」とした。だから、生徒の才能開発に「文語の舞」を採り入れた。「最古の言語が子供の心を刺激して、子供を賢く育てる」と解釈したからである。しかし、その最古の言語が、平成二九年三月より、「心の庭」の「言草」を「刈り取つ」て「知嚢」に貯める「打つ語」となつた。これが、平成二九年三月に始まった鶴羽實の「知嚢開発」であり、才能開発の技法である。ここで少し言はせてもらふ。他塾にどんな才能開発の技術があるのだらうか。

母音の配置は、「五十音図」にしたがひ、子音の配置は「天地之詞」にしたがった。ここまで辿り着くと、やはり、この「太鼓の音」は「太古の音」であったのか と思へてくる。ところで、この「言草」が生えるハラッパを、古代人は何と呼称したのだらうか。

「心の庭」の「言草」は、「鎌」ではなく「手鎌(たかま)」で刈り取る。よつて「手鎌が原」。これを別世界だとわからせるために「高天原」としたのだらうか。 こんな推測が容易に立つ。

この「手鎌」で刈り取った「言草」を貯める袋こそ「三指」を丸めてできる知惠の袋の「 知嚢」である。だから、生徒諸君には、この詞の場合、良く握ることが重要だと繰り返し強調する。それは刈り取った「言草」を、三指の袋すなはち「知嚢」に貯 めておくからだ。

結局、日本語は、高天原の太鼓の音→書き言葉→話し言葉と変遷したと思はれる。今、多くの人は「話し言葉」を書いてゐる。文語で「考ふる文字」などと書く人はほとんどゐなくなった。明治の言文一致運動の結果である。

そしてパソコン時代。今、多くの人が「ローマ字入力」となった。キーボードに井桁を作り、そこに母音と子音を配置して、つまり即席の「手鎌が原」すなはち「高天原」を造作して、言葉を造語する人は、ほぼ皆無な時代となった。

鶴羽實は、ローマ字入力を恥とする。日本古来の「手鎌が原」の「言草」の刈り取る詞を忘れ、外来文化に依存するからだ。それは自分を作るといふ視点からも愚かな行為と言へる。何故なら、言葉が人を作る。特に、それが古ければ古い言語程、人の心を作る、さう考へられてゐるからだ。

日本最古の言語が、ここでいふ「心の庭」の「言草」を刈り取る手鎌の言語だとしたら、鶴羽實和式入力で、子供たちは、能力だけではなく、心も育てられることになる。こんな夢のやうな教育技術に、私塾鶴羽實はやうやく出会した。是非、利用してもらひたい。

導入実績

小学三年生。明らかに変はった。集中して一時間打ち込んでゐられるし、打ち込んだ字も読めるやうになり、字も丁寧に書けるやうになつた。是には驚いた。

中学一年生。全くやる気のない男だったが、学習して半年。前向きになった。集中して学習できるやうになった。態度が全く違ふ。随分と変はるもんだとあきれる程変はった。

中学二年生。数学の宿題が別人のやうにできるやうになった。以前なら、宿題の解説はあっても読めないから、宿題ができなかったが、今はその解説が自分一人で読めるので、宿題がほぼハーフェクトに出来るやうになった。驚くべき進歩である。

中学三年。数学が全くできなかった生徒。今は、クラスで一、二位を争ふ程の実力者となった。この生徒は、手に鶴羽實を作り、数式ワープロで打つやうになって、急速に伸びた生徒。手書きノートでは伸びなかったのに、鶴羽實入力にしたら伸びた。

高校一年生。兎に角、打ち込みが好きな生徒。黙々と打ち込んでゐる。模擬試験で学年三番を獲得した生徒。尋ねてみると、勉強してゐる感覚のないまま勉強出来るのがいいと言ってゐた。ゲーム感覚で勉強出来るのがいいらしい。

高校二年生。英語が伸びた。元々一番得意な科目ではあったが、さらに伸びた。語彙がすごく増えたので、教科書も楽に予習できるやうになったと言ふ。今まで並の成績だった英語の模擬試験も、夏にはトップクラスに躍り出たと聞く。

高校三年生。英語は初め模擬試験六〇点。夏には一三八点まで上がった。「英作くん」でやりゃあできると、こちらも本人も思った成績結果。続いて日本史も順調に上がる。国語はこれから。同志社大学の合格をめざす。

これから、もっともっと多くの奇跡的な伸びを報告できると思ふ。鶴羽實和式入力で、壁を突破したいものは、三回の無料体験学習を申し込むといいだらう。


心の庭の 言草
手鎌で 刈り取り
知嚢に 貯める

この手作業が
人を人たらしむ

知識だけでは駄目!
誰でもわかる
しかし 今まで
その術がなかった

私塾鶴羽實は
その技術を開発した

知識と心
この二つの育成を狙ふ
私塾鶴羽實

是が
鶴羽實和式入力である