平成二九年九月五日
塾に 一通の手紙が届いた
塾生の祖母からの手紙だった

素晴らしい手紙だった

この世から
あの世に旅立つた人を
真摯に追ひ求めた内容で
共感するところが多かったので
ここにご紹介したい

お読みになる前に この手紙が
私が塾のご家庭向けにだした
奇跡のどんぐりを読まれての返信である由
読まれてゐない方は
まづ 奇跡のどんぐりを初めにお読み下さい

人が生きて行くといふことは、近しい人達との死別を重ねていくことでありますが、その中でも、この世に自分といふ存在を命掛けで生み出してくれた母親との永遠の別れは、筆舌に尽くしがたく本当に辛いものです。

「感動して泣けちゃった。お母さんも読んで」と言ひながら娘と孫(塾生)が二人して二階の階段を降りきて、私に鶴羽實便りを手渡しました。先生の物事に対する有言実行の取組み、ご家族への情愛溢れる対応、温情有る人となりに共感し、特に、弟さんについての件では、心を揺さぶられ涙を禁じ得なかったのでせう。そして、孫が「先生がたいへんな中、一生懸命にやってくれてゐるから私も頑張らないと」と言ひました。その言葉通り、日曜以外毎朝四時に自ら起床し、「眠い」といふ言葉を口にすることはありませんでした。

率先垂範は大切なことですが、言ふは易く行ふは難し。まづ隗より始めよとばかりに、あへて高いハードルを設定し、実行されようとする先生の姿勢に触発されて、意識が高まったのかと思ひます。このやうな鍛錬の機会を与へて下さり、たいへん有難く思ひます

どんぐりの木に実がなった!!!
子が親を思ふ気持ちが痛いほど伝はって来ました。学生時代教師の言った「人は死んだら分子となり宙を漂ふか土に還る。無になるだけだ」といふ言葉に違和感を覚えたことを思ひ出しました。農耕民族の日本人は、自然界のあらゆるものに八百万の~を見いだして来ました。自然物に霊魂を認め、それを畏怖し人智を超越したものを畏れ敬ふ気持ちは、大方の日本人にあるのではないでせうか。

一昔前に、「千の風になって」といふ歌が日本中を席巻したことは、その証左のひとつではと思ひます。私は無宗教のいいかげんな人間ですが、死者が現實的存在として実在するといふ感覚は理解できます。私の両親、義父母たちは、皆、他界してしまひましたが、折りに触れ懐かしく思ひ出し、感謝の念を抱き続けることが供養になると思ってゐます。

今回の感動的なお便りを拝読し、鬼籍に入った人達のことを思ひ出し、しんみりしました。

体に応へる酷暑の中、長丁場のご健闘、誠にお疲れさまでした。そして、重ねてありがたうござゐました。

二十五年前になるでせうか、『土左日記』を解読し、貫之の古今の和歌を理解しようとした時がありました。この時、確か娘が亡くなる話が出て来て、

亡き人を …いづらと問ふこと悲しかりけり

こんな話が出て、何時の世も、亡き人がどこにゐるのか探求するのは、同じだなと妙に共感したのを思ひ出しました。

やがて、私たちも肉体と言ふ衣を脱ぎ捨て「心の故郷」に帰ります。さて、一体「心の故郷」はどこでせうか。文字でせうか、絵文字でせうか、絵でせうか、それとも木でせうか、それとも太陽でせうか、それとも青空でせうか。それとも掌心でせうか。無限に拡がります。しかし、空海の「萬法、皆、言文に帰る」を参考にすると「文字」に思へます。文字かぁ!さうすると心の本体は文字となる。心は文字かぁ?どんな文字だらうか?こんな自問自答を何千何萬回とやって、出て来た心が、日本の三心、すなはち「心の種」「眞心」「清明心」でした。人はいや萬物は、この「三心」に帰るのでせうか。

現段階に於いては、右の三心が「心の故郷」になるので、萬物は、ここに帰ることになりますが、自分でもわかりません。ところで、最後の日の丸の世界ですが、ここは、雲と土と火のない世界をイメージしました。何時も爽やかな青空、雲なき世界は苦もなき世界で悩みなき世界です。この世には存在しないので、實の世界で創作しました。

塾長の岩田は、本気で「心の故郷」を探して二十数年。今回のやうに、空海の密教を乗越え、仏教を乗越えた一つの仮説が出ても、その仮説を検証する方法がありません。ここが、この研究の難しいところです。

本物ならば、磐田の府八幡宮本殿から三心は大いに拡がりませう。そして配布元の私塾鶴羽實も、少しづつ繁栄する筈です。