【概論】ケータイ・ネットと子どもたちの人権【第5版】
LAST UPDATE 2008-10-12
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by kurochan


 子どもにケータイ(携帯電話)を持たせる際、以前は通話料金や長時間使用ばかりが心配されていました。その後、電磁波や乗車マナー、出会い系サイトや詐欺メールなどの利用内容も心配されるようになり、さらには最近では、「学校裏サイト」や「ネットいじめ」なども注目され、ケータイをめぐる子どもたちの危険な状況に関心を持つ人もようやく増えています。
 「塾帰りの安全」や「子どもを孤立させない」ために与えたはずのケータイが、子どもを危険にさらし、時には子どもの人間関係を崩してしまうことを、大人世代はもっと自覚しなければいけません。民主社会の形成・反差別のなかまづくりの手法も再検討する必要がありそうです。子どもたちのケータイ利用や依存の実態、落とし穴と対策について、大人の責任として考えてみましょう。

■子どもの実態が見えますか?■
 2007年3月の内閣府調査では、小学生の31.1 %、中学生の57.6 %、高校生の96.0%がケータイを持ち、その大半がメールを使っています。多くの中高生がWebサイトを閲覧し、中学の約2割・高校生の約3割は個人Webサイト(ホムペ)を持っています。
 また、2007年7月に発表されたモバイルマーケティングデータ研究所の調査では、ケータイ使用者の44%が「ほとんど通話しない」、35%が「3回未満」と回答。約8割は「電話」として活用していないのが実態です。

■ケータイ・ネットトラブルへの対策〜基本は生身の人間関係■
 子どもに関わる事件の影にケータイあり、との報道が相次いでいます。身近にも頻発するケータイがらみのトラブルに頭を悩ます保護者や教員も多いようです。ケータイがらみであるがゆえに、特別の対応が必要なのではないかと考えがちです。しかし、トラブルの防止も解決も、本来、生身の人間関係に属する問題です。ケータイ・ネットを抜きにした信頼関係の構築・維持・問題解決の力を子どもたちに育てる取り組みが基本です。その上で、ケータイ・ネットの特性をふまえた活用能力(リテラシー)を身につける必要があります。道具の向こうにいる人をどのように意識するか、道具を使っていかに人と人との関係を築こうとするか、という問題です。

■メールの落とし穴〜「想像のお化け」「匿名によるエスカレート」■
 日本青少年研究所の日米中3カ国調査(2004)や朝日新聞社の調査(2007.8)では、中高生の3人に1人が、1日4時間以上ケータイを利用しています。友だちと連絡を取り合い、その関係を維持するために頻繁にメールのやり取りをしているわけです。しかし、中高生のメール作法では、即レスが当たり前で、その時間差で友だちのシャッフル(メルアド変更の非通知)さえ行われることがあります。絵文字や顔文字の使い方一つで責め立てられることも起こります。親密なように見えて、その維持に大変な緊張を強いられる友だち関係は、互いを受けとめ向き合う関係とは言えません。また、その維持に神経を使うあまり、「その他の人々は無意味な存在」という感覚に陥る傾向も指摘されます。同級生等を「盛り上がるネタ」にして傷つける行為は、悪質であると同時に、自身の信用を失わせ、自らが「ネタ」にされる心配を招くということにも気づかせる必要があります。ネット上の自身の評価・位置を守るため、リアルとバーチャルが逆転してしまう不自然さにも気づかせなければなりません。
 メールやホムペ(後述)を介して、濃密な「友だち関係」に翻弄されがちな子どもたちは、異なる人と交わり学ぶ姿勢を十分に持てないでいる状況にあり、「互いのしんどさとは向き合わない」「他人の存在は気にとめない」「異質を排除する」という習慣が、反差別の仲間づくりを難しくしているのではないかと危惧します。
 また、コミュニケーションの7〜8割はノンバーバル(非言語)と言われますが、テキストだけのコミュニケーションでは相手の意図を「想像で穴埋め」せざるを得ず、そこに誤解や拡大解釈という「想像のお化け」が発生します。学校でのトラブルが放課後のネットに持ちこまれ、以前なら一晩で鎮まったはずの感情も、逆にどんどんふくらみかねません。ささいな敵意も、同情を引きつけるために大げさに表現され、友だちの間をメールが飛び交ううちに、悪人が仕立て上げられてしまいます。これが、後述するホムペやBBS(電子掲示板)に持ちこまれると、「匿名によるエスカレート」が加わり、自分の悪口が延々と記されたページを見つけるか、そのアドレスが記されたメールを受けとった生徒は、顔を知る友だちたちが閲覧していることに恐怖と不安をふくらませ、学校へ行けなくなるわけです。頑張って教室に入っても、ケータイを手にする友だちを見ただけで体が震えるといいます。
 子どもたちのメール相手や個人サイトの相互訪問者が、直接知り合う友だちであることが、不信や敵意の増幅(フレーミング)という悪循環を生み出す土壌を作っています。

■サイト閲覧の落とし穴〜ネット接続の実験台・日本、学校裏サイト、フィルタリング■
 日本以外に、豊富なケータイWebサイトがある国はどこでしょうか?生徒に聞くと、アメリカ・中国・韓国などといった答が返ってきます。実はそんな国はないようです。ケータイメールはあっても、ケータイからのインターネット接続はほとんどの国でできませんし、韓国のようにパソコンネットのブロードバンド普及が先行したため、ケータイ・ネットは流行らないという国もあります。総務省委託のモバイルコンテンツフォーラムによる調査では、2007年の日本のケータイ市場は1兆1464億円(全国の百貨店年間総売上は約8兆円)まで拡大しています。諸外国にもケータイユーザーを顧客にしたいという圧力は強くありますが、各国政府は日本の二の舞にならないように苦慮しているようです。つまり、日本の青少年ケータイユーザーは世界の実験台というわけです。
 奈良県では、47都道府県で初めて、ネット上の差別書き込み等への対策に取り組む組織として「インターネットステーション」が設立され、2002年に活動が始まりました。一定の成果も上げていますが、残念ながら、有害・差別的なBBSやWebサイトは無数に存在します。ケータイからのネット接続が容易な日本に住む子どもたちは、親や教員のチェックを受けずに、そうした
Webサイトにも簡単にアクセスできるのです。さらに、ケータイからしかアクセスできないWebサイトも多数存在し、ケータイを使いこなせない大人の目をかいくぐる学校裏サイトその他の悪質なWebサイトに生徒や教員の実名を上げて悪口が日々書き込まれているのが実態です。偏見や差別意識もこうして広がります。
 2008年、18歳未満の青少年にはフィルタリングが原則義務づけられ、遅きに失したとはいえ、これまでの無防備な状態が幾分解決されると思われます。しかし、問題点も多く指摘されており、さらに技術的対策だけで対応することができる問題ではないということも忘れてはいけません。

■ホムペの落とし穴〜中高生ホムペの特徴と危険■
 先述のように、中学生の約2割・高校生の約3割が持っている個人サイト(ホムペ)は、パソコンやケータイで瞬時に作れるサービスを使ったものが多く、プロフ・日記・写真・BBS・リンクなどから構成されます。プロフ(プロフィール)は、少なくとも100万人の中高生が持つとされるネット上の自己紹介カードのようなものですが、自ら書き込んだ個人情報から犯罪に巻き込まれたり、なりすましプロフによるいじめが問題視されたりしています。日記には、友だち・クラブ・バイトについてやその日の出来事・気分が書かれることが多く、写真やBBSと同様、親や教員はもちろん、仲の良い友だち以外は絶対見ないという前提のものも多く見かけます。自分の名前や顔写真を明らかにしながら同級生を中傷する事例も珍しくありません。ここに友だちへの不満や悪口が書き込まれることから、時間が解決するようなささいなトラブルもネット上では短時間で拡幅されてしまうことは、先に記した通りです。これが公開を前提としない個人的な日記なら真剣な自己批判もできますが、ネット上では、閲覧者の気を引こうとする心理が働き、特定の友だちへの攻撃が強化されやすくなるようです。また、一昔前までによく見られた「授業中の手紙の回覧」だったら、悪意も少数の共有で済むのですが、リンク先には学校で毎日顔を合わせる友だちが多いことから、すぐに友だちに知れ渡り、ささいな悪意や誤解が、思わぬ迫力で敵意や恐怖を生むわけです。日本子ども社会学会は、掲示板などで攻撃されたことがある中学生は1割弱、逆に悪口を書いたことがある中学生は約1割強と報告(2008)しています。

■ケータイリテラシー育成と自主的ルール作り■
 不安な日々を過ごしている生徒は必ずいます。「どうせバレない」「たいしたことはない」と高を括っている生徒も必ずいます。生徒たちは案外ネット上では繋がっていたり、実情を見聞きしています。学校においては定期的な実態把握調査を行い、個別のケアや全体的な指導計画を立てる必要があります。家庭においても、子どものケータイ利用の実態を把握し、責任を持って監督するべきです。「表現の自由」や「アクセス権」は守らねばならない大切な権利ですが、「子どもの成長への責任」放棄の言い訳にしてはいけません。ケータイは便利で豊かな人間関係を創る可能性も秘めた道具ですが、誤解や悪意を拡幅し、子どもを絶望に落とし入れたり、取り返しのつかない罪を招きかねない道具でもあります。ケータイを持たせる前に、各家庭で「我が家の○○カ条」的なものを作る必要があります。学校においても、自主的ルール作りの取り組みを進めましょう。そのためには親や教員
自身がケータイ・ネットにある程度明るくなることが求められます。
 最後に、私は、ネット上にはびこる偏見や差別に対抗して、「ネット上の人権文化創造」を念頭に個人サイトを運営してきました。さらに、「2つのJ」と称して、「人権と情報」をテーマにさらなる実践をめざしています。その他の論点・資料・参考図書等は個人サイトにまとめ、随時更新しています。ご参考になれば幸いです。 (2007/10/9・10筆、08/7/22最終改訂)

http://www5b.biglobe.ne.jp/~kurosan/JINKEN/Keitai/index.htm


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