第一話

 雨が降っている。
 シトシトと、降り続けている。
 まだ昼間だというのに、空は厚い雲に覆われ、薄暗くなり始めていた。
まるでわたしの心の中みたいだ――。
 思わずそんなことを考えた自分に、少女は苦笑する。
「どうしてだろうね……」
 傘もささず、冷たい雨を全身に浴びながら、彼女は呟いた。真新しい制服も、綺麗にセットした髪も、濡れて肌に張り付いている。
 もうどれだけの時間、こうして立っていただろうか。何分か、それとも何十分なのか。自分でもわからなかった。
「どうして、こんなことになったんだろうね……」
 すっ……と、右手を広げ、空へ掲げる。
 何もかも、洗い流してしまいたかった。
 今日という日を。自分自身の存在を。何より、右手にまとわりついた不快なものを――。
ぽたり、と彼女の手から落ちた滴が、水面に赤い染みを作る。
 いや、違った。彼女の足下は、既に真っ赤に濡れていたのだ。
 目の前に倒れている、少年の血によって。
「浩一くん……」
 視線を下げ、少女は彼の名を口にする。既に息のない、恋人となったばかりの彼の名を。恐怖に目を見開き、心臓を貫かれた彼の名を――。
「こう……いち、くんっ……」
 ぎゅっ、と右手を強く握りしめる。彼の血は、まだ落ちない。
「……ごめんね……」
 鋼のように硬く、刃のように鋭く変化している、少女の右手の爪。彼女はそっと、それを自分の左手首に押し当てた。
「わたしも……すぐにいくから、ね……」
すっ、と赤い筋が走る。彼女の爪は、簡単に肉を切り裂いた。まるで遠い世界の出来事のように、少女は呆然と、吹き出す血を眺め続ける。
「あ……これ……」
 浩一の血と混じり、赤く染まる地面の上に、花びらが落ちていた。一面の、花びら。
 少女はようやく、周りに桜があることに気が付いた。満開となった桜も、この雨のせいでだいぶ散ってしまったようだ。
「お花見する約束、してたのにね……」
 重なるように、少女は少年の身体の上に倒れ込む。
「わたし……行きたかったよ……。……こう……いち……くん……」
 そして少女は、ゆっくりと意識を失っていった。


つづく……かどうかは未定……。

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